防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A
(8月放送内容)



テ−マ:ステッセルのピアノと米軍のGIピアノ

パ−ソナリティ−:

 防衛省・東北防衛局がおくる日本の防衛Q&A、このコーナーでは防衛省・自衛隊や日本の防衛について、詳しく分かりやすくお話いただきます。今日は東北防衛局の増田義一局長にお話をいただきます。よろしくお願いいたします。


増田局長:

 よろしくお願いします。


パ−ソナリティ−:

 では早速ですが、今日はどういったお話をいただけますでしょうか。


増田局長:

 もう夏休みの時期となりましたので、今日は、あまり肩の凝らない柔らかい話をしたいと思います。


パ−ソナリティ−:

 はい。いつもは学校に行っている子供たちも今日はもしかしたらラジオを聞いているかもしれませんし、お休みということでゆったりとお話を本日は伺いたいと思います。

増田局長:
 私の実家に、古ぼけたポンコツのピアノがありまして、もう50年余りも前の昔のピアノなんですけれども、これが一応愛着があるピアノだし、一部では名器とも言われているピアノだったもんですから、捨てるのはもったいないということで、修復・オーバーホールをしてもらうことになりました。弦を全部張り替え、ハンマー機構も新しいものに入れ替えて、塗装も全部剥がして塗り直してですね、あと鍵盤が象牙なんですが、それを漂白したりとか、そういうこともやりましたものですから、もう一台新しいピアノが買えるぐらいの費用がかかりました。


パ−ソナリティ−:

 お値段を伺うのがちょっと恐いですね。


増田局長:

 この修復・オーバーホールをしてくれたのは、水戸にある平山ピアノという会社なんですけれども、この会社は「ステッセルのピアノ」といわれたものを修復したこともある、この分野では有名な会社です。ステッセルというのは、日露戦争のときの、ロシア側の旅順要塞司令官であったステッセル将軍のことなんですが、ステッセルのピアノというのは、その将軍のヴェーラ夫人が旅順で弾いていたとされるピアノで、旅順が陥落してステッセル将軍から乃木将軍に寄贈されたといわれたものです。その後の調査で、結局、平山ピアノが修復したピアノは、ステッセルが寄贈したものとは別ものだということが分かったんですが、バルチック艦隊の戦艦アリヨールに搭載されていたピアノで、戦勝国となった日本に接収されたものだったということが分かりました。このピアノは当時のロシア皇后のアレキサンドラから下賜されたドイツの高級ピアノでグロトリアンだったんですね。ちょっと余談になりますけれども、バルチック艦隊の戦艦スワロフとかあるいは戦艦ベトウィンザン、こういったものにも同じくピアノが搭載されていたんですけれどもね。その船と一緒に沈没したわけです。いずれにせよ長い間人知れず眠っていたグロトリアンの古いピアノが平山ピアノによって修復されたんですけれども、この辺の話は、五木寛之さんの「ステッセルのピアノ」という著作に詳しく書いていますので、興味のある方は参照していただきたいと思います。。日露戦争当時の軍艦にピアノが装備されていたというのはなんとなく面白い話だと思いますけれども、現在はたとえば海上自衛隊の護衛艦にピアノは当然ながら積まれていませんし、他国の軍艦にもピアノが積まれているという話はちょっと聞いたことがありませんけれどもね。アメリカの空母なんかどうなんですかね。ひょっとしたらあるかもしれませんので、機会があったら空母の艦長に聞いてみたいなあと思っています。


パ−ソナリティ−:

 是非、またこの番組内で教えていただきたいです。


増田局長:

 それで、この平山ピアノの社長さんからお聞きした話で、別の話があるんですけれども、第二次大戦中にですね、米軍が前線に配備する特別注文のピアノをスタインウェイに大量発注してですね、実際に前線に配備したということをお聞きしました。そして、このピアノが現存するならば是非修復をしたいということで、耳寄りな情報があったら是非教えてほしいと平山社長から言われたことがありました。


パ−ソナリティ−:

 ピアノのイメージからすると戦争の前線とはなかなか結びつかないんですけれども。


増田局長:

 そうですね。私が防衛省に勤務しているので、こんなことを言われたのだと思いますが、この話は私としても初耳だったものですから、どんなピアノだったのかなあと思いまして、インターネットなどで調べてみました。そうしましたら平山社長のおっしゃるとおり、第二次大戦中に、米軍は約3千台ものピアノをスタインウェイに発注して作らせて、前線に配備していたんですね。これは前線の兵士に音楽を届けようという発想からなわけですけれども、戦場に容易に運べるように軽量・コンパクト化してあって、兵士4人で動かせるんですね。それから飛行機からパラシュートで投下したりすることが出来るようにですね、それなりの強度も持たせたものでありました。色は軍用らしく、オリーブとかグレーとか、ブルーとかそういったものがあったようです。これはGIピアノとか、ビクトリー・バーティカルとかと呼ばれていたようです。


パ−ソナリティ−:

 いろいろな工夫をして、前線用にピアノを作るというのは面白いですね。


増田局長:

 そうですね。前線の兵士にピアノを弾いてもらおうと3千台もスタインウェイに作らせて配備するなんて話は、いかにもアメリカらしいなという思いがします。特に日本ですと、戦時などはストイックな生活、こういうものが良いという国民性ですから、そういった中では中々こういう発想が生まれてこないなあと思います。もちろん自衛隊にもこういうものは無いわけです。


パ−ソナリティ−:

 はい。


増田局長:

 戦後65年が経ちましたけれども、かつて3千台もあったわけですから、ひょっとしたらその辺に、GIピアノが現存するものが見つかるかもしれないなあと思っておりまして、仕事で米軍を訪問するときなどに探してみたいと思っております。このラジオを聞いている方で、何か情報があったら是非教えていただきたいなあと思います。今日は、こんな話になってしまいましたが。

パ−ソナリティ−:
 とてもロマンを感じるお話でした。今日は東北防衛局の増田義一局長にお話を伺いました。どうも有難うございました。

増田局長:
 どうも有難うございました。
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