2021/05/10
艦 長

掃海母艦「うらが」のHPへお越し頂き誠にありがとうございます。
令和3年5月10日付、第17代うらが艦長を拝命した近藤と申します。
本艦は、①母艦機能(掃海艦艇に対する給水・給油支援)、
②機雷敷設機能(多量の機雷を管制して敷設することが可能)、
③旗艦機能(司令部の指揮統制を支援)を有しています。大きな筐体を活かし真水、
燃料及び多くの物資を搭載することが可能です。そのため、災害派遣や人道支援に
従事することができます。
平成13年にはテロ対策特別措置法に基づき、アフガニスタン難民の救援物資をUNHCR
(国連難民高等弁務官事務所)に対し、横須賀からパキスタン(カラチ)まで届けました。また、
令和元年の台風19号における豪雨災害においては給水、入浴支援を行いました。(各避難所に
展開された給水車の水が実は本艦の水でした。)
掃海母艦としての特徴を最大限に活かしつつ、今後も任務に邁進していく所存です。
先の大戦において我が国の航路啓開隊は、79名もの殉職者を出しながらも、
港湾水路をことごとく封鎖した機雷を排除し、戦後復興の端緒を開きました。
朝鮮戦争において掃海部隊は、国連軍の上陸作戦に寄与し、その後の日本独立を
回復するサンフランシスコ講和条約の締結を促進させました。また、自衛隊創設以来、
初めての海外派遣となった湾岸戦争後のペルシャ湾における機雷排除は、「金は出すが、
血も汗も流さない」との国際的批判から日本の威信を回復しました。
今日の自衛隊による国際貢献の礎となった掃海部隊の中心として、精神誠意職務に臨んでいきます。
うらが艦長 2等海佐 近藤 幸司
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| 氏 名 | 近藤 幸司(こんどう こうじ) |
|---|---|
| 生 年 | 昭和45年 |
| 出身県 | 徳島県 |
| 家族構成 | 妻、子×3、猫×1、文鳥×1 |
| 趣 味 | マウンテンバイクによる山岳サイクリング
(昔はカイトサーフィン) |
| 略 歴 | 平成 5年 3月 防衛大学校卒業(管理学科)
同 上 第44期一般幹部候補生課程 6年 3月 遠洋練習航海(北米コース) 8年 1月 第42掃海隊隊付 9年 4月 幹部特修科潜水課程 9年 9月 幹部専修科水中処分(EOD)課程 11年 2月 米海軍EOD課程 12年 8月 いしかり航海長 14年 3月 幹部中級掃海課程 15年 3月 おぎしま艇長(艦番号666) 16年 4月 掃海隊群司令部EOD班長 18年 3月 海上自衛隊指揮幕僚課程 21年 3月 つしま艦長 24年 3月 バーレーン連絡官 25年 4月 第43掃海隊司令 28年 4年 舞鶴地方総監部援護業務課長 30年 4月 掃海隊群司令部観察安全主任 31年 4月 ぶんご掃海長兼副長 令和 3年 5月 うらが艦長 |
先任伍長

令和3年12月2日付で第11代先任伍長を拝命した岡原です。
「うらが」は、掃海母艦として多様な任務に即応できるよう、日々訓練及び整備に励んでいます。また、掃海部隊の持ち味である家族的な雰囲気を大切にし、若年隊員の育成、母艦機能を最大限に活かして任務に尽力していく所存です。
艦長指揮の下、乗員一丸となって勤務に邁進して参りますので、今後とも温かいご支援、ご指導よろしくお願い致します。
うらが先任伍長 海曹長 岡原 俊二
| 平成4年3月 | 入隊 佐世保17期曹候 |
|---|---|
| 平成6年3月 | 移動通信隊 |
| 平成10年12月 | 掃海艦やえやま |
| 平成16年6月 | 護衛艦いかづち |
| 平成26年9月 | いずもぎ装員 |
| 平成27年3月 | 護衛艦いずも |
| 平成29年6月 | 砕氷艦しらせ |
| 平成31年6月 | 掃海母艦「うらが」 |
| 令和3年12月 | 掃海母艦「うらが」先任伍長 |