人事幹部 1等陸尉 柿原 尚大 幹部候補生 出身

幹部自衛官の道には、
チャレンジと成長が
待っていた。

陸上自衛隊 東部方面混成団本部

プロフィール

人事幹部 3等陸佐 柿原 尚大
幹部候補生 出身

京橋駅での偶然の出会いが、柿原さんの新しい世界を開きました。国際的な活躍が期待される自衛隊の魅力を知り、陸上自衛隊への入隊を決意。待っていたのは多種多様な経験と大きな成長の機会でした。今では幹部自衛官として海外派遣の夢を叶えつつ、様々な任務を経験しながら挑戦を続けています。

国際舞台へ挑む冒険の始まりは、
駅で出会った自衛官の一言から。

── 自衛官になったきっかけは何ですか?

大阪の京橋駅でスーツ姿の自衛官に声をかけられたことがきっかけですね。
乗車予定の電車まで時間が少しあったので話を聞いてみることにしたのですが、自衛官の仕事には海外勤務・海外任務があることや、諸外国からも注目される重要な任務があることを教えていただき、将来の選択肢の一つにしてもいいかもしれないと思いました。

── 陸上自衛隊を選んだ理由はありますか?

理由はいくつかあります。
海空も全国に基地がありますが、陸上は都会から田舎まで幅広く基地が存在していたことと、海外派遣が魅力に感じられたからですね。
今では海自が海賊対処で海外に出ていますが、当時は陸自のほうが海外派遣が多い印象でしたので、陸自を選びました。

── 入隊後の印象はどうでしたか?

防大生と一緒に過ごすのですが、最初の1~2週間はこれまでの経験値の差から「追いつけるのかな」と感じました。
ただ、幹部候補生学校の一日のスケジュールが充実していたので、あっという間に終わった印象です。
最後の演習で2日間かけて行われる100キロ行軍というのがあるのですが、心が折れそうになる人も少しずつ出る中、同期のみんなで励まし合いながら乗り越えたことが一番印象に残っています。

幹部自衛官としての経験が、
自己成長に繋がっている。

── 普段のお仕事について教えてください。

最初の配属は、九州の西部方面大隊である第8高射特科大隊でした。
幹部自衛官として入隊したのですが、幹部候補生学校で小隊長を経験していたので思っていたよりも抵抗なくスタートすることができたと思います。

── 幹部自衛官として心がけていたことはありますか?

若いうちに幹部自衛官として部隊に入ったので、気をつけていたことは一人ひとりの隊員に対しての接し方ですね。
父親ぐらいの先輩隊員から私よりも若い新隊員までいる中で、同じ一人の人間として接するよう心がけていました。
例えば自分自身が分からないことは幹部目線でやれという指示だけではなく、経験や知見のある人から話を聞くなど、柔軟に対応していました。

── 幹部自衛官ならではのやりがいはありますか?

幹部自衛官は一般の隊員と比べて携わる仕事のスケールが大きいと感じています。
経験の無いことでもやらないといけない場面が多々ありますが、やり切ることで自分の人生の経験値が増えることが魅力です。
おそらくこの先も様々な勤務地で、多様な経験ができると思いますので、「ここに行きたい」というこだわりは持たず、与えられた仕事を楽しめればと考えています。

海外派遣で感じた、
自衛隊への国際的な評価。

── 印象に残っている仕事はありますか?

平成29年の2月から8月の約半年にかけて、アフリカ大陸にあるジブチ共和国で勤務していたことですね。
この任務は持ち回りになっていて、南九州の部隊の中から選ばれた人のみが勤務できるのですが、当時の私は部隊にはいませんでした。
ところが上司から「こんな話があるけどどう?」とお電話をいただき、「行かせてください」と即答したことを覚えています。

── 具体的にはどのような業務内容でしたか?

主に写真や動画の撮影といった記録を残す業務です。
自衛隊が現地でどんな活動をしているのか、本国への報告やPRも担っていました。
ジブチ共和国で活動されている他国の軍人さんと話す機会があったのですが、日本という国の素晴らしさと隊員の勤勉さをとても評価いただき、信頼されていることが嬉しかったですね。

── 自衛官を目指す方たちへのメッセージをお願いします。

現時点で腕立て伏せができない方でも不安に感じる必要はありません。
入隊後の教育カリキュラムやサポート体制は整っていますので、新しいことへの挑戦がしやすい環境です。
もちろん自衛官は責任がある仕事なので、プレッシャーの大きな仕事ではあります。
でも仕事の幅は本当に無限大なので、チャレンジ精神がある方はぜひ幹部自衛官を目指してもらえればと思います。

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