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みつや表紙

07南海レスキュー

 第13旅団は、南海トラフ地震対処訓練として、令和7年度南海レスキューに参加しました。海上輸送を活用した生活インフラ復旧訓練、米海兵隊岩国基地との共同連携、瀬戸内海汽船と連携した部隊移動、自衛隊海上輸送群の輸送艦「ようこう」との連携及びNEXCO西日本との協同訓練等を実施して、南海トラフ地震対処能力の向上を図りました。

<海上輸送を活用した生活インフラ復旧訓練>

<海上輸送を活用した生活インフラ復旧訓練>

<米海兵隊岩国基地との共同連携>

<米海兵隊岩国基地との共同連携>

<協定フェリーを活用した部隊移動>

<協定フェリーを活用した部隊移動>

<自衛隊海上輸送群の輸送艦「ようこう」との連携>

<自衛隊海上輸送群の輸送艦「ようこう」との連携>

<NEXCO西日本との協同訓練>

<NEXCO西日本との協同訓練>

第13飛行隊及び第13特殊武器防護隊との協同訓練

 第13飛行隊及び第13特殊武器防護隊は、2月3日から5日までの間、山口県内各所において協同訓練を実施しました。定期的に両部隊の連携を深めることにより、あらゆるCBRN攻撃に対する対処能力向上を図っています。

初級部隊暗号電信

 第13通信隊は部隊の情報伝達手段である部隊暗号電信(初級)の教育を実施中です。モールス信号は電子機器が発達した現在でも「最後の通信手段」として先輩から後輩へその技術を継承してます。

部隊スキー指導官(養成)

 第8普通科連隊は、だいせんホワイトゾートにて部隊スキー指導官(養成)を実施しました。第8普通科連隊は旅団管内でも希少な「冬季装備部隊」であり、指導者として必要な知識と技能を身に付け、「スキー指導官」の資格を取得しました。

第54回全日本実業団ハーフマラソン大会支援

 第17普通科連隊は、2月8日に山口市で開催された第54全日本実業団ハーフマラソンを支援しました。競技途中から天候が大きく崩れる中、安全運転等に留意し、大会運営を支援することができました。

百万一心

「詠み人知らずと」
(雅楽家・林廣守)
第13司令部付隊長
野呂 将治 3佐

 表題を一見して、「君が代」を連想した方は音楽隊又はらっぱ特技者の方を除けば中々の方だと思います。私は青森の出身ですが小・中学校でも歌詞の意味を教育された記憶が残っていません・・・。いわゆる平安時代の古今和歌集に収められた作者不明、作曲が明治時代に入って宮内省に仕えていた林廣守氏です。(明治3年に初代「君が代」は、イギリス陸軍軍楽隊長が作曲したものの、日本人に馴染むものではなかったことから改訂され、現在の作曲になった経緯あり)
 自身定年退官まで1年を切り、入隊からこれまで国歌として世界一短いと言われている32文字の歌詞の意味をどれだけ考えて唄っていたかについて考えるようになりました。
  「君が代は       (5文字)
   千代に八千代に    (7文字)
   さざれ石の      (6文字)
   巌と なりて     (7文字)
   苔のむすまで」    (7文字)
  それぞれ区切って見てみましょう。

隊長写真

【君が代は】…この部分は本当に諸説あるようですが、君は、現代の政府見解では「天皇」を表していますが、「あなた」「この国」「この国を愛する人々」を指しているとう見方もあります。詠み人知らずさんだけ知るということでしょうか。代は、時代とか命といった長寿祝の言葉が由来とする説があります。
【千代に八千代に】…千年も、八千年もの間(いわゆる、幾千年も続く繁栄や長寿を願い)
【さざれ石の】…さざれ石(細石)が固まってさざれ石(右側)司令部庁舎前(写真提供…司令部広報室)
【巌(いわほ(お))となりて】…大きな岩となる(長い年月を比喩)
【苔のむすまで】…苔が生えるまでずっと栄えていくように

 総じて、私が思う現代語解釈は…
 「この国(あなた)の存続(命)は、小さな石が時間をかけて大きな岩となるように長く(長寿)、苔が生えるようになるまで幾千年も繁栄が続くように」という整理になるでしょうか。
 戦いや革命を唄った世界の国歌とは趣きが違うことが解ると思います。
 では、いつから君が代が国歌として使用されるようになったのか?というと、明治13年から数えて150年足らずとそんなに歴史は無いんです。その背景は思想信条に敏感な面もあることから、大山巌氏(薩摩藩:鹿児島県鹿児島市出身)、薩摩琵琶歌、蓬莱山(ほうらいさん)等のワードで興味のある方は検索してみて下さい。
 最後に、国歌の歌詞の意味わかる?と問われたら「それは日本国民として、日本国(民)の存続や長寿、これを実現するための平和や繁栄の願い。」と回答することにします。
 「ラッパ君が代」と、いわゆる「通常の君が代」は、演奏手段と旋律の構成音数で違うことも調べてみるとなお歴史的な背景がわかると思います。

三矢の訓え

先任写真

「先任上級曹長として」
第8普通科連隊第1中隊
先任上級曹長
古川 智之 准尉

 先任上級曹長として、私が最も大切にしていることは、常に部隊の中心として模範を示し続けることです。上級曹長は、単に階級が高いだけでは責任を果たしたことにはなりません。隊員の信頼を集め、その信頼に応え、組織の軸として部隊を支える存在でなければならないと考えています。
 まず必要なのは、基本の徹底であり、挨拶、整理整頓、規律の遵守といった当たり前の行動を、誰よりも徹底しています。細かな部分こそ、組織としての強さが宿ると考えます。
 また、コミュニケーションを大切にし、隊員一人ひとりと向き合い、その能力を引き出すことも重要な役割であると考えます。若い隊員たちは将来の自衛隊を支える貴重な戦力であり、彼らの長所を伸ばし、短所を克服するための指導を行うには、厳しさと同時に温かさも必要だと思います。時には𠮟り、時には励まし、迷っているときは背中を押す。信頼関係があってこそ、指揮は効果を発揮する。私は常に「声かけを続けること」「相手を理解すること」を忘れないようにしています。
 さらに、安全保障環境は刻々と変化しており、それに対応できる力を部隊全体が身につけなくてはなりません。上級曹長自身も現状に満足することなく、専門知識や資格取得、訓練に対する探究心を持ち続けることが求められます。学び続ける姿勢を見せることで、隊員にも良い影響を与え、部隊全体の能力向上につながると信じています。
 そして何より、部隊の士気と団結を高めることこそが、上級曹長の大切な使命であると思います。強い団結は、いかなる状況でも任務を完遂する原動力となり、私は、隊員一人ひとりの気持ちに寄り添い、安心して任務に取り組める環境づくりに努めていきます。そのためには、指揮官と隊員の架け橋となり、現場の声を正確に届ける調整役としても責任を果たさなければならないのです。
 私は先任上級曹長として、常に前を見据え、部隊の発展と国防のために行動する決意を持っています。自衛官としての誇りと、責任を心に刻み、これからも冷静で頼れる存在として、部隊の先頭に立ち、時には後ろから支えながら、強く精強な部隊づくりに尽力していく所存であります。  

spotlight

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第46普通科連隊
石濱 百汰 士長

 石濱士長は令和6年4月に一般陸曹候補生として入隊し、新隊員前期教育を第110教育大隊(松山)、後期教育を第46普通科連隊(海田市)で修了した後、第46普通科連隊に配属され、現在は小銃手として活躍しています。

Q1 自衛隊に入隊したきっかけは何ですか?

  テレビやニュースなどでの自衛官が活躍する姿をみて強い憧れを抱き、入隊を決意しました。

Q2 現在の職種(普通科)を希望した理由はなんですか?

  小銃手として前線に立ち敵を撃破する姿に憧れを抱いたからです。

Q3 学生時代の部活動は何ですか?

  小学校3年生から高校3年生まで野球をしていました。

Q4 あなたの自慢(長所)を教えてください。

  何事もポジティブ思考で、ピンチはチャンスと捉えて何事にも全力で取り組む様にしています。

Q5 休日はどのように過ごしていますか?

  深い睡眠をとり体を休ませたり、同期の隊員と外出して遊び、個人の充実をはかっています。

Q6 自衛隊での一番の思い出を教えてください。

  新隊員後期教育で、同期と共に切磋琢磨し訓練出来たことが一番の思い出です。

Q7 今の部隊に入って苦労したことは何ですか?

  演習場での訓練です。数日間、山にいることで、体力及び精神的にしんどいですが、その代わり、休みが頂けるので、頑張ることが出来ます。

Q8 今後の目標は何ですか?

  陸曹となり、小銃小隊の分隊長として、部下を指揮し、あらゆる任務も遂行出来る精強な分隊を造りあげることです。

Q9 自衛官を目指す人にメッセージをお願いします。

  訓練がきつく辛い時もありますが、人との繋がりの中、お互い助け合いながら困難を乗り越え、達成感を感じられるいい職業です。