令和8年度北海道トレーニングセンター訓練
旅団は、令和8年7月8日から15日までの間、矢臼別演習場(北海道)で実施された令和8年度北海道トレーニングセンター(HTC)訓練に参加しました。
本訓練では、実戦的環境下における戦闘力の組織化を訓練して、部隊の任務遂行能力を向上させることができました。






第1次旅団訓練検閲
旅団は、令和8年7月8日から14日までの間、矢臼別演習場(北海道)で第1次旅団訓練検閲を実施しました。
受閲した第46普通科連隊(HTC訓練にも参加)及び第13施設隊並びに第13通信隊は、日頃の訓練で練成した成果をいかんなく発揮し、部隊に与えられた任務を完遂しました。
これからも訓練を積み重ね、いかなる状況にも対応できるよう、練度の向上に努めてまいります。






硫黄島支援
旅団は、厚生労働省が実施する硫黄島における遺骨収集、調査に伴うガス検知及び不発弾処理支援に参加しました。隊員は、壕内のガスの有無の確認及び不発弾の処理支援を重視し、遺骨収集、調査が安全かつ円滑に行われるよう貢献しました。




転出行事
7月30日(木)海田市駐屯地において定期異動に伴う転出行事が行われました。これまで地域の皆様とともに歩み、任務遂行に尽力した隊員が、新たな任地へと旅立ち、引き続き国防の任に尽力いたします。



「名君の耳」
第13後方支援隊長
武本 城余秋 1等陸佐
だいたい中国の歴代の皇帝というと、「こいつに仕えると生きておれんな」という人ばかりです。その中でも「多分この人なら、仕えたとしても寿命をまっとうできる」と思うのが唐の第二代皇帝の李世民です。
李世民の部下に、魏徴という人がおり、この人は、相手が皇帝だろうが誰だろうが自分が正しいと思うことはズバズバもの申す人でした。李世民の治世間、その数なんと二百回。李世民も「これまで魏徴を用いてきたことは先人にも誇れるだろう」というようなことを言っており、内心、アタマにくることもけっこうあったのだろうと思います。李世民は魏徴の言葉に耳を傾けました。彼の意見の中には核心をついたものもあり、そのおかげもあって李世民の治世は大いに栄えました。
魏徴は李世民よりも早くに亡くなりますが、李世民はその死にあたり「魏徴は私の鏡だった」と言っています。それは魏徴がズバズバ指摘してくれたことによって自分の決断の善悪が明らかになったという意味でした。名君と呼ばれる李世民。さすがだと思います。
人間だれしも完璧ではありません。それゆえに間違いがあったり、自分の考えが及ばないことがしばしばあります。そういうことがあることは、みんな頭ではわかっていることです。でも自分の意見に反対されると嫌ですよね。そこを李世民クラスになるとグッとこらえて、「なるほど」と反対意見ウェルカム、違う観点からの意見ありがとうとなるわけです。
今年「陸上自衛隊の目指す組織文化」が示され、そのうちの一つとして「率直に意見を交わせる組織」があげられています。率直な意見交換が、組織を将来にわたり維持・発展するために必要だということでしょう。そのためには、意見を発する意欲も重要ですが、意見を発する側も、受ける側も、共に、聴く姿勢が重要だと思います。
ついつい自分の思いが先走り、周りの意見を気にしなくなりがちですが、さまざまな意見を避けずに聴くことができる「名君の耳」を持ちたいものです。

「人をもって城となす」
第17普通科連隊
本部管理中隊 先任上級曹長
末益 武典 陸曹長
第17普通科連隊本部管理中隊の先任上級曹長に令和6年12月1日に上番をしました末益曹長です。私は、山口駐屯地音楽部に所属しており、部内外の各種イベントに参加させていただいております。
近代日本の軍事・政治の発展において重要な役割を果たした人物の一人に山口県出身である児玉源太郎がいます。彼は日露戦争において参謀として活躍し、日本の勝利に大きく貢献した一人です。ここで彼の行動や評価から信条としてよく語られる「人をもって城となす」についてお話をしたいと思います。
まずはじめに彼は、明治期の軍人・政治家であり、実務能力と統率力に優れた人物として知られており、現場主義を重視し、自ら前線に赴いて状況を把握する姿勢は、当時の軍人の中でも特に際立ち、部下の能力を的確に見抜き適材適所に配置する事に長けていたと言われています。特に、「現場主義の重要性」、「人材活用と信頼」、「柔軟な戦略思考」、この3つの教訓を掲げています。この3つの教訓について考察してみましょう。
まず、教訓①「現場主義の重要性」について、児玉源太郎の最も大きな教訓の一つであり、彼は机上の理論だけではなく、実際の状況を自ら重視し、日露戦争においても自ら満州に赴き戦況を直接把握した事で迅速かつ的確な判断を下したと言われており、この姿勢は現代社会においても重要であり、リーダーは現場の実態を理解する事でより実効性のある意思決定が可能となります。

次に②「人材活用と信頼」について、児玉源太郎は、優れた人材を見極め、信頼して任せる能力に優れていました。彼は部下に権限を委譲しつつも、必要な場面では責任を引き受けるリーダーシップを発揮しました。この教訓は、組織運営において重要であり、単なる管理でなく「信頼に基づくマネジメント」の重要性を示しています。
最後に③「柔軟な戦略思考」について、固定観念にとらわれず、状況に応じて柔軟に戦略を変更することができました。日露戦争では、戦局に応じて迅速に方針を修正し、無駄な損害を避ける判断を行っており、このような柔軟性は、変化の激しい現代社会においても不可欠であり、計画に固執しない思考の重要性を示唆しています。
以上のように、児玉源太郎の教訓は「現場主義」、「人材活用」、「柔軟な戦略思考」に集約されこれらは、軍事に限らず現代の企業経営や組織運営にも応用可能な普遍的価値を持ち、彼の生き方は、単なる歴史上の人物にとどまらず、現代のリーダーシップのあり方に対して多くの影響を与えていると考えます。皆さんも以上の教訓を参考に リーダーシップとは?戦略とは?人材育成とは?を考察し「人をもって城となす」 を実践されてみてはいかがでしょうか?!私もこの、児玉源太郎3つの教訓を胸にこれからも第17普通科連隊、そして本部管理中隊という「城」を魂(魂=本管中隊合言葉)をもって引き続き良きものとなるよう日々精進していこうと思います。

第13特殊武器防護隊
植田 貫太 1等陸士
植田1士は令和7年3月に自衛官候補生として入隊し、前期教育を第46普通科連隊(海田市)、後期教育を第13特殊武器防護隊(海田市)で修了後、第13特殊武器防護隊に配属され、化学手として活躍しています。
Q1 自衛隊に入隊したきっかけは何ですか?
知り合いに自衛官がいて、話を聞いて興味を持ったからです。
Q2 現在の職種(化学科)を希望した理由はなんですか?
どんな職種か入隊前から気になっていたからです。
Q3 学生時代の部活動は何ですか?
中学では陸上部、高校では写真部でした。
Q4 あなたの自慢(長所)を教えてください。
誰に対しても優しく接することが出来るところです。
Q5 休日はどのように過ごしていますか?
実家に帰省し、家族とでかけたり、友人と遊んでいます。
Q6 入隊して苦労したことは何ですか?
仕事内容の把握、上官との関わりかたです。
Q7 自衛隊での一番の思い出は何ですか?
前期での行進訓練や仲間と協力し合ったことです。
Q8 今後の目標は何ですか?
任期を継続し、部隊内において頼れる人間になることです。
Q9 自衛官を目指す人にメッセージをお願いします。
辛いことやしんどいこともあるけど、やりがいも十分にあるので、是非目指してみてください。









