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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第1章 概観

わが国を取り巻く安全保障環境は、様々な課題や不安定要因がより顕在化・先鋭化してきており、一層厳しさを増している。

その中でも、わが国周辺では、大規模な軍事力を有する国家などが集中する一方、安全保障面の地域協力枠組みは十分に制度化されておらず、依然として領土問題や統一問題をはじめとする不透明・不確実な要素が残されている。また、領土や主権、経済権益などをめぐる、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態が増加・長期化する傾向にある。さらに、周辺国による軍事力の近代化・強化や軍事活動などの活発化の傾向がより顕著にみられるなど、わが国周辺を含むアジア太平洋地域における安全保障上の課題や不安定要因は、より深刻化している。

KEYWORDいわゆるグレーゾーンの事態とは

いわゆるグレーゾーンの事態とは、純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したもの。例えば、国家などの間において、領土、主権、海洋を含む経済権益などについて主張の対立があり、少なくとも一方の当事者が自国の主張・要求の訴えや受け入れの強要を企図して、武力攻撃に当たらない範囲で、実力組織などを用いて、問題に関わる地域において、頻繁にプレゼンスを示したり、何らかの現状の変更を試みたり、現状そのものを変更したりする行為が行われる状況を言う。

特に、北朝鮮は、16(平成28)年来、過去最大出力と推定される規模の核実験を含む3回の核実験のほか、わが国を飛び越えたものやICBM級の長射程のものを含む40発もの弾道ミサイルの発射を強行しており、その核・ミサイル開発などの軍事的な動きは、わが国の安全に対する、これまでにない重大かつ差し迫った脅威となっている。

中国は、透明性を欠いたまま軍事力を強化するとともに、東シナ海、南シナ海の海空域において、既存の国際秩序とは相いれない独自の主張に基づく力を背景とした一方的な現状変更の試みを継続しているほか、わが国周辺海空域での活動を一方的にエスカレートさせてきている。このような動向は、わが国を含む地域・国際社会の安全保障上の強い懸念となっており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。

ロシアは、欧州方面のみならず、わが国周辺においても核戦力を含む各種装備の近代化を進めており、北方領土及び千島列島における軍備も強化するなど、軍事活動を活発化させる傾向がみられ、その動向を注視していく必要がある。

また、グローバルな安全保障上の課題として、複雑化する地域紛争、深刻化する国際テロ、大量破壊兵器などの拡散、海洋並びに宇宙空間及びサイバー空間などの新たな領域の安定的利用の確保などが顕在化している。

国際社会における安全保障上の課題や不安定要因は、複雑かつ多様で広範にわたっており、一国のみでの対応はますます困難なものとなっている。こうした中、各国においては、政府横断的な取組が進められるとともに、地域・国際社会の安定に利益を共有する国々が安全保障上の課題などに対し、協調しつつ積極的に対応することがますます重要になっている。

第1節 アジア太平洋地域の安全保障環境

アジア太平洋地域は、大規模な軍事力が集中する特異な地域であり、昨今の中国などの国力の増大に伴うグローバルなパワーバランスの変化の影響もみられている。こうした中、域内各国間の具体的かつ実践的な連携・協力関係の充実・強化が図られてきており、特に人道支援・災害救援など、非伝統的安全保障分野を中心に進展がみられる。

また、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス:ASEAN Defence Ministers' Meeting)、民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。

一方で、この地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、安全保障観、脅威認識も各国によって様々であることなどから、安全保障面の地域協力枠組みは十分制度化されておらず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。

朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南シナ海をめぐる問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。

これに加えて、近年では、グレーゾーンの事態が長期化する傾向が継続しており、この事態の解決に向けた道筋が見えない中、これがより重大な事態に転じる可能性が懸念されている。

北朝鮮においては、金正恩(キムジョンウン)国務委員長を指導者とする体制への移行後、金正恩委員長を唯一の指導者とする体制の強化・引き締めが継続しているとみられる。北朝鮮は、軍事を重視する体制をとり、大規模な軍事力を展開している。また、核兵器をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進及び運用能力の向上を図るとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、いわゆる非対称的な軍事能力1を引き続き維持・強化していると考えられる。特に、累次にわたる弾道ミサイルの発射による技術的検証などを通じ、新型弾道ミサイルの開発を含め、弾道ミサイルの研究開発全体をより一層進展させていると考えられる。昨今は弾道ミサイルの研究開発だけでなく、奇襲攻撃を含む運用能力の向上を企図した動きも活発化している。また、北朝鮮は、国際社会からの自制要求を顧みず、核実験を実施しており、17(平成29)年9月に強行された6回目となる核実験については、推定出力が約160ktであったことから、水爆実験であった可能性も否定できない。また、6回の核実験を通じた技術的な成熟などを踏まえれば、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられ、時間の経過とともに、わが国が射程内に入る核弾頭搭載弾道ミサイルが配備されるリスクが増大していくものと考えられる。

さらに、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返しており、13(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調したほか、17(平成29)年3月の弾道ミサイル4発同時発射について、在日米軍基地を打撃目標とする訓練であったと発表している。最近では、17(平成29)年9月13日の朝鮮中央放送が、「日本列島を核爆弾で海中に沈める」旨述べるなど、わが国に対する核兵器による攻撃意思も繰り返し示している。このような、わが国に対するミサイル攻撃の示唆などの挑発的言動とあいまって、北朝鮮の軍事的な動きは、わが国の安全に対するこれまでにない重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。また、北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の主権及び国民の生命と安全に関わる重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。

今日、国際社会で大きな影響力を有するに至った中国は、国際社会における自らの責任を認識し、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが引き続き強く期待されている。一方、中国は、独自の国際秩序を形成しようとする動きを見せているほか、継続的に高い水準で国防費を増加させ、十分な透明性を欠く中で軍事力を広範かつ急速に強化している。特に、中国は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する非対称的な軍事能力(いわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力)の強化に取り組んでいるとみられるほか、昨今、実戦を意識した統合運用体制の構築などを念頭に、大規模な軍改革を急速に具体化させている。

KEYWORDいわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力とは

米国によって示された概念で、アクセス(接近)阻止(A2:Anti-Access)能力とは、主に長距離能力により、敵対者がある作戦領域に入ることを阻止するための能力を指す。また、エリア(領域)拒否(AD:Area-Denial)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵対者の行動の自由を制限するための能力を指す。A2/ADに用いられる兵器としては、例えば、弾道ミサイル、巡航ミサイル、対衛星兵器、防空システム、潜水艦、機雷などがあげられる。

また、中国は、東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいて質・量ともに活動を急速に拡大・活発化させている。特に、海洋における利害が対立する問題をめぐっては、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を継続させ、自らの一方的な主張を妥協なく実現しようとする姿勢を継続的に示している。

わが国周辺海空域においては、中国公船が尖閣諸島周辺のわが国領海への侵入を繰り返し行っているほか、中国海軍艦艇及び航空戦力は、尖閣諸島周辺を含めてその活動範囲を一層拡大している。16(平成28)年6月には、ジャンカイI級フリゲート1隻が、中国海軍戦闘艦艇としては初めて、尖閣諸島周辺の接続水域内に入域し、18(平成30)年1月には、潜没航行していたシャン級潜水艦及びジャンカイII級フリゲートそれぞれ1隻が同接続水域内に入域した。潜没潜水艦による同接続水域内航行は、この時初めて確認された。こうした中国海軍の活動は、力を背景とした一方的な現状変更の試みであり、かつ、事態を一方的にエスカレートさせるものであることから、我が国として深刻に懸念している。さらに、中国海軍艦艇による海自護衛艦に対する火器管制レーダーの照射や戦闘機による自衛隊機への異常な接近、独自の主張に基づく「東シナ海防空識別区」の設定といった上空飛行の自由を妨げるような動きを含む、不測の事態を招きかねない危険な行為もみられる。

南シナ海においても、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張のもと、多数の地形において大規模かつ急速な埋立てを強行してきた。16(平成28)年7月には比中仲裁判断において、中国が主張する「九段線」の根拠としての「歴史的権利」を含め、「九段線」に囲まれた海域において中国が主張する権利が否定され、中国の埋立てなどの活動の違法性が認定されたところであるが、中国はこの判断に従う意思のないことを明確にしている。中国は現在も、砲台といった軍事施設のほか、滑走路や港湾、格納庫、レーダー施設などをはじめとする軍事目的に利用し得る各種インフラ整備を推進し、同地形の軍事拠点化を進めている。また、比中仲裁判断後の16(平成28)年7月及び8月には、中国空軍のH-6K爆撃機がスカボロー礁付近の空域において「戦闘パトロール飛行」を実施し、今後このパトロールを「常態化」する旨、中国国防部が発表するなど、中国軍は南シナ海の海空域における活動も拡大している。

このような中国の動向は、わが国を含む地域・国際社会の安全保障上の強い懸念となっており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。中国による軍事に関する透明性の一層の向上や、国際的な規範を遵守する姿勢の強化が強く求められており、中国との間で対話や交流を促進し、相互理解と信頼関係を一層強化し、海洋における不測の事態を回避・防止するための取組などの信頼醸成措置を進展させていくことが重要な課題となっている。

ロシアは、これまで「強い国家」や「影響力ある大国」を掲げ、同国の復活を追求してきたプーチン大統領が18(平成30)年3月に再選され、軍の即応態勢の強化や新型装備の開発・導入を推進すると同時に、核戦力を引き続き重視していくものと考えられる。

歳出の削減が幅広く行われる中においても国防費の確保に努め、軍の近代化を継続しているほか、最近では、アジア太平洋地域のみならず、北極圏、欧州、米国周辺、中東などにおいても軍の活動を活発化させ、その活動領域を拡大する傾向がみられる。

具体的には、欧米などから、ロシアは、自らの勢力圏とみなすウクライナにおいていわゆる「ハイブリッド戦2」を展開して、力を背景とした現状変更を行ったとみられており、欧州諸国が強く懸念するのみならず、アジアを含めた国際社会全体に影響を及ぼし得るグローバルな問題と認識されている。また、ロシアは、シリアのアサド政権を擁護するかたちでシリア内戦への介入を行うなど、国際的影響力拡大を企図した動きをみせている。

極東においては、ロシア軍による大規模な演習も行われているほか、北方領土への地対艦ミサイル配備を発表し、北方領土又は千島列島への師団配備計画に言及していることなどから、引き続き北方四島を含む極東におけるロシア軍の動向を注視していく必要がある。

これらのように、一層厳しさを増す安全保障環境にあるアジア太平洋地域においては、その安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国、オーストラリア、韓国などの各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留やローテーション展開している。独自の主張に基づく力を背景とした一方的な現状変更に対しては、法に基づく既存の国際秩序を守るため、域内各国を中心に国際社会において連携していくことが重要である。

参照図表I-1-1-1(わが国周辺における主な兵力の状況(概数))

図表I-1-1-1 わが国周辺における主な兵力の状況(概数)

1 ここでいう非対称的な軍事能力とは、通常兵器を中心とした一定の軍事能力を保有又は使用する相手に対抗するための、例えば、大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ、サイバー攻撃といった、相手と異なる攻撃手段を指す。

2 いわゆる「ハイブリッド戦」については、様々な説明がなされているが、本白書においては、「破壊工作、情報操作など多様な非軍事手段や秘密裏に用いられる軍事手段を組み合わせ、外形上、『武力行使』と明確には認定しがたい方法で侵略を行うこと」として使用している。