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名寄駐屯地の公式ホームページです。

TEL. 01654-3-2137

〒096-8584 北海道名寄市字内淵84番地

アクセスHISTORY

名寄駐屯地の歴史

「名寄の地の第一歩」
昭和27年12月 5日 保安隊先遣隊名寄入り。
昭和28年 3月 9日 保安隊名寄駐屯部隊の主力部隊(第一陣)名寄駅に降り立つ。
昭和28年 5月24日 名寄駐屯地開庁落成式挙行。駐屯地としてスタートした。
「駐屯地開庁の背景」

 警察予備隊(現在の自衛隊)の誘致は戦後の名寄の最大の事業だった。
市政施工への人口要件のクリア(人口3万人以上)に併せ、経済活性化への悲願を込めた町を挙げての誘致運動があった。
 駅前に商工会議所から大テントの臨時休憩所、町内婦人団体から茶菓・しるこ、商店街から各隊員に記念品、鈴木秀吉町長の歓迎の言葉、ブラスバンドを先頭にした街頭行進、日の丸各個掲揚と、町を挙げての温かい歓迎を受けた。

「エピソード」

 「昭和28年3月9日、長い旅路の末、名寄駅頭に降り立つ、出迎えの人々の頭越しに見える街の軒並、そして人々の服装等、想像以上なのに先ず度肝を抜かれた。人々の服装は『ケット』をずっぽりかぶり目だけ出し太い大根脚なので、なる程『アイヌ』が多いわい位に思い、自分なりに納得したつもりであったが、後日街の人に聞いたところ『アイヌ』ではなく、また脚の太いのは、メリヤスの上にソックスをはいているからだ。とのこと、その話を皆に云って大笑いしたものである。」
 「また軒並は、平屋がほとんどで、見るからに貧弱で今にもつぶれそう。内地の大きな家で生まれ育った私には、雪が多く木材等も豊富なのに、どうしてこんな家ばかりなのだろうかと不思議に思った。尚、当時の主要交通機関は馬車(橇)。したがって路上は馬糞に覆われ、まるで馬糞の道であった。」「また、娯楽施設としては、パチンコ屋2〜3軒、飲屋も少く、酒屋の店頭で、毛ガニをしゃぶりながら、コップ酒をグビリグビリ飲み干しながら気えんをあげ、寂しさを忘れようと努力したものである。」
ー(駐屯地記念誌「22年のあゆみ」より)−
昭和27年10月15日 警察予備隊から保安隊へ
昭和27年12月 5日 駐屯地管理隊(現名寄駐屯地業務隊)美幌から移駐
昭和27年12月19日 第30駐屯地会計隊(現・第342会計隊)遠軽から移駐
昭和27年12月20日 第3連隊(現・第3普通科連隊)先遣隊移駐
昭和28年 5月25日 北部方面通信所名寄支所発足(現・第301基地通信中隊名寄派遣隊)
昭和29年 5月12日 第2偵察中隊(現・第2偵察隊)旭川から移駐
昭和29年 6月10日 第400警務大隊第2中隊名寄警務分遣隊編成完結(現・第119地区警務隊名寄派遣隊)
「エピソード」

 2代目駐屯地司令の水沢廣吉1佐は、「土方連隊長」と呼ばれた。
 駐屯地開設間もない時期だけに、整備に力を入れた。主なものは道路、飛行場滑走路、営内射場、基本射場などで現在の駐屯地の基盤がその時代に整えられている。作業は、隊員が銃の感触を忘れるほど。
 毎朝、訓練係から作業区分が伝えられ、作業にかかるのだが、当時を振り返った隊員の手記に「まるでニコヨンのような嫌な気分がしたものである。
 とにかく不慣れな作業のため何をやっても、困難の連続。(中略)陣頭指揮に立って作業をする司令の姿を、だれがいうとなく土方連隊長というようになった。」とある。

▲58年ぶりの市中パレード。
「エピソード」

 駐屯地全隊員が整列して、正門付近で出迎えたのだが、その時ぐらい力強く頼もしく感じたことはない。
 とにかく移駐からその時点までは降雪があってから雪どけまで、人力での道路の除雪の連続に、いい加減誰しもがそのように感じたに相違ない。
 当時の道路状況は、隊内については現在と大差はなかったが、街までの道路は、舗装もされず巾も狭く特に九線からは地盤も悪く、現在とは比較にならなかった。
 このような道路を市街まで、各部隊毎に除雪区間を割り当てられ、人力によるスコップ作業によって、冬季間の輸送、交通の確保にあたったものである。この作業は、特に融雪期が大変で、少しの雪にも車輪が埋まり車が立ち往生する。
 とにかく融け次第除雪を継続、4月下旬に地面をみて始めて終するのである。この部隊の開設当初は、特に除雪を知らない我々にとっては、スコップの使用もままならず、手に豆を作って苦労した割合に成果があがらず、がっかりしたものであったが、年毎にスコップの使用方法や、除雪の知識も身につき成果があがったように記憶しているが、手足がつめたく大変だった。
 このような当時を回想するにつけ、機械力の偉大さ、そして施設部隊の存在をつくづく頼もしく思っている。
ー(駐屯地記念誌「22年のあゆみ」より)−
昭和31年10月25日 稚内分屯地開庁。
(稚内分屯地は全国でも珍しい陸・海・空の3自衛隊が同居する分屯地です。)
昭和32年12月12日 第301地区施設隊、旭川から移駐
昭和34年 6月 7日 名寄父兄会発足
昭和35年 3月 9日 名寄地方自衛隊協力会発会式
昭和37年 3月 4日 隊友会名寄支部発足
昭和38年11月 4日 天塩町自衛隊協力会発足
昭和38年11月25日 幌延町自衛隊協力会発足
昭和41年 4月 6日 中頓別町自衛隊協力会発足
昭和41年 9月25日 枝幸町自衛隊協力会発足
昭和41年11月10日 歌登町自衛隊協力会発足
(平成18年、枝幸町自衛隊協力会に統合)
昭和41年11月22日 浜頓別町自衛隊協力会発足
昭和42年 3月19日 稚内市自衛隊協力会発足
昭和42年 7月11日 猿払村自衛隊協力会発足
昭和56年 4月25日 名寄自衛隊協力婦人会発足
昭和56年 8月 1日 美深町自衛隊父兄会発足
昭和56年11月 1日 中川町自衛隊父兄会発足
昭和57年10月 1日 礼文町自衛隊父兄会発足
昭和57年11月 1日 利尻町自衛隊父兄会発足
昭和61年 3月29日 名寄市自衛隊後援会発足
昭和61年 9月29日 風連町自衛隊協力会発足
(平成18年、名寄地方自衛隊協力会に統合)
昭和63年 6月21日 美深町自衛隊後援会発足
平成 4年 5月29日 士別市自衛隊後援会発足
平成 4年 6月 9日 豊富町自衛隊協力会発足
平成15年 8月30日 浜頓別町自衛隊協力会発足
平成24年 8月28日 中川町自衛隊後援会発足
平成29年 9月 8日 利尻町自衛隊協力会発足
平成29年11月25日 利尻富士町自衛隊協力会発足


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