国家防衛戦略
Ⅱ 戦略環境の変化と防衛上の課題

1 戦略環境の変化

 情報化社会の進展や国際貿易の拡大等に伴い、国家間の経済や文化を巡る関係が一層拡大・深化する一方、普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大している。また、力による一方的な現状変更やその試みは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、ロシアによるウクライナ侵略は、最も苛烈な形でこれを顕在化させている。国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。

 また、グローバルなパワーバランスが大きく変化し、政治・経済・軍事等にわたる国家間の競争が顕在化している。特に、インド太平洋地域においては、こうした傾向が顕著であり、その中で中国が力による一方的な現状変更やその試みを継続・強化している。また、中国のみならず、北朝鮮やロシアが、これまで以上に行動を活発化させている。

 特に、中国と米国の国家間競争は、様々な分野で今後も激しさを増していくと思われるが、そのような中、米国は、中国との競争において今後の10年が決定的なものになるとの認識を示している。

 さらに、科学技術の急速な進展が安全保障の在り方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の開発を行っている。その中でも中国は「軍民融合発展戦略」の名の下に、技術のイノベーションの活発化と軍事への応用を急速に推進しており、特に人工知能(AI)を活用した無人アセット等を前提とした軍事力の強化を加速させている。こうした動向によって従来の軍隊の構造や戦い方に根本的な変化が生じている。

 加えて、サイバー領域等におけるリスクの深刻化、偽情報の拡散を含む情報戦の展開、気候変動等のグローバルな安全保障上の課題も存在する。

2 我が国周辺国等の軍事動向

 中国は、2017年の中国共産党全国代表大会(以下「党大会」という。)での報告において、2035年までに「国防と軍隊の現代化を基本的に実現」した上で、今世紀半ばに「世界一流の軍隊」を築き上げることを目標に掲げ、2020年の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、2027年には「建軍100年の奮闘目標」を達成することを目標に加えた。2022年の党大会における報告においては、「世界一流の軍隊」を早期に構築することが「社会主義現代化国家」の全面的建設の戦略的要請であることが新たに明記され、そうした目標の下、「新型挙国体制」を掲げ、「機械化・情報化・智能化」の融合発展を推進し、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。その上で、中国は、今後5年が自らの目指す「社会主義現代化国家」の全面的建設をスタートさせる肝心な時期と位置付けている。

 中国の公表国防費は、1998年度に我が国の防衛関係費を上回って以降、急速なペースで増加しており、2022年度には我が国の防衛関係費の約4.8倍に達している。また、中国の公表国防費は、実際に軍事目的に支出している額の一部に過ぎないとみられ、国防費の急速な増加を背景に、中国は、我が国を上回る数の近代的な海上・航空アセットを保持するに至っており、さらに、宇宙・サイバー等の新たな領域における能力も強化している。核戦力については、2020年代末までに少なくとも1,000発の運搬可能な核弾頭の保有を企図している可能性が高いとみられる。ミサイル戦力については、中距離核戦力(INF)全廃条約の枠組みの外にあった中国は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する軍事能力(いわゆる「接近阻止/領域拒否」(「A2/AD」)能力)の強化等の観点から、同条約が規制していた地上発射型中距離ミサイルを多数配備しつつ、対艦弾道ミサイルや長射程対地巡航ミサイルの戦力化及び極超音速滑空兵器(HGV)の開発・配備等を進めている。また、無人アセットの開発・配備を進めているとみられ、無人アセットの我が国周辺における活動の活発化も確認されている。

 このような軍事力を背景として、中国は、尖閣諸島周辺を始めとする東シナ海、日本海、さらには伊豆・小笠原諸島周辺を含む西太平洋等、いわゆる第一列島線を越え、第二列島線に及ぶ我が国周辺全体での活動を活発化させるとともに、台湾に対する軍事的圧力を高め、さらに、南シナ海での軍事拠点化等を推し進めている。

 特に、我が国周辺においては、中国海軍艦艇が、尖閣諸島周辺海域での活動を活発化させており、そうした状況の下、中国海警局に所属する船舶が尖閣諸島周辺の我が国領海への侵入を繰り返している。また、中国海軍艦艇が南西諸島周辺の我が国領海や接続水域を航行する例がみられている。

 中国は、台湾に関して、2022年の党大会における報告で「最大の誠意と努力を尽くして平和的統一の実現を目指すが、決して武力行使の放棄を約束しない」と改めて表明した。同時に、「両岸関係の主導権と主動権をしっかり握った」「祖国の完全統一は必ず実現しなければならず、必ず実現できる」とも表明した。近年、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化しているが、そうした中、中国は、台湾周辺での軍事活動を活発化させてきている。中国は、台湾周辺での一連の活動を通じ、中国軍が常態的に活動している状況の既成事実化を図るとともに、実戦能力の向上を企図しているとみられる。さらに、中国は、2022年8月4日に我が国の排他的経済水域(EEZ)内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルの発射を行った。このことは、地域住民に脅威と受け止められた。このように、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させており、台湾海峡の平和と安定については、我が国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会全体において急速に懸念が高まっている。

 このような中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、我が国の防衛力を含む総合的な国力と同盟国・同志国等との協力・連携により対応すべきものである。

 北朝鮮は体制を維持するため、大量破壊兵器や弾道ミサイル等の増強に集中的に取り組んでおり、技術的には我が国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載し、我が国を攻撃する能力を既に保有しているものとみられる。大量破壊兵器の運搬手段である弾道ミサイルについては、その発射の態様を多様化させるなどして、関連技術・運用能力を急速に向上させており、特に近年、低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの実用化を追求し、これらを発射台付き車両(TEL)、潜水艦、鉄道といった様々なプラットフォームから発射することで、発射の兆候把握・探知・迎撃を困難にすることを企図しているとみられる。また、「極超音速滑空飛行弾頭」、米国本土を射程に含む「固体燃料推進式大陸間弾道ミサイル(ICBM)」等の実現を優先課題に掲げて研究開発を進めているとみられ、今後の技術進展が懸念される。このような北朝鮮の核・弾道ミサイル開発等は、累次の国連安保理決議等に違反するものであり、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なっている。こうした軍事動向は、我が国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっている。

 ロシアによるウクライナ侵略は国際秩序の根幹を揺るがすものであり、欧州方面における防衛上の最も重大かつ直接の脅威と受け止められている。また、我が国周辺においても北方領土を含む極東地域において、ロシア軍は新型装備の配備や、大規模な軍事演習の実施等、軍事活動を活発化させている。さらに、近年は中国と共に、艦艇の共同航行や爆撃機の共同飛行を実施するなど、軍事面での連携を強化している。こうしたロシアの軍事動向は、我が国を含むインド太平洋地域において、中国との戦略的な連携と相まって防衛上の強い懸念である。

 さらに、今後、インド太平洋地域において、こうした活動が同時に行われる場合には、それが地域にどのような影響を及ぼすかについて注視していく必要がある。

3 防衛上の課題

 国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を負う国連安保理常任理事国であり、核兵器国でもあるロシアが、ウクライナを公然と侵略し、核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返す、前代未聞といえる事態が生起している。これは戦後国際社会が築いてきた国際秩序の根幹を揺るがすものであり、こうした欧州で起きている力による一方的な現状変更は、インド太平洋地域でも生起し得る。

 ロシアがウクライナを侵略するに至った軍事的な背景としては、ウクライナのロシアに対する防衛力が十分ではなく、ロシアによる侵略を思いとどまらせ、抑止できなかった、つまり、十分な能力を保有していなかったことにある。

 また、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない中、外部からの侵攻を抑止するためには、共同して侵攻に対処する意思と能力を持つ同盟国との協力の重要性が再認識されている。

 さらに、高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきである。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するところ、意思を外部から正確に把握することには困難が伴う。国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在する。

 このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した自らの能力、すなわち防衛力を構築し、相手に侵略する意思を抱かせないようにする必要がある。

 戦い方も、従来のそれとは様相が大きく変化してきている。これまでの航空侵攻・海上侵攻・着上陸侵攻といった伝統的なものに加えて、精密打撃能力が向上した弾道・巡航ミサイルによる大規模なミサイル攻撃、偽旗作戦を始めとする情報戦を含むハイブリッド戦の展開、宇宙・サイバー・電磁波の領域や無人アセットを用いた非対称的な攻撃、核保有国が公然と行う核兵器による威嚇ともとれる言動等を組み合わせた新しい戦い方が顕在化している。こうした新しい戦い方に対応できるかどうかが、今後の防衛力を構築する上で大きな課題となっている。

 海に囲まれ長大な海岸線を持つ我が国は、本土から離れた多くの島嶼及び広大なEEZ・大陸棚を有しており、そこに広く存在する国民の生命・身体・財産、領土・領海・領空及び各種資源を守り抜くことが課題である。また、海洋国家であり、資源や食料の多くを海外との貿易に依存する我が国にとって、自由で開かれた海洋秩序を強化し、航行・飛行の自由や安全を確保することは必要不可欠である。

 一方、我が国は、大きな被害を伴う自然災害が多発することに加え、都市部に産業・人口・情報基盤が集中するとともに、沿岸部に原子力発電所等の重要施設が多数存在しており、様々な脅威から、国民と重要施設を防護することも課題となっている。

 これらに加えて、我が国においては、人口減少と少子高齢化が急速に進展しているとともに、厳しい財政状況が続いていることを踏まえれば、予算・人員をこれまで以上に効率的に活用することが必要不可欠である。