防衛研究所 グローバル安全保障研究室 室長 新垣 拓(あらかき ひろむ)
抑止とは、特定の行動を相手に取らせないようにすることです。わが国の防衛政策においては、インド太平洋地域において、力や威圧による一方的な現状変更やその試みを抑止することが重要な政策目標の一つです。抑止力の重要性は、それを高めることによってロシアによるウクライナ侵略のような軍事侵攻を含め、わが国の安全保障が脅かされたり損なわれたりする事態を未然に防ぐことができる点にあります。
抑止の方法については、拒否的抑止と懲罰的抑止という2つの考え方があります。拒否的抑止とは、特定の行動を成功裏に行えないようにすることによって、敵対国の行動を防ぐことです。例えば、十分なミサイル防衛能力を有することで、ミサイル攻撃を行っても目的を達成できないと敵対国に認識させ、そのような行為を止めさせる場合です。
懲罰的抑止とは、特定の行動から獲得できる利益よりも、さらに大きな損害/費用を敵対国に与えるようにすることで、抑止側が望まない行動を防ぐことです。例えば、軍事侵攻を行った場合には敵対国にとって「受け入れがたい損害」を与えると抑止側が威嚇することで、その試みを断念させる場合です。懲罰というと報復攻撃等の軍事的手段がイメージされやすいですが、それ以外にも、外交的圧力や経済制裁等の様々な手段が含まれます。懲罰的抑止に関しては、敵対国が問題となる行動を起こさない限り、抑止する側も懲罰的行為を控えるという姿勢を明確にしておくことも大切です。
抑止が成功するかどうかは、いくつかの要因によって影響を受けると考えられます。まず重要となるのが、抑止する側が、敵対国を抑止する上で必要となる幅広い能力を構築できるかどうかです。自国だけの能力では不十分と考えられる場合、より多くの能力を有する同盟国が提供する拡大抑止によって抑止力を補強することも、有効な手段です。
次に、その状況に直面した場合に必ず抑止の手段を行使するという抑止側の決意の強さも、大切な要因となります。この点に関しては、敵対国と比べて、抑止側がその問題にどの程度大きな利害関係を有しているのかも重要です。抑止側にとって死活的利益がかかっている場合、敵対国に対する威嚇の信憑性も高まるからです。
最後に、最も重要な要因となるのが、敵対国の認識です。抑止側がどれだけ能力や決意、利害関係を有していても、敵対国がそれらを脅威として認識しない限り、侵攻を食い止めることはできません。したがって、抑止する側の能力等を適切なかたちで敵対国にきちんと伝え認識させることが、抑止の成否にとって決定的となります。そのためには、敵対国の状況や考え方をよく理解するように日々努めること、その立場になって考え続ける姿勢が欠かせません。
(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。