北鎮記念館の使命
写真:旭川・近文台より第七師団の造営予定地を望む
(明治33年5月撮影)
旭川市をめぐる歴史の旅
北海道のほぼ中央に位置する、旭川市に北鎮記念館はあります。ここでは、北海道の防衛と開拓の歴史を物語る貴重な資料を約2,500点展示しています。
古くは明治時代の屯田兵から始まり、旧陸軍第七師団、さらに戦後の警察予備隊や保安隊の時代を経て、地域の方々と共に歩む現代の陸上自衛隊第2師団までを網羅して紹介しています。
■旭川の発展
明治23年(1890年)に旭川村が設置され、屯田兵や開拓民が入植しました。旭川は北海道の防衛と開拓の拠点として多くの人が集まるようになり、まちの礎が築かれました。
そうした流れに拍車をかけたのが、旧陸軍第七師団の札幌から旭川への移駐です。
第七師団のために造営された旭川衛戍地(えいじゅち)は、当時は国内最大規模を誇る陸軍の衛戍地でした。「軍都・旭川」が誕生したことで、さらに多くの人やモノが集まります。
やがて旭川は、豊かな自然環境を生かして農業や家具、パルプが基幹産業となりました。さらには教育や文化、医療などの都市機能が集約して、北海道第2の中核都市として発展を遂げてきたのです。
■歴史の伝承
終戦に伴って旧陸軍は解体され、昭和27年(1952年)に保安隊が旧陸軍第七師団の跡地に移駐しました。
そして昭和29年(1954年)に自衛隊が発足し、部隊の改編を経て昭和37年(1962年)に陸上自衛隊第2師団の編制が完結。今日まで旭川駐屯地として歴史を刻んできました。
館長あいさつ
北鎮記念館のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
皆様におかれましては、平素より当記念館に温かいご支援・ご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。
当記念館は、北鎮を主任務とした先人たちの労苦と功績を偲ぶとともに、かつての足跡を長く後世に伝えることを目的として開設されました。
本道の防衛と開拓に携わった屯田兵や、旧第七師団の資料を中心に展示しております。
常設展に加えて、季節や時期に応じた様々な特別展も企画しております。
ご来館のきっかけとして、ホームページの情報等をご活用いただけますと幸いです。
初めて訪れる方にも深く学びたい方にも、郷土の歴史と触れ合える貴重な機会を提供できますよう努めてまいります。
職員一同、皆様のお越しを心よりお待ちしています。
北鎮記念館館長 一等陸尉 松本 純
北鎮記念館 累積来館者数:36万4千人 ※平成19年(2007年)~令和7年(2025年)3月時点
設立趣意書
北鎮記念館は昭和三十九年秋、『北鎮(北の護り)』を主任務とした先人達の労苦と功績を偲ぶとともに、その志を継承し、かつての足跡を長く後世に伝えることを目的として旭川駐屯地に開館したものです。
以来、四十有余年の永きにわたりその役割を果たして参りましたが、建物の老朽化及び寄贈される資料の増加により、施設の狭隘化が深刻な問題となり、また記念館を見学する方々に、より一層の便宜を図るには駐屯地に隣接して設けることが望ましいとの要望が次第に多くなって参りました。
この様な中、平成十七年、当時防衛庁副長官であった今津寛衆議院議員のご尽力と、旭川市商工会議所を中心とする市民有志の方々のご協力を得て、ここに新生「北鎮記念館」の誕生をみることができました。
新記念館では引き続き、本道の防衛と開拓に携わった屯田兵や旧第七師団の資料を中心に展示して、歴史伝承の場としての役割を果たして参りますほか、戦後、旧第七師団ゆかりの地に駐屯して以来、先人達の遺した「北鎮」という旭川師団精神を継承し、地域の方々と共に歩んで参りました警察予備隊、保安隊及び陸上自衛隊第二師団の活動の歴史を紹介し、来館者各位に自衛隊に対する理解を深めて頂く場にしたいと考えております。
かつて旭川は「軍都」と呼ばれ、旧第七師団と地域の方々は強い絆で結ばれ、交流も盛んであったといいます。本記念館が同様に自衛隊と地域の方々との交流を深める場となりますよう願って止みません。
なお、本記念館の館名を記した看板は、初代防衛大臣 久間章生衆議院議員の揮毫によるものです。
平成十九年六月
第二師団長 師岡英行
旭川駐屯地司令 田中達浩