「第89回 安全保障・防衛に関するオタワ会議」岸防衛大臣スピーチ(聞き取りのまま)

2021年3月13日
防衛省
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冒頭

皆様、こんにちは。初めまして、日本国防衛大臣の岸信夫です。本日は、「安全保障・防衛に関するオタワ会議(Ottawa Conference on Security and Defence 2021)」にこうして防衛大臣として初めて参加させて頂き、大変光栄に思います。国防協会会議(Conference of Defence Associations)並びにCDA研究所(CDA Institute)の皆様をはじめ、こうした機会を与えてくださった皆様にまずもって心より感謝を申し上げたいと思います。

今回のテーマは「様々な脅威から民主主義と主権を守る(Securing Democracy and Sovereignty against a Thousand Cuts)」であり、現在の安全保障環境をかんがみたとき、今日のこのテーマを取り上げることは、大変時宜を得たものと考えております。

我が国とカナダは、この広大な太平洋の西と東に位置する国ですが、今日のテーマにもある民主主義を始めとする普遍的価値を共有する、インド太平洋地域の重要なパートナーです。本日、私(岸大臣)は、この「民主主義」や「主権」をめぐってこの地域の西側で起きている現実を、太平洋を挟んで東側の皆様に知っていただきたいと思います。その上で、防衛省・自衛隊の安全保障協力の方向性、そしてその中におけるカナダとの協力についてお話ししたいと思います。

「普遍的価値」と地域情勢

本日のテーマに「民主主義」という言葉があります。「民主主義」は「自由」、「基本的人権の尊重」、「法の支配」といった普遍的価値の一つです。こうした普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること、これは、本日のもう一つのテーマである「主権」を守ることなどと並んで、我が国の重要な国益です。

残念なことに国際社会では、力による一方的な現状変更の試みやテロ・暴力的過激主義の拡大などにより、我が国を含む世界の安定と繁栄を支えていた普遍的価値に基づく国際秩序が挑戦を受けているという現実があります。このような現実は、このインド太平洋地域でも見られます。

香港情勢

こうした中、私は、まず、香港の友人たちに思いを致します。香港は、我が国にとって緊密な経済関係及び人的交流を有する極めて重要なパートナーであり、「一国二制度」の下に、自由で開かれた体制が維持され、民主的、安定的に発展していくことが重要であるというのが我が国の一貫した立場であります。

一昨年(2019年)、香港では、犯罪者の中国本土などへの引渡しを可能とするための条例改正案などをめぐる大規模な抗議活動が発生しました。当局による事件活動家や有識者などに対する厳しい締め付けが続き、香港の人権状況に対する国際社会の関心が高まっています。

昨年(2020年)6月の国家安全維持法の制定、その後の多数の民主派議員や活動家の逮捕・起訴に続いて、3月11日、全人代による香港の選挙制度を変更する決定がなされたことについて、重大な懸念を強めています。

特に、今回の決定は、香港の繁栄を支えてきた、香港基本法、及び「一国二制度」に対する信頼を更に損なわせ、香港における高度の自治を大きく後退させるものであり、我が国として看過できません。香港において関連の選挙が幅広い政治的意見を代表する候補者を含む公正な形で実施されることを求めます。

両岸関係

こうした香港での状況を目の当たりにしたとき、今度は、台湾の友人たちのことを想起せずにはいられません。台湾は、我が国にとって、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり友人です。

我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、地域における軍事バランスは変化しています。例えば、近年、中国が軍事力の強化を急速に進める中、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向にあります。中国は、「外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する」として、武力行使を放棄していないことをたびたび表明しています。

両岸関係については、わが国としては、当事者間の直接の対話により平和的に解決されること、また、地域の安定に寄与することを期待しております。防衛省としては、地域の軍事バランス構造の転換とみられる動向についてもしっかり注視してまいります。

海洋における「法の支配」と南シナ海

普遍的価値の一つには「法の支配」が含まれます。そして、この「法の支配」は海洋においても貫徹される必要があります。力ではなく、法とルールが支配する海洋秩序に支えられた「自由で開かれそして安定した海洋」は、国際社会の安定と繁栄の基礎です。しかしながら、海洋において、国際法や既存の国際秩序とは相いれない主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、行動する事例が見られるようになっています。公海における航行の自由や上空飛行の自由が不当に侵害されるような状況が続いていることも看過できなくなっています。

例えば、南シナ海においては、中国は、係争のある地形の軍事化を継続するとともに、頻繁に軍事演習を実施し、中距離弾道ミサイルを発射したとみられるなど、行動をエスカレートさせています。昨年4月には、南シナ海において、ベトナム漁船が中国海警局の船舶と衝突し沈没するという事案も発生しました。我が国としてはこうした状況を深刻に懸念しています。

我が国は、これまで一貫して南シナ海における法の支配の貫徹を支持するとともに、「航行及び上空飛行の自由」、そして「シーレーンの安全確保」を重視してきており、南シナ海をめぐる全ての当事者が国連海洋法条約(UNCLOS)を始めとする国際法に基づく紛争の平和的解決に向け努力することの重要性を引き続き強調してまいります。

「主権」と地域情勢

本日のもう一つのテーマは「主権」です。「我が国の平和と独立を守る」。私は、昨年9月に防衛大臣を拝命し、この崇高な職務を託されました。約25万人の自衛隊員の先頭に立ち、国民の平和な暮らし、そして、我が国の領土・領海・領空を断固として守り抜く、この固い決意の下、日々その責務を全うしてまいりました。

この「主権」をめぐり、我が国をはじめとする地域が直面していることをお伝えしたいと思います。

東シナ海では、我が国固有の領土である尖閣諸島周辺海域において中国による力を背景とした現状変更の試みが継続しています。昨年を振り返れば、尖閣諸島周辺海域において、中国海警局に所属する船舶による過去最長となる57時間以上にわたる領海侵入、過去最長となる連続111日の接続水域内の航行が確認されました。また、昨年1年間の接続水域内の航行日数合計でも過去最多の333日に達しました。

さらに、領海に侵入した中国海警局に所属する船舶が日本漁船へ接近する動きを見せる事案が繰り返し発生する等、状況はますます深刻化しています。こうした中国海警局に所属する船舶による活動は、我が国の主権を侵害するものであり、断じて受け入れられません。

中国は、このように一方的な現状変更の試みを執拗に継続する中、2月1日に海警法を施行しました。

これまでも、海警は、保有船舶の大型化・重装備化を図っています。また、中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける武警への編入、海軍艦艇の移管、海軍出身者の主要ポストへの配置を通じ、組織、装備、人事の各面において、軍と海警の連携を強化しています。

そうした中で今般制定された海警法は、これまでも様々な場で申し上げているとおり、あいまいな適用海域や武器使用権限等、国際法との整合性の観点から問題がある規定を含みます。この海警法により、我が国を含む関係国の正当な権益を損なうことがあってはならず、東シナ海や南シナ海などの海域において緊張を高めることになることは断じて受け入れられません。南シナ海沿岸国であるフィリピンやベトナムも、海警法に対し、反対や懸念の声を上げています。

もちろん、安定した日中関係は、両国のみならず、地域、国際社会のためにも重要です。両国間には、様々な懸案が存在しますが、ハイレベルの機会も活用しつつ、主張すべきは主張し、具体的な行動を強く求めていきます。

昨年12月、私は中国の魏鳳和(ぎ・ほうわ/WEI Fenghe)国務委員兼国防部長との会談に臨み、忌憚のない意見交換を行いました。かねてより、我々の率直な懸念をしっかり伝えるべく、中国との意思疎通を図っていくことも極めて重要と考えており、建設的な意思疎通を行うことについて、私は常にオープンです。

その上で、私は、国民の命と平和な暮らし、そして、我が国の領土・領海・領空を断固として守り抜くという強い決意の下、日本国の防衛大臣としての責務を果たすべく、引き続き、主張すべきは主張しつつ、冷静かつ毅然と対処していく考えです。この海警法についても、地域の国々をはじめ、多くの人々が抱いている強い懸念や不安をしっかりと受け止め、この問題について国際的に声をあげ、関係国とも連携してまいります。

以上、中国の動向などを含め、今、太平洋の西側で起きていることについて、私の強い問題意識とともに率直にご説明を致しました。

これに加え、近年では、領土や主権、経済権益をめぐる、純然たる有事でも平時でもない、いわゆる「グレーゾーンの事態」が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性があります。こうした「グレーゾーンの事態」は、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいます。こうしたリスクは、カナダをはじめ、「航行の自由」を含む普遍的価値を享受する国々が直面し得るものといっても過言ではありません。

本日、この会議をご覧いただいている皆様には、まずは、この状況を広くご理解いただくことを望みます。その上で、こうした安全保障環境の現実を踏まえた我々のアプローチである「自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)」について説明をさせて頂きます。

FOIPの推進

これまでに直面したことのない安全保障環境の現実の下にあっても、私は、防衛大臣として、国民の命と平和な暮らしを守り抜き、そして、地域と国際社会の平和と安定に積極的に貢献していくとの責務を果敢に全うしていく考えです。その際、我が国自身の防衛体制の構築を図るとともに、日米同盟を基軸としつつ、自由、民主主義、法の支配、人権といった普遍的価値や安全保障上の利益を共有する国々との安全保障協力を戦略的に推進し、こうした国々とより緊密に連携していくことを目指してまいります。

我が国が、この戦略的な安全保障協力を進めていく上で、基本となるビジョンが「自由で開かれたインド太平洋」です。

FOIPとは

この「FOIP」というビジョンは、2016年8月、ケニアで開かれた「第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)」において、当時の安倍総理によって提唱されたものです。我が国は、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を実現することにより、地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保していくという考えのもと、この「FOIP」というビジョンを推進しています。

この「FOIP」というビジョンは包摂的なものであり、特定の国に対抗したり、排除したりするものではありません。この考えに賛同してもらえるのであれば、いずれの国とも協力していけるものと考えております。

防衛省・自衛隊の取組み

防衛省・自衛隊においても、FOIPというビジョンの下、インド太平洋地域のパートナーであるカナダは当然のこと、同盟国である米国だけでなく、豪州、英国をはじめとする欧州、ニュージーランド、東南アジア、南アジアに加え、近年では、太平洋島嶼国や中東・アフリカといった地域の国々とも手を携え、安全保障協力を戦略的に推進しています。

本日の会議には、イギリスのウォレス大臣もご出席されたものと承知しています。先般、イギリスは、空母「クイーン・エリザベス」をはじめとする空母打撃群を、東アジアを含む地域に展開させる旨発表しました。私(岸大臣)は、この空母打撃群の地域への展開がFOIPに資するよう、ウォレス大臣と引き続き緊密に連携したいと考えています。

我が国の安全保障協力は、人と人の交流に加え、自衛隊の艦艇・航空機を活用した共同訓練や戦略的寄港、相手の心に寄り添う、日本ならではの人材育成や能力構築支援、信頼される高度な技術力に裏打ちされた防衛装備・技術協力など、多様な形で展開されています。

さらには、陸・海・空といった伝統的な領域だけでなく、宇宙・サイバーといった新たな領域、国際テロ、海賊や大量破壊兵器の拡散といったグローバルな課題、そして、最近では、新型コロナウイルス感染症という新たな「脅威」を踏まえ、防衛当局間での感染症対策協力へとスコープは広がりつつあります。

カナダへの期待

こうした中、我が国としては、FOIPというビジョンを維持・強化するため、同じインド太平洋国家であり、普遍的価値を共有するカナダとの関係をさらに発展させていきたいと考えています。

2019年の防衛協力に関する共同声明やACSAの発効、北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動における協力、日加共同訓練「KAEDEX(カエデックス)」の継続等、カナダとの防衛協力は着々と進んでいます。インド太平洋地域での日本とカナダのプレゼンスを更に強化すべく、日本とカナダの防衛協力が深化していくことを期待しています。

結語

本日は、貴重なお時間を頂きまして感謝しております。オタワ会議を経て、更に闊達な議論が行われ、各国が普遍的価値を守るためにより一層協力していくことを望みます。ありがとうございました。

(以上)