Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第2節 グローバルな安全保障環境

グローバルな安全保障環境は、現在、2つの特徴を有する。第一に、依然として世界最大の国力を有する米国は、引き続き、世界の平和と安定のための役割を果たしていくと考えられるが、同時に、中国、インドなどの更なる発展及び米国の影響力の相対的な変化に伴うパワーバランスの変化により、国際社会の多極化が進行している。

第二に、グローバル化や技術革新の急速な進展が、国家間の相互依存関係の一層の拡大・深化をもたらしたが、これにより、一国・一地域で生じた混乱や安全保障上の問題が、直ちに国際社会全体に影響を及ぼす不安定要因として拡大するリスクが高まっている。関連して、グローバル化の主要な要因の一つであるインターネットやソーシャル・メディアなどの情報通信ネットワークの急激な普及は、非国家主体の意見・主張の発信力や動員力、ひいては国家や国際社会に対する影響力を大きく高めており、例えば、個人が発信する国家への批判や国際テロ組織が発信する過激思想が爆発的に増殖・拡大したり、全世界へ伝播したりする傾向がみられる1

こうした状況の下、グローバルな安全保障上の課題として、複雑化する地域紛争、深刻化する国際テロ、大量破壊兵器などの拡散、海洋並びに宇宙空間及びサイバー空間などの新たな領域の安定的利用の確保などが顕在化している。

(1)地域紛争・国際テロ

世界各地で発生している紛争の性格は一様ではないが、紛争が長期化する場合、紛争にともない発生した人権侵害、難民、飢餓、貧困などが、紛争当事国にとどまらず、より広い範囲に影響を及ぼす可能性が高まると考えられる。また、資源・エネルギーの獲得競争や気候変動の問題が今後一層顕在化し、地域紛争の原因となるなど、国際安全保障環境に影響を与える新たな要因となる可能性がある。

こうした中、中東・アフリカ地域では、政情が不安定で統治能力がぜい弱な国家において、国家統治の空白地域が国際テロ組織の活動の温床となる例が多くみられる2

テロ組織は、ぜい弱な国境管理を利用して組織の要員、武器、資金源などを獲得しつつ、国境を越えた活動を行っている。また、欧米諸国などでは、国際テロ組織が拡散する過激思想に感化された者や、紛争地域で戦闘を経験し本国に帰還した者などによるテロの脅威が懸念されている。過激派組織ISILがこれまで繰り返し日本人をテロ攻撃の対象に挙げていることや、16(平成28)年7月のバングラデシュ・ダッカにおけるレストラン襲撃テロにおいて邦人が犠牲になったことなども踏まえれば、国際テロの脅威は、わが国自身の問題として正面から捉えなければならない状況となっている。

このように地域紛争の影響やテロの脅威が一国・一地域にとどまらず、国際社会全体に影響を及ぼす不安定要因として拡大するリスクが増大する中で、国際社会がそれぞれの性格に応じた国際的枠組みや関与のあり方を検討し、適切な対処を模索することがより重要となっている。地域紛争に関しては、近年国連PKOの任務が武装解除の監視、治安部門の改革、選挙や行政監視、難民帰還などの人道支援など、文民や警察の活動を含む幅広い分野にまで拡大しており、特に女性を含む文民の保護や平和構築などの任務の重要性が増している。また、国連安保理に授権された多国籍軍や地域機構などが、紛争予防・平和維持・平和構築に取り組む例もみられる。

国際テロ対策に関しては、テロ組織の活動領域が国境を越えて拡大していることから、国際的な協力の重要性が高まっており、現在、軍事的な手段によるもののほか、テロ組織の資金源の遮断やテロリストの国際的な移動の防止を目的とした取組などが国際社会全体として行われている。

(2)大量破壊兵器の拡散

核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器及びそれらの運搬手段である弾道ミサイルなどの拡散問題は、依然として、東アジアを含む国際社会にとっての大きな脅威の一つとして認識されている。化学兵器については、17(平成29)年2月に発生したマレーシアにおける金正男氏の殺害事件において、マレーシア警察は、遺体から化学兵器禁止条約(CWC)で生産・使用等が禁止されたVXが検出されたと発表しているほか、17(平成29)年2月に発生した英国における元ロシア情報機関員襲撃事件において、イギリスのメイ首相は、「ロシアによって開発された軍用の神経剤『ノビチョク』が使用されたことが明らかであり、襲撃の責任はロシアにある可能性が極めて高い」と声明で発表している。また、シリア情勢をめぐっては、17(平成29)年4月、米国は、アサド政権がシリア北西部イドリブ県南部の反体制派が支配する地域に対して化学兵器による攻撃を実施したと判断し、攻撃を実施した航空機の拠点であり、化学兵器が貯蔵されていたとされるシャイラト飛行場に対するミサイル攻撃を実施した。さらに、18(平成30)年4月、米国、英国及びフランスは、アサド政権がシリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区において、再び民間人に対して化学兵器を使用したと判断し、3か所の化学兵器関連施設に対するミサイル攻撃を実施し、化学兵器の使用と拡散を抑止するとの決意を示した。

また、国際テロ組織などの非国家主体による大量破壊兵器などの取得・使用といった懸念も引き続き指摘されており、核物質その他の放射性物質を使用したテロ活動に対応するための国際社会による取組が継続している。

(3)海洋

国際的な物流を支える基礎として重視されてきた海洋に関しても、各地で海賊行為などが発生していることに加え、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例がみられるようになっており、公海における航行の自由や上空飛行の自由の原則が不当に侵害されるような状況が生じている。昨今の中国による南シナ海における大規模かつ急速な埋立て、砲台といった軍事施設及び軍事目的に利用し得る各種インフラ整備の推進による軍事拠点化の進展は、一方的な現状変更及びその既成事実化を一層進展させる行為である。こうした状況に対し、国際社会においては、ソマリア沖・アデン湾などにおける海賊対処の継続のほか、自由で開かれた海洋秩序をはじめとした法に基づく既存の国際秩序を守るための国際社会による連携や、海洋及び空における不測の事態を回避・防止するための取組などが行われている。

(4)宇宙空間及びサイバー空間

昨今、従来からの活動領域である陸・海・空に加え、宇宙空間やサイバー空間といった新たな活動領域の安定的利用の確保が国際社会の安全保障上の重要な課題となっている。軍事科学技術の一層の進展や近年の情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の著しい進展などにより、社会インフラや軍事活動などの宇宙空間やサイバー空間への依存が高まる一方、国家による対衛星兵器の開発や、政府機関の関与も疑われるサイバー攻撃の多発化は、宇宙空間やサイバー空間の安定的利用に対するリスクを増大させている。近年、各国においては、衛星などの宇宙資産に対する脅威を監視する能力の獲得に向けた具体的な取組や民間企業も含めた国全体としてのサイバー攻撃対処能力の強化が進められているほか、国際社会においては、宇宙空間やサイバー空間における一定の行動規範の策定を含め、法の支配を促進する動きがみられる。

(5)技術

技術革新の急速な進展は、軍事分野にも波及しており、米国、中国及びロシアなどの主要国は、精密誘導技術、無人化技術、人工知能(AI)技術、ステルス技術などの研究開発を重視しているとみられる。このような軍事科学技術の進歩は、民生技術の発展にも依るところが大きく、民生技術の開発や国際的な移転が、各国の軍事能力向上に大きな影響を与える可能性が考えられる。一方で、先端技術を有しない国家や非国家主体は、大量破壊兵器やサイバー攻撃などの非対称的な攻撃手段の開発・取得や先進諸国の技術の不正な取得を行っていくものとみられる。こうした軍事技術の開発動向は、各国の軍事戦略や各国間の戦力バランスに大きな影響を与えると考えられる。

このように、今日の国際社会は、複雑かつ多様で広範な安全保障上の課題や不安定要因に直面している。これらに対応するための軍事力の役割もまた、武力紛争の抑止と対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様化しており、軍事力が重要な役割を果たす機会が増加している。同時に、軍事力が役割を果たすに際しては、外交、警察・司法、情報、経済などの手段とも連携のとれた総合的な対応が必要になっている。

1 このような動きの制御は、権威主義国家のように国民に対する統制が強い国家にとっても、また、国際テロ組織の活動を封じ込めようと努力する国際社会にとってもより困難になってきている。その結果、権威主義国家であっても国内統治や国政運営に対する国民世論に従来より配慮せざるを得なくなっているほか、国際社会にとっては解決すべき問題がより複雑化し、その対応がより困難になっている。

2 統治機構の弱体化は、本文で述べたように、国際テロ組織の活動の温床になり得ると同時に、大規模災害や感染症の爆発的な流行・拡散などのリスクへの対処をより難しくするという側面もある。