高校卒業後、なるべく早く「人の役に立つ仕事」に就きたくて。
──自衛官になったきっかけは何ですか?
実は、私は元々警察官になりたいと思っていました。
引っ込み思案な性格を改めたいと思っていたことと、人の役に立つ仕事に就きたいという想いがあり、高校卒業後の進路として警察官を選びました。晴れて警視庁での勤務が決定したのですが、仕事が始まるのはなんと9月とのこと。待っている間に自分の気持ちが揺らいでしまってはいけない、「もっと早く人の役に立ちたい!」と思い、4月から入隊できる航空自衛隊を受験し、入隊することにしたのです。
──入隊からこれまでのキャリアの経緯を教えてください。
最初は航空自衛隊の新隊員(現在の自衛官候補生)として入隊し赴任したのですが、その後改めて一般空曹候補学生(現在制度なし)として任用転換し、最初の任用と同じ警戒管制員として勤務しました。
その後は、警戒管制員として全国の任地(春日・那覇・浜松など)で対領空侵犯措置任務に32年間勤務しました。令和5年5月からは、航空自衛隊准曹士隊員の代表として航空幕僚長を直接補佐する、航空自衛隊准曹士先任という立場で任務にあたっています。
自衛隊が、変化に対応できる組織であり続けるために。
──普段のお仕事について教えてください
国際情勢をはじめ日本を取り巻く環境が急速に変わる中で、隊員に求められることが大きく変化しています。さらに、隊員の価値観が多様化している今の自衛隊において、心理的安全性向上を目的として、勤務環境や居住環境などの改善が今まで以上に図られるようになりました。これを実現するために、服務指導などの面で航空幕僚長を直接補佐するのが、私たち准曹士先任の主な仕事です。
各地の空自部隊訪問を通して、現場の准曹士先任や隊員の意見を聞き、職場環境の維持向上などを行っています。
また、同盟国である米国空軍最先任や同志国の空軍最先任たちとの交流並びに相互理解の促進と信頼関係の強化、連携の基盤作りを行うことや海外訓練への空自参加部隊の准曹士隊員の激励及び勤務環境の状況確認を行っています。
──お仕事の中でのやりがいや、印象深かったことをお聞かせください
長い海岸線を持つ日本は海上の領空が広大であり、それを把握するには、長大な探知距離を有する早期警戒管制機(AWACS)の運用が不可欠です。
日本には4機しかない早期警戒管制機には約20名が搭乗しますが、警戒管制業務を行う空曹も乗務しています。これは私たち警戒管制業務にあたる者にとっては花形と言える仕事で、それを担当できたことは非常に光栄だと感じています。
また、警戒管制部隊として離島や山地などの、いわゆる僻地と呼ばれる地域に勤務したことも貴重な経験だったと感じています。防空監視所での勤務では、職域や同僚・先輩・上司という立場を超えた交流があり、地域住民の方々とも地域行事やスポーツを通して親交を深められました。全国で勤務する機会を得たおかげで、人として、また自衛官としての基本や原理原則を学ぶことができたと思っています。
自衛官を続ける中で感じた価値、魅力、磨かれた姿勢。
──お仕事をする際に、大切にしていることはなんですか
「継続は力なり」と「為せば成る」ということですね。
早期警戒管制機の導入が計画された時期、搭乗員になる為には米国留学し、早期警戒管制システムの運用要領などについて学ぶ必要がありました。この時、苦手だった英語を諦めずに継続して勉強したことで、無事に米国留学要員に選抜され、早期警戒管制機の導入に携わることができました。
目的・目標に向けて努力し続ければ、仮に成功しなくても、必ず何かの結果が出ます。何事もやってみなければわからないと私は考えているので、決して「やる前からあきらめないこと」が大切だと思います。
──長年働いたからこそ感じる、自衛官というお仕事の魅力を聞かせてください
航空自衛隊は日本国内に72の基地があるため、さまざまな土地で勤務ができ、それぞれの土地で新しい出会いが生まれるのが魅力だと思います。また、入隊者は日本全国から集まるので、多彩なバックボーンを持った隊員同士が出会うことで、お互いの風習や伝統、価値観の相違を、長年の勤務を通して学びあうことができるのも貴重な経験だと思います。
個人としては、誠実で真面目な人が多い印象です。みな人情味があり、熱い想いを持った人が多いなと感じます。
──応募を検討している方にメッセージをお願いします。
日本を守る自衛隊というと、多くの人が崇高な姿勢を印象として持つと思いますが、「身近な人を守る」、「誰かのためにできることをやる」と考えた場合、自衛官になるという選択は「人の役に立つ」ことに繋がると思います。
あなたも、誰かの役に立てる仕事を選んでみませんか?