国家防衛戦略
Ⅰ 策定の趣旨

 国民の命と平和な暮らし、そして、我が国の領土・領海・領空を断固として守り抜く。

 これは我が国政府の最も重大な責務であり、安全保障の根幹である。戦後、我が国は、東西冷戦とその終結後の安全保障環境の大きな変化の中にあっても、我が国自身の外交力、防衛力等を強化し、日米同盟を基軸として、各国との協力を拡大・深化させ、77年もの間、我が国の平和と安全を守ってきた。また、その際、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を堅持してきた。今後とも、我が国は、こうした基本方針の下で、平和国家としての歩みを決して変えることはない。

 我が国を含む国際社会は、今、ロシアによるウクライナ侵略が示すように、深刻な挑戦を受け、新たな危機に突入している。中国は東シナ海、南シナ海において、力による一方的な現状変更やその試みを推し進め、北朝鮮はかつてない高い頻度で弾道ミサイルを発射し、核の更なる小型化を追求するなど行動をエスカレートさせ、ロシアもウクライナ侵略を行うとともに、極東地域での軍事活動を活発化させている。今後、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて、戦後の安定した国際秩序の根幹を揺るがしかねない深刻な事態が発生する可能性が排除されない。我が国は、こうした動きの最前線に位置しており、我が国の今後の安全保障・防衛政策の在り方が地域と国際社会の平和と安定に直結すると言っても過言ではない。

 国際連合安全保障理事会(以下「国連安保理」という。)常任理事国であるロシアがウクライナへの侵略を行った事実は、自らの主権と独立の維持は我が国自身の主体的、自主的な努力があって初めて実現するものであり、他国の侵略を招かないためには自らが果たし得る役割の拡大が重要であることを教えている。また、今や、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない。戦後の国際秩序への挑戦が続く中、我が国は普遍的価値と戦略的利益等を共有する同盟国・同志国等と協力・連携を深めていくことが不可欠である。この協力・連携が大きな成果を収めるためには、我が国自身の努力を従来にも増して強化することが必要であり、同盟国・同志国等も我が国が国力にふさわしい役割を果たすことを期待している。我が国と、同盟国・同志国等が共通の努力を行い、更なる相乗効果を発揮することで、力による一方的な現状変更やその試みを許さないことが求められている。

 戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境の中で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、その厳しい現実に正面から向き合って、相手の能力と新しい戦い方に着目した防衛力の抜本的強化を行う必要がある。こうした防衛力の抜本的強化とともに国力を総合した国全体の防衛体制の強化を、戦略的発想を持って一体として実施することこそが、我が国の抑止力を高め、日米同盟をより一層強化していく道であり、また、同志国等との安全保障協力の礎となるものである。

 特に、本年、米国は、新たな国家防衛戦略を策定したところであり、地域の平和と安定に大きな責任を有する日米両国がそれぞれの戦略を擦り合わせ、防衛協力を統合的に進めていくことは時宜にかなう。

 こうした認識の下、政府は、1976年以降6回策定してきた自衛隊を中核とした防衛力の整備、維持及び運用の基本的指針である防衛計画の大綱に代わって、我が国の防衛目標、防衛目標を達成するためのアプローチ及びその手段を包括的に示すため、「国家防衛戦略」を策定する。

 今般、本戦略及び「防衛力整備計画」(令和4年12月16日国家安全保障会議決定及び閣議決定)において、政府が決定した防衛力の抜本的強化とそれを裏付ける防衛力整備の水準についての方針は、戦後の防衛政策の大きな転換点となるものである。中長期的な防衛力強化の方向性と内容を示す本戦略の策定により、こうした大きな転換点の意義について、国民の理解が深まるよう政府として努力していく。