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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第6節 大量破壊兵器の移転・拡散

核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つとして認識され続けてきた。特に、従来の抑止が有効に機能しにくいテロリストなどの非国家主体が大量破壊兵器などを取得・使用する懸念は、依然として強い。

1 核兵器

米ソ冷戦の最中、1962(昭和37)年のキューバ危機を経て、米ソ間の全面核戦争の危険性が認識されるなどし、1970(昭和45)年に発効した核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)のもと、1966(昭和41)年以前に核爆発を行った国1以外の国の核兵器保有が禁じられるとともに、相互交渉による核戦力の軍備管理・軍縮が行われることとなった2

現在、NPTは191の国と地域3が締結しているが、かつて核を保有していてもこれを放棄して非核兵器国として加入する国がある一方で4、インド、イスラエル及びパキスタンは依然として非核兵器国としての加入を拒んでいる。また、北朝鮮はこれまで6回の核実験の実施を発表し、核兵器の開発・保有を自ら宣言してきた5

18(平成30)年2月、トランプ政権が発表した「核態勢の見直し」(2018NPR(Nuclear Posture Review))では、「核・生物・化学兵器の世界的な究極的廃絶を支持する取組にコミットし続ける」と表明するとともに、NPTは核の拡散防止体制の中心であり、NPTの義務を順守し、NPT体制の強化に取り組むことを確認している。

10(平成22)年4月に米露両大統領が署名し、11(平成23)年2月に発効した新戦略兵器削減条約6について、トランプ政権は、本条約の履行継続を表明しているが、期限を迎える21(令和3)年以降の方針については同条約の延長を含め明らかにしていない。英国は、10(平成22)年10月、「戦略防衛・安全保障見直し」(SDSR)において、保有する核弾頭数を削減するとしており、15(平成27)年11月の「NSS・SDSR2015」においても、核弾頭を削減する方針に変わりがないことが確認されている。

核物質その他の放射性物質を使用したテロ活動に対応する、いわゆる「核セキュリティ」分野では、オバマ米大統領(当時)の提唱で開始された核セキュリティ・サミットがこれまで4回開催されており、16(平成28)年3~4月に開催された最後のサミットでは、核テロの脅威が依然として国際社会の喫緊の課題であるとの認識を共有するとともに、サミット終了後も、核物質が非国家主体の手に渡ることを防ぐため、継続的に取組む必要性などを明記したコミュニケが採択された7。トランプ政権も、核テロに対抗するため、同盟国、パートナー国及び国際機関との協力を促進することなどを表明している。

トランプ政権は19(平成31)年2月、ロシアによる中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約(中射程、及び短射程ミサイルを廃棄するアメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦の間の条約)の違反を理由に同条約上の義務を停止し、6か月後に脱退することを通知する旨表明した。ロシアは、米国による脱退通告を受けて、同年3月、同条約の義務履行を停止する旨米国に通知したことを発表した。こうした中、米国のポンペオ国務長官は同年8月2日、ロシアが完全かつ検証された形でINF全廃条約の義務の遵守に回帰していないとして、同条約第15条に従う米国の脱退は効力を発生した旨公表した。また、エスパー国防長官は同日、これまで同条約で発射試験や生産・保有が規制されていた、中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型巡航・弾道ミサイルの開発を追求する旨公表した。ロシアは米側の脱退により同条約が失効したことを確認するとともに、世界の緊張を高める責任は全て米国に帰すると非難した。その上で、戦略的安定性の確保及び安全保障に関する完全な対話を再開させることは必須であり、その用意がある旨言及した。また、21(令和3)年に期限を迎えることとなる新戦略兵器削減条約の今後の見通しも不透明な状況にあり、引き続き、米露間における核戦力の軍備管理・軍縮をめぐる動向に注視していく必要がある8。また、中国は保有する核弾頭数を増加させるとともに、多様な運搬手段の開発・配備を行い9、核戦力の能力の向上を継続しているとされ、今後、米露だけでなく、中国なども含む形で、国際的な軍備管理・軍縮の取組が重要であると考えられる。

1 米国、ソ連(当時、現在はロシア)、英国、フランス、中国。ただし、フランス及び中国のNPT加入は1992(平成4)年

2 NPT第6条は、各締約国が誠実に核軍縮交渉を行う義務を規定

3 19(令和元)年5月現在

4 南アフリカ、ウクライナ、カザフスタン及びベラルーシ

5 北朝鮮は、1993(平成5)年にNPTからの脱退を宣言した後、一旦同宣言の効力を停止すると発表したが、03(平成15)1月、かかる停止の終了を通告した。05(平成17)年9月に採択された六者会合の共同声明において、北朝鮮は、NPTに早期に復帰することを約束したが、その後、6度の核実験実施を発表した。

6 同条約は、条約発効後7年までに双方とも配備戦略弾頭を1,550発まで、配備運搬手段を700基・機まで削減することなどを内容とするものである。米露とも18(平成30)年2月をもって削減目標を達成しており、直近で公表された19(同31)年3月現在の数値については、米国の配備戦略弾頭が1,365発、配備運搬手段が656基・機であり、ロシアの配備戦略弾頭が1,461発、配備運搬手段が524基・機となっている。

7 核セキュリティ・サミットで、今後IAEAが国際的な核セキュリティの取組において中心的役割を果たすことが確認されたことを受けて、16(平成28)年12月、ウィーン(オーストリア)でIAEAの主催により「核セキュリティに関する国際会議」が開催され、130か国及び17国際機関・団体から2,000人以上が参加した。

8 19(令和元)年5月、米露外相会談後の共同記者会見において、ポンペオ米国務長官は、米露間で、新戦略核兵器削減条約の延長に加え、より広範囲な軍備管理について協議を進めることで合意したと述べた。また、6月の米露首脳会談では、新たな核軍縮の枠組みに向けて協議を継続することを確認し、トランプ大統領は中国も加えるべきと主張したとされる。

9 中国の弾道ミサイル開発については、I部2章2節2項参照