1.戦略の背景と目的
(1)令和4年末に策定された防衛力整備計画では、サイバー攻撃を受けている状況下において、指揮統制能力及び優先度の高い装備品システムを保全し、自衛隊の任務遂行を保証できる態勢を確立するとともに、防衛産業のサイバー防衛を下支えできる態勢を構築することが明記され、2027年度を目途に、自衛隊サイバー防衛隊等のサイバー専門部隊を約4,000人に拡充し、さらに、システム調達や維持運営等のサイバー関連業務に従事する隊員に対する教育を行い、これにより、防衛省・自衛隊のサイバー要員を約2万人体制とすることとしている。
(2)サイバー領域における能力を強化していくにあたって、その機能発揮の中核となるのは、「ヒト」、すなわちサイバー人材である。意欲ある人材の内部育成を拡充するとともに、知見のある外部人材を積極的に受け入れるなど、取り得る手段を全て取ることにより、体制の拡大と能力強化を成し遂げる必要がある。
(3)現在の人口減少社会において、日本社会における多くの企業がそうであるように、防衛省・自衛隊の人材獲得を巡る環境は年々厳しさを増している。さらに、サイバーセキュリティは全世界共通の課題であり、防衛省・自衛隊だけではなく、社会全体においてサイバー人材の重要性が高まっている。このような状況の中で、体制拡大のための手段を検討するにあたっては、陸海空の各自衛隊が持つ人材確保・育成に係るリソースやアイデアを結集し、組織の垣根と既存の枠組みに縛られた発想の制約を超えて検討を進めるとともに、国全体のサイバー人材育成の取組との融合を図ることが重要である。このため、組織が必要とするサイバー関連の業務と役割はどのようなもので、そのためにどのような人材が求められ、どのような教育が受けられるのか、そしてどのような経歴を歩むのかといった防衛省・自衛隊が求めるサイバー人材像や取り組むべき施策の検討状況を組織内外と共有し、組織全体の調和と検討の加速化を図るとともに、社会全体のサイバー人材の循環の中での人材の確保・育成等に取り組む必要がある。
(4)そこで、次のような効果の創出を目的として、防衛省・自衛隊におけるサイバー人材に関する基本的な検討の方向性を戦略として部内・部外に示すこととした。
ア 防衛省・自衛隊の部内における人材確保・育成等に係る方針の一貫性を確保し、人材に係る施策検討及び部内横断的な協力を促進すること
イ 防衛省・自衛隊のサイバー人材に関する考え方を明らかにし、防衛省・自衛隊を志望する人材や外部サイバー人材へアプローチするとともに、部外との協力関係を構築・深化すること
2.防衛省・自衛隊の任務とサイバー人材
(1)昨今のサイバー空間にかかる技術の飛躍的な進化に伴い、サイバー攻撃者も組織化し、分業制で攻撃を実施するなど、脅威が高度化・複雑化している。このような趨勢を踏まえ、防御側もまたこのような高度な脅威に対して各人の技術力を組織的に活用して対応する必要があり、「チーム」による取組が必要とされている。自衛隊においてもこれは例外ではなく、サイバー専門部隊では、幹部自衛官、准曹士、事務官、技官等がチームを組んで仕事をしている。幹部自衛官は、部隊任務の実施にあたりこれを指揮し、准曹士は幹部の指揮の下で部隊の中核として任務を達成する。軍事的な見地から作戦を実施する自衛官たちと協力し、高い専門性を持つ事務官等が、技術的に難度の高い分析や調整等を行い、部隊の機能発揮を実現している。また、短期間に要員の確保・育成が困難な極めて高度な分析業務等の一部業務においては、必要に応じて委託事業者を活用している。このように、サイバー分野においても、部隊においては幹部自衛官・准曹士からなる自衛官と事務官等及び役務員がそれぞれの役割を発揮しチームとして任務を遂行する。
(2)また、特に自衛隊におけるサイバー人材は、サイバー領域のことだけではなく、サイバー領域によって支えられている自衛隊の活動、陸海空の領域等における作戦も理解した上で活動する必要がある。具体的には、サイバー空間を通じてつながっている戦車、艦艇、戦闘機などの各種アセットの運用について一定の理解をした上で、どのような攻撃を受ける可能性があり、どのように防御しなければならないか、どのような対策をしておかなければならないかを考えられる人材であることが求められている。
(3)サイバー領域が支えているのは各種アセットであり、各種の作戦であるという点が自衛隊におけるサイバー業務の特性の一つであるが、自衛隊の作戦に関する知識や、サイバーに関する知識をあらかじめ持っている必要はない。防衛省・自衛隊の一つの強みは、陸上自衛隊システム通信・サイバー学校などをはじめ、部内に学校を持っていることである。各種作戦に関する知識はもちろんのこと、サイバーの知識も入隊後にレベルに応じて学ぶことができ、部外での研修や留学の機会も設けられている。また、すでにサイバー分野のスキルが十分にある人が腕を磨く環境も整っている。各国軍とのサイバー演習や、官民のトップ人材がスキルを活かして実務の腕を磨く多国間演習など、実践的な訓練や意見交換のチャンスが数多くあり、自衛隊しか参加できないものも多く存在する。
(4)約27万人を擁する防衛省・自衛隊という巨大組織を支えるシステム・ネットワークのセキュリティに関心のある人、とにかく自衛隊とサイバーに興味がある人にとって、防衛省・自衛隊には、学び、競い合い、スキルを高める環境がある。防衛省・自衛隊でサイバーの仕事をすることに関心を持つ人材や、スキルの高いサイバー人材を獲得するため、次章で述べる施策の実施や検討を推進する。
3.サイバー人材に係る取組の方向性
防衛省・自衛隊で優秀なサイバー人材を確保するには、防衛省・自衛隊のサイバー業務に関心のある人材、サイバーの知見に富んだ人材等幅広い層からの人材を確保し、育成していく必要がある。人材の施策検討にあたっては、次の5つの柱に沿って検討を行う。すなわち、①サイバー人材に必要とされるスキルや保有している能力を正確に「特定」し、②サイバー人材にあった採用を実施するなどして「確保」し、③適切な「育成」を行い、④どのように人材を「維持・管理」するか、⑤さらにこうした人材施策全体を総合的に「強化」するための総合的な施策を検討する。
(1)サイバー人材の「特定」に係る取組
防衛省・自衛隊のサイバー人材は、ポスト等に応じて求められる役割や必要となるスキルが異なる。このため、戦略面を担うジェネラリスト、作戦運用を担うスペシャリスト、技術面を担うエキスパートといった、各人の多様な役割の性質と職階等に応じて必要となるスキルや適切な教育体系等を測る基礎的な物差しとして、サイバー人材のスキル評価指標の検討・策定を行う。
(2)サイバー人材の「確保」に係る取組
ア 入隊段階からサイバー人材としてサイバー業務に従事し続けられる制度の整備
サイバー分野への従事を志す人材の専門性をより高めるため、入隊段階からサイバー分野に関連する業務に継続的に従事するキャリアパスを実現する。
また、既にサイバーに関連する専門的な知識・資格及び業務経験のある人材については、(特定)任期付自衛官やキャリア採用幹部、技術曹として採用し、その経験等を活かした業務やポストに柔軟に登用する。
幹部自衛官については、サイバー専門部隊の指揮官となる人材の確保の観点から、サイバー関連業務の勤務を主軸としつつ、必要な節目ごとに幹部として必要な素養を培うため、方面総監部や司令部等において勤務を経験するキャリアパスを実現する。特に、陸上自衛隊においては、入隊段階からこうしたキャリアパスを開始可能とするため、サイバーに特化した試験区分を新設し、令和7年度から募集を開始する。
さらに、サイバーのスペシャリストとして、作戦運用の中核となる幹部自衛官については、サイバー関連業務を主軸としつつ、部内外の教育・研修にも比重を置いたキャリアパスを実現する。この際、新たな幹部任用制度を創設した上で令和7年度から募集を開始し、サイバー人材についても入隊段階からこうしたキャリアパスを開始できるよう検討する。
准曹については、サイバー分野における技術のエキスパートとして、自らのスキルを磨き続けることができるよう、サイバー分野の教育とサイバー専門部隊等への配置を中心としたキャリアパスを実現する。既にサイバー分野の知識やスキルを有する陸上自衛隊高等工科学校の卒業生については、さらにスキルアップしつつ、サイバー分野に関連する業務に継続的に従事し続けられるキャリアパスを実現する。
なお、2士として採用される際も、十分な業務経験は無くとも、サイバーに関連する教育を受けた人材については、本人の希望も考慮した上で、サイバーに関連する職種・職域に配置し、入隊段階からこうしたキャリアパスが開始可能とできる制度を整備することで、希望職務とのミスマッチによる早期離職も防止する。
このようなサイバーに従事する人材のキャリアパスの「見える化」と、防衛省ならではの勤務経験の魅力化を図り、防衛省における勤務をよりイメージしやすくしながら外部サイバー人材に対してアウトリーチすることで、採用の強化にもつなげていく。
イ 「サイバー予備自衛官」の拡充
常備自衛官とともに様々な任務に就くサイバーの技能を有する予備自衛官(以下「サイバー予備自衛官」という。)の運用については、常備自衛官を強力に補完する任務にあたるなど、自衛隊の運用の一端を担わせることを念頭に取組むべき方向性を案出する。
サイバー領域における自衛隊の作戦にサイバー予備自衛官がより効果的に対応し得るよう、秘密保全にも留意しつつ、現行の招集区分のあり方を含む運用構想の更なる深化を図るほか、サイバー予備自衛官の個の能力とサイバー専門部隊の組織の能力を共に向上させるため、他国軍隊と実践的な環境で演練するなど訓練内容の更なる充実を図るとともに訓練参加機会を拡充する。
また、サイバー予備自衛官の専門的技能をより隊務に活かす方策について検討するとともに、自衛隊の指揮統制を支える防衛省・自衛隊のシステムについて、平時から有事までシームレスな防護態勢と持続可能性の向上を図る観点から、これらのシステムの維持整備を請負う役務契約企業の従業員が予備自衛官として活躍することのできる方策について検討する。
人材の確保にあたっては、部外で活躍する自衛官未経験のサイバー人材を予備自衛官補として採用し、サイバー予備自衛官へ任用するための取組を強化する。この際、現役のサイバー予備自衛官に対するヒアリングを通じて、募集ターゲットを明確化しつつ、職務の魅力ややりがいを訴えかける募集広報を積極的に展開する。人材の確保に際しては、部隊において、規律、行動、チームワークが求められることに十分留意しつつ、スキルの高いサイバー人材の発掘を進める。任用にあたっては、サイバー予備自衛官の役割に応じた身体検査基準の緩和(常備自衛官も含む。)、予備自衛官補からサイバー予備自衛官への早期任用や常備自衛官への採用についても検討する。
ウ 自衛隊奨学生制度の活用
自衛隊のサイバー業務に関心のある優秀な学生を早期に確保するため、毎月一定額の学資金を貸与する自衛隊奨学生制度を活用し、サイバー業務に関心のある優秀な学生の学びを支援するとともに、将来、自衛隊のサイバー専門部隊等で勤務してもらえるよう、後述の防衛省サイバーコンテスト、採用説明会等も活用しながらアウトリーチを強化する。
エ 防衛省サイバーコンテストの開催
優秀な人材を発掘するために実施している防衛省サイバーコンテストや、全国の大学、高校、専門学校等における採用説明会等の取組の充実などにより、防衛省での勤務に意欲のある人材への積極的なアプローチを強化する。また、部内においてサイバー業務に関心のある隊員の発掘も実施する。
オ 大学、高校、専門学校等における説明会やWeb等を通じた効果的なPR活動の実施
専門的な資格や業務経験を有する外部人材の受入れをより推進するためには、事務官・技官の経験者採用、キャリア採用幹部・技術曹としての採用、(特定)任期付自衛官やサイバーセキュリティアドバイザーとしての採用といった多種多様な防衛省の採用区分が、外部人材にあまり知られていない状況を解消する必要がある。このため、各人のライフスタイルや目指すキャリアに応じた多様な採用区分があることを丁寧に説明するとともに、自衛隊員になり得る潜在的な人材に対し、防衛省のサイバー人材に関する採用情報や勤務の魅力等の発信を強化する。例えば、サイバー人材の集まる時間、場所、属性等に合わせたターゲティング広告を発信し、防衛省におけるサイバー人材の業務、キャリアパス、やりがい、処遇等の魅力を発信しつつ、自衛官募集HPとリンクさせることに加え、転職サイト等を活用するなど、募集につながるデジタルの「導線」を確保する。
その際、防衛省・自衛隊には、他国軍のサイバー部隊との共同演習など、自衛隊ならではの実践的な知見・経験を得る機会が確保されていることなど、防衛省・自衛隊ならではの勤務の魅力の発信を積極的に行う。
(3)サイバー人材の「育成」に係る取組
ア 陸上自衛隊高等工科学校のシステム・サイバー専修コースの拡充
陸上自衛隊高等工科学校では、システム・サイバー専修コースを開講(令和3年度)し、サイバー専門部隊等の中核を担う優秀な陸曹を早期から育成するため、意欲のある生徒にサイバー教育を実施している。当該専修コースにおけるサイバー教育の規模を、令和7年度を目途に現在の倍の約60名に拡大するとともに、民間の資格の取得も含め、教育内容の充実・向上を目指す。
イ 防衛大学校のサイバー・情報工学科への改編、教育強化
防衛大学校の情報工学科のサイバー・情報工学科への改編(令和6年度)
ウ 陸上自衛隊システム通信・サイバー学校の教育基盤の拡充、教育強化
陸上自衛隊通信学校のシステム通信・サイバー学校への改編
(令和5年度)
エ 国内外の教育機関への留学、企業研修等の充実
入隊後の教育として、部内外の教育機関への留学、企業研修等を実施しているところ、これをさらに拡充するとともに、新たに海外の機関による教育コースの国内開講等、隊員が部隊等における勤務と両立しながらスキルアップを図ることが可能な支援体制を強化する。この際、防衛省・自衛隊からしか参加できないプログラムの充実化も進める。
(4)サイバー人材の「維持・管理」に係る取組
ア サイバー人材の柔軟な職種・職域等への配置
確保・育成した人材の能力向上を促しつつ組織として人材を維持するためには、各人のスキルや経歴の特性、意欲等への十分な配慮と、防衛省・自衛隊の任務遂行上、組織として必要な配置のバランスをとる必要がある。一方、スキルを有するサイバー人材については、既存制度を更に拡充して、柔軟な職種・職域等への配置を認めるなど、戦力発揮の重要な基盤として組織全体で優秀な人材を活用する。
イ 「サイバーき章」を含む人事管理の方法の見直し
自衛隊におけるサイバー人材には、サイバー領域のことだけではなく、サイバー領域によって支えられている自衛隊の活動、陸海空の領域等における作戦に関する理解も必要である。このため、幅広い分野から人材を集め、一定のベースライン以上のスキルを持つ人材を把握し、柔軟で部内横断的な人材運用を可能とするとともに、サイバー要員であることのインセンティブ・モチベーションを高める観点から、スキル評価指標の取組と連動させ、必要に応じて「サイバーき章」や特技管理等の人事管理の方法の見直しについて検討を実施する。
(5)サイバー人材に係る取組全体を総合的に「強化」するための施策
ア 防衛省サイバーCOEの設置
省内の政策部局、研究機関、現場部隊等が広く参加し、知見を結集して組織横断的な取組を推進するプラットフォームとして防衛省サイバーCOE1を設置し、サイバーに関する全ての取組を一丸となって推進する体制を強化する。中央と現場のコミュニケーションを促進し、施策の企画・立案、調査研究、研究開発、人材育成、国際連携等に係る組織内連携を強化する。さらに、部内のサイバー人材と部外のサイバー人材との好循環を実現するため、部外の関係機関との連携を強化し、関係の深化を図る。
イ リボルビング・ドアの実現
社会全体においてサイバー人材の重要性が高まっている中、個人のキャリア形成の在り方も必ずしも長期雇用を前提としない、多様なものとなっていることを踏まえ、人材が組織の内外を必要に応じて行き来するような流動性のある取組が必要となっている。防衛省・自衛隊を離れることとなったサイバー人材が広く社会全体で活躍することで、キャリアアップのステップとして防衛省・自衛隊が認知されることを目指すと共に、一度離職した人材を再度受け入れる上での部内の意識改革を行いつつ、民間でキャリアを積んだ人材が再び自衛隊に帰ってくる仕組みづくりを進める必要がある。例えば、部外で勤務経験を積んだサイバー人材の防衛省への就職、アルムナイ2の再採用などの取組を推進し、いわゆる人材の「リボルビング・ドア」を実現する。実現に当たっては、技術曹やキャリア採用幹部など既存制度の最大限の活用と、職務をベースとした処遇に関する検討、技術曹やキャリア採用幹部などの既存制度の見直しの検討を行うことにより、志望者の多様なライフプランやキャリアプランに対応するための取組を進める。アルムナイの再採用にあたっては、現行の算定方式を見直し、隊員としての能力・経験を十分に考慮した上で、さらに、部外で得た知識・経験も適切に評価した待遇で採用できることを実現するとともに、防衛省サイバーアルムナイコミュニティを形成し、関係性を維持しながら人材の好循環を促進する仕組みを構築する。
ウ 産官学連携の強化
意欲ある隊員のモチベーションを維持しつつ、技術的な変化の著しいサイバー分野において最新の技術動向等にキャッチアップしていくには、例えば自衛隊員に対して民間企業など部外において実践的な学びの機会を定期的に設けることや、民間企業でサイバーセキュリティ業務に携わった人材の活用を促進する必要がある。このため、人材育成の機会として部外教育や官民人事交流等の内容を拡充する。
防衛省・自衛隊部内のサイバー人材の意欲及び技能の向上を図り、サイバー分野における人材の好循環を促進するにあたり、「ロックド・シールズ」などの多国間サイバー防衛演習や、防衛省サイバーCOEなどを活用し、産官学連携を深める。