越国防省における岸防衛大臣基調講演

2021年9月12日
防衛省
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「新たな段階に入った日越防衛協力関係とグローバル・パートナーシップ」(聞き取りのまま)

シン・チャオ(こんにちは)。初めまして、日本国防衛大臣の岸信夫です。防衛大臣としての初の外国訪問で、こうしてベトナムを訪れることができ、大変光栄です。タン対外局長をはじめ、こうした機会を与えてくださいました皆様に、まずもって心より感謝申し上げます。

日越防衛協力関係は、大いなる潜在性を秘めています。本日、私は、この協力関係を、地域と国際社会の平和と安定のためにどのように発展させていくか、このことを申し上げるべくこの場にまいりました。そして、そのためにも、日越間で必ずしも認識が一致していない点も含めて私の意見を率直にお話しさせていただこうと思います。

御列席の皆様。この機会に、私のベトナムでの特別な思い出についてお話させてください。私個人とベトナムの出会いは、20年近く前にさかのぼります。私は、国会議員になる前、商社に勤務しながら世界を飛び回り、2000年夏から1年半の間、ここベトナムで勤務した経験があります。ハノイやホーチミンシティ、メコン川流域のカントーや最南端のカマウ、海沿いのファンティエット、ダラット高原、中国国境付近の山中まで駆け巡り、とにかく楽しく夢中になって仕事をしました。

「ドイモイ政策」が軌道に乗り始めた当時のベトナムは、人も街も活気づき、まさに国が発展していく息吹を肌で感じていたのを覚えています。そして、地域を力強く牽引するベトナムの発展を、本日こうして目の当たりにしています。

おおらかで優しいベトナムの仲間とは、こんなこともありました。ある時仕事で揉めたことがあり、「あの時できると言ったじゃないか」とこちらが問い詰めると、「Mr.キシ、あの時私が出来ないと言ったら、君は悲しんだだろう、僕は君の悲しむ顔を見たくなかったんだ」とニコッと笑って返されてしまい、これには私も負けてしまいました。ただし、その仲間は、おおらかでユーモアがあるだけでなく、とにかく一生懸命働き、考え方の違いで揉めることがあったとしても、互いに認め合い、良い信頼関係を築くことができました。多くの人と共に汗を流し仕事をしたベトナムは、私にとって特別です。今般、私がこのベトナムを最初の外国訪問先としたのは、こうした特別な思いがあるからです。

私は、ベトナムの皆さんとだからこそ、両国の防衛協力関係を更に発展させることができると確信しています。それは、2009年に防衛大臣政務官としてこの地を訪れた時から、変わらぬ思いです。

御列席の皆様。「困ったときはお互い様」。これは日本人が長く大切にしている美徳です。友人は、困った時に助け合うものです。コロナ禍という前代未聞のチャレンジの中で、長く深い友好関係を持つベトナムに対して、日本が約300万回分のワクチンの無償供与を行ったのは、友人として、共にこの困難に立ち向かうためです。

思えば、今から10年前の2011年3月、あの未曾有の自然災害である東日本大震災に際して、日本はベトナムの多くの皆様から、我々にとって驚くほど多額の義援金、心のこもったお見舞いの手紙・寄せ書き・絵、様々な形で温かいご支援をいただきました。このことを日本は忘れることができません。

「Gian nan mới biết bạn hiền」(ザン ナン モーイ ヴィエット バン ヒエン)。私たち日本人は、このベトナムの言葉に表される皆様の美徳に強い感銘を受け、どれほど勇気づけられたことでしょう。ここに改めて感謝申し上げます。そして、このことは、日本の私たちとベトナムの皆様が、困難に直面する友人を助け合う美徳を共有し、我々両国がいかに強い「絆」で結ばれているかを、改めて実感した機会でもありました。

日本とベトナムの二国間関係は、発展し続けています。2014年に日越関係が「広範な戦略的パートナーシップ」に格上げされて以来、全ての分野において力強く発展しています。

防衛分野も然りです。これまでの様々な協力・交流の実績を踏まえ、本年6月、ザン国防大臣と私が会談した際、両国の防衛協力関係を「新たな段階」へ引き上げることについて意見を交わしました。

私は、今回の訪越を、日越防衛協力が「新たな段階」に入ったことを示すマイルストーンにしたいと考えています。

先ほど、私たち日越は、困難に直面する友人を助け合う美徳を共有していると申し上げました。そして、この美徳と同様、私たちは、国際関係を規律する上で欠かせない普遍的な価値も共有しています。その一つは、海における「法の支配」です。

古くより日本とベトナムを結びつけてきたもの、それは広大で豊かな海でした。16世紀から17世紀にかけて、日本の商人たちは、御朱印船で東シナ海から南シナ海を自由に駆け抜け、東南アジアの諸国に広く交易を求めてきました。フック国家主席の地元である古都ホイアンに今なお残る「来遠橋」、別名「日本橋」は、当時の日越間の活発な交流を偲ばせるものです。自由で開かれた海は、古来より、私たちの繁栄の礎です。

海をめぐって、日本が常に訴えていることは、非常にシンプルで基本的なことです。我が国は海においても「法の支配」を徹底することを一貫して訴えています。航行及び上空飛行の自由、そしてシーレーンの安全確保なくして、私たちの繁栄は成り立ちません。

地政学的に東南アジアと東アジアが重なり合う位置にあるベトナムは、この地域で重要な役割を果たしています。私たち日本は、ベトナムが昨年ADMMの議長国として地域においてリーダーシップを発揮し、「法の支配」という普遍的な価値を重視しながら、地域の平和と安定に貢献したことを高く評価しています。価値を共有する私たちには、地域の平和と安定を守る共通の使命があるのです。

私たちは、今、コロナ禍という困難に加え、安全保障分野を含め、これまでになく厳しい現実に直面しています。

特に東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいては、既存の国際秩序とは相いれない一方的な主張に基づいて行動する事例が見られるようになっています。航行の自由や上空飛行の自由が不当に侵害されるようなことはあってはなりません。そのためには、「法の支配」の重要性、そして紛争の平和的解決という基本的な原則を繰り返し訴え、そして何より実践していくことが重要ではないでしょうか。

東シナ海においては、我が国固有の領土である尖閣諸島周辺海域を含め、力を背景とした現状変更の試みが継続しています。領海に侵入した中国海警局に所属する船舶が日本の漁船へ接近する動きを見せる事案が繰り返し発生する等、状況はますます深刻化しています。

また、南シナ海において、中国は、係争地形の軍事化を継続するとともに、頻繁に軍事演習を実施し、弾道ミサイルを発射したとみられるなど、行動をエスカレートさせています。我が国は、力を背景とした一方的な現状変更の試みや緊張を高める行為にも強く反対し、ベトナムとも懸念を共有しています。

今年2月、中国海警法が施行されました。この法律は、あいまいな適用海域や武器使用権限等、国際法との整合性の観点から問題がある規定を含みます。この海警法により、我々日越両国を含め、関係国の正当な権益を損なうことがあってはならず、東シナ海のみならず、南シナ海において緊張を高めることになることは、断じて受け入れられません。

そして、地域の海洋安全保障にとっての要衝となる、東シナ海と南シナ海をつなぐ位置に台湾はあります。台湾海峡の平和と安定は、地域、そして国際社会にとって重要です。我が国としては、当事者間の直接の対話により、問題が平和的に解決されることを期待するとの立場です。

そのほかにも、インド太平洋地域には、地域の平和と安定を確保する上での様々な課題が存在するのも厳然たる事実です。

まず、北朝鮮による弾道ミサイルの発射は、その射程にかかわらず安保理決議違反であり、地域の平和と安定を脅かすのみならず、国際社会全体にとっての深刻な課題です。我が国としては、北朝鮮のCVIDに向けて、関係国と共に国連安保理決議の完全な履行に取り組んでおり、ベトナムとの連携も重要です。

ミャンマー情勢について、我が国は、国際社会と連携しつつ、民間人に対する暴力的な対応の即時停止、拘束された関係者の解放及び民主的な政治体制の早期回復を強く求めてきています。我が国は、「5つのコンセンサス」を事態の打開に向けた第一歩としてとらえており、エルワン・ブルネイ外相がASEAN特使に任命されたことを歓迎しています。今後は、その履行によって具体的成果につなげていくことが重要です。

また、サイバーセキュリティや新型コロナウイルス感染症の拡大といったグローバルな課題への対応も必要となっています。

皆様。我々の住むこのインド太平洋地域は、世界の活力の中核です。そして、世界の繁栄を実現するためには、この地域の平和と安定が不可欠です。我々が直面している力による現状変更の試みは、この地域のみならず国際社会全体に影響を及ぼしかねないものであり、既存の国際秩序を脅かすグローバルな課題として捉える必要があります。

しかしながら、我々が一国でできることには、自ずと限界があります。その対処に向けて、あらゆるパートナーシップを活用することこそが重要です。

とりわけ、我々に繁栄をもたらしてきた国際法に根差し、自由で開かれた、ルールに基づく国際秩序の維持と強化に向けて協力する必要があります。こうした中、今、私たちが目にしているのは、志を同じくする国々が、このインド太平洋地域の在り方についてのビジョンを我々と共有し、地域の平和と安定のための取り組みや関与を、これまでになく強化しようとしていることです。

こうした国々は、今、ベトナムに注目しています。アメリカからは、7月末にオースティン国防長官が、8月にはハリス副大統領がこの地を訪れました。地域の重要国であるベトナムの戦略的重要性を強く認識している証と言えるでしょう。

そして、本年、特に注目されるのは欧州諸国によるこの地域への関与強化です。7月に、日本を訪問したウォレス大臣は、その足で、イギリスの国防大臣として初めてここハノイを訪問しました。イギリスは「インド太平洋への傾斜」という画期的な政策を打ち出しました。

「自由で開かれたインド太平洋」を力強く進めていく上で、「法の支配」といった価値を共有する欧州諸国との連携は必要不可欠です。私は、防衛大臣就任後、欧州のこの地域に対するコミットメントが一層強固かつ不可逆的なものになるよう、積極的に働きかけを続けています。

そして、ベトナムをはじめとするASEANは、2019年に自らの進む道として「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を発表しました。その中では、法の支配、開放性、自由、透明性、包摂性が行動原理として謳われています。日本はFOIPと本質的な原則を共有しているAOIPを全面的に支持しています。今後も、ASEANの中心性と一体性を支持しながら、具体的なAOIP協力を進めていきます。

インド太平洋地域におけるパートナーシップの広がりは、この地域の平和と安定の確保に資するものです。

こうしたグローバルなパートナーシップの広がりの中で、かけがえのない友人である日越両国は、何をなすべきでしょうか。

私の答えは、日越協力のあり方を今の時代に見合った「新たな段階」へと進化させることにあります。そして、手を取り合い、地域と国際社会の平和と安定を守る使命を果たす同志として共に歩んで行きたいと思います。

これまで日越防衛当局は、それぞれのたゆまぬ努力により、国を守る能力を高めてきました。そして、それぞれの持つ能力を基礎として、両国間で幅広い分野での協力や交流を進め、その成果は、我々日越双方に大きな利益をもたらしました。今や自衛隊は、「自由で開かれたインド太平洋」の維持・強化のために貢献する存在となり、精強なベトナム人民軍は、その能力を一層高め、この地域の平和と安定を維持する上で不可欠の存在となりました。

我々を取り巻く安全保障環境の厳しい現実を踏まえれば、我々の協力は更なる高みを目指さなければなりません。言い換えるなら、私たちは、「困ったときはお互い様」、「Gian nan mới biết bạn hiền」(ザン ナン モーイ ヴィエット バン ヒエン)の精神で、この地域、そして国際社会で困難に直面するほかの友人たちに手をさしのべる段階に入ったと言うべきではないでしょうか。

私は、今日ここに、我々の防衛協力が、日越二国間だけではなく、地域や国際社会の平和と安定により積極的に貢献するための協力であると「再定義」したいと考えます。これが、先ほど申し上げた「新たな段階」における日越防衛協力の趣旨です。日越が共に、「法の支配」を重視しながら、地域における様々な安全保障上の課題への対処に協力し、両国の利益のためのみならず、地域諸国やASEANとも緊密に連携し、地域、そして広く国際社会に大きな安心をもたらしていきたいと考えています。日本にとってベトナムは、運命共同体とも言うべき重要な国の一つです。

この「新たな段階」における協力の下、インド太平洋、そして世界の平和と安定に目を向け、日越防衛協力を一層深化させていこうではありませんか。

私たちは、そのための新たなツールを手にしました。それは、昨日署名された日越防衛装備品・技術移転協定です。今後、この協定の下、例えば、地域の海洋安全保障に資するような艦艇分野での協力など、具体的な装備移転の実現に向けて、協議を加速化してまいります。

そして、私たちは、新たな領域、これまでにない分野に協力のスコープを広げます。例えば、サイバー空間での脅威への対応は、グローバルな安全保障上の喫緊の課題です。昨年12月、私はASEAN各国との間でのサイバーセキュリティ能力向上のための取組を発表しました。この取組が、「新たな段階」での日越・日ASEAN防衛協力のモデルケースとなるよう、地域におけるサイバーセキュリティの向上のため、ベトナムと緊密に連携していきます。

また、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、安全保障にも大きな影響を与えました。昨年11月の日越防衛相テレビ会談で、私たちは、感染症対策分野でも協力を進めていくことで一致しています。

こうした進展も踏まえ、日越防衛当局間では、サイバーセキュリティ分野、そして衛生分野、これらの重要な2分野での協力を促進させるため、覚書の署名に向けた調整を進めていきます。

国連PKOは、日越の協力が目覚ましい分野です。PKO要員の能力向上のため、我が国は、2015年に国連と共に国連三角パートナーシップ・プロジェクト(UNTPP)を立ち上げ、これまでに防衛省・自衛隊としては、延べ約230名の教官の派遣、アジア・アフリカ17ヵ国及び国連ミッションの要員約360名に対する訓練を行ってきました。2018年以降は、ベトナム人民軍の全面的な協力の下、自衛隊教官団がここハノイでアジア諸国の要員に対する訓練を行っており、国連の旗の下、日越の協力が国連PKOを力強く支えています。

また、日越両国は今年からADMMプラスPKO専門家会合の共同議長を務めており、本年4月には初会合を開催いたしました。今後3年間、参加国とPKO専門家間の活発な討議をリードしていきます。

両国のこのような協力は、国際社会の平和と安定に積極的に貢献していく、との両国が共有する強い意志を示すものです。今後とも更なる協力の推進を目指します。

今日、私は、「新たな段階」における日越防衛協力という、壮大かつ野心的なビジョンを掲げました。この話を聞いた方の中には、「本当にそんなことができるのだろうか」と思う方もいるでしょう。

しかし、私は強く確信しています。私の知る実直なベトナムの皆さんとなら、この高く、大きな目標に向かって、幾多の困難も乗り越えることが必ずできます。

今日、インド太平洋地域において一層強固なパートナーシップが広がる中で、日越で連携してこれを牽引し、また関係国とも協力しながら共通の課題に対処し、地域と国際社会の平和と安定に共に貢献していきましょう。ご静聴ありがとうございました。

以上