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トップへ戻る予備自衛官等の声インデックス/衛藤  俊  氏

予備自衛官等の声

  前回こちらの「予備自衛官の声」にて、今年の8月に実施された「平成28年度予備自衛官中央訓練」に参加した記事が掲載されました。これは通常の予備自衛官の5日間訓練とは異なる、特別訓練と呼ばれるものに分類されますが、他にも予備自衛官が参加する特別訓練があります。
  私は10月26日から30日までの5日間、沖縄の那覇基地で実施された「鎮西FTX訓練」に予備自衛官として参加しました。今回はその訓練内容が研究段階にあるという性質上一部ではありますが、私の感想や沖縄の様子とともにご紹介します。

氏名
衛  藤      俊  氏
階級
予備陸士長
現勤務先
自衛隊熊本地方協力本部渉外広報室
予備自衛官特別訓練
鎮西FTX 被拘束者の取り扱い
予備自衛官、那覇へ

  26日朝、北熊本駐屯地の隊舎に次々と私服姿の人々が入ってきました。今回の鎮西FTX訓練に招集された18名の予備自衛官達です。私も予備自衛官として9年目を迎えましたが、何度も顔を合わせたことのある方と、今年度初めて予備自衛官として来られたという方もおられました。被服・装備品等を受領し、サイズを確認。荷物をまとめて大型トラックに乗り込みました。北熊本駐屯地~福岡空港~那覇空港と、遠い道のりをたどります。
  那覇の空の下、最初に感じたのはやはり暑さでした。気温は10月末になってもなお30度を上回り、刺すような日差しはまるで真夏に戻ったかのような感覚を覚えました。

航空自衛隊那覇基地到着

那覇基地外来に集結

  初日の午後、ようやく那覇基地に到着しました。皆、陸上自衛隊の予備自衛官なので、航空自衛隊との違いが気になる時があります。例えば課業時間外に食事や浴場に移動する際、陸上自衛隊駐屯地内では上半身迷彩服、下半身ジャージの「ジャー戦」と呼ばれる独特の服装をいたるところで見かけるのですが、航空自衛隊にはそれがありません。
  陸自経験者ならお判りでしょうが、陸自の営内者にとってジャー戦は気楽でポピュラーな格好です。しかし我々は今回の訓練に先立ち、「くれぐれも那覇基地ではジャー戦で出歩かないように」と釘を刺されてしまいました。郷に入っては郷に従え、ということでしょう。

被拘束者の取り扱い

  2日目に入り、本格的に訓練開始です。我々が取り組むのは「被拘束者の取り扱い」。戦闘で拘束された相手方の人員(被拘束者)に対して捕虜としての資格を与えるまでの段階に位置し、いまだその内容が研究途上にあるものです。それらを指導してくれたのが同じ熊本からやってきた訓練担当部隊である西部方面音楽隊でした。


西方音楽隊と予備自衛官

相互に敬礼
  私は一昨年、昨年と「被拘束者の取り扱い」に参加し今年が3年目となりますが、その度に感じたのは、被拘束者を取り巻く環境が非常にデリケートだということでした。常に念頭にあったのは捕虜の待遇を定めた戦時国際法である「ジュネーブ条約」です。今年の訓練は特に、ジュネーブ条約に基づく被拘束者の取り扱いについて、西方音楽隊より詳しく説明をいただきました。では、ジュネーブ条約ではいったいどのようなことが定められているのか、少し堅い話になりますが解説させていただきます。

ジュネーブ条約について

  19世紀後半から現在まで、スイスのジュネーブでは数度にわたり人道面に関する条約が結ばれてきました。その中で1949年8月12日の条約は、通称「ジュネーブ第3条約」と呼ばれ、捕虜の待遇に関する内容が盛り込まれています。
  その中でも我々が特に気を配らなければならなかったのが「捕虜は常に人道的に待遇しなければならない(第13条)」という条文です。そのため、捕虜の資格を与えられる前段階の被拘束者の取り扱いも同様に人道的に取扱い、暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護されなければなりません。この条文に従って我々の行動は「相手に苦痛を与えたりしていないか」「虐待行為と疑われるようなことはないか」などを考慮し、気を配る必要があるのです。

予備自衛官部隊による実践

  そうして、ついに予備自衛官が主体となった訓練が始まりました。引き続き西方音楽隊から指導を受けながら、各々が与えられた役割を全うすべく各種訓練に取り組みました。

  今回の「被拘束者の取り扱い」訓練では、私は3回目の訓練参加ですが同様に複数回の経験を持つ予備自衛官が、約半数ほどおりました。しかしながら先ほど申し上げたとおり、本訓練は研究段階にある関係上随時訓練の内容は進化していますので、昨年と異なる部分も多く見受けられます。新しい内容に戸惑いうまくいかないことも多々ありましたが、一同手を抜くことなく何度でも反復演練しました。短い時間ではありましたが、最終的に何とか成果を上げることができたのではないでしょうか。

陸幕予備自衛官室長との意見交換

  暑さの続く3日目、我々の今後を左右するかもしれない、またとない機会が与えられました。陸上幕僚監部人事部予備自衛官室長と予備自衛官部隊との意見交換会が設けられたのです。
  予備自衛官制度は発足してから61年目を迎えました。東日本大震災、熊本地震と相次ぐ災害に対し災害派遣のための招集も行われるようになり、時代に合わせた変革が中央でも進められているようですが、その一環として我々予備自衛官の生の声を伝えるお時間をいただいたというわけです。

  懇談では実に活発な意見が交わされました。予備自衛官制度の今後の発展のために、皆積極的に自らの考えを述べていきましたが、それらを一つ一つ丁寧に受け止めてくださったのが予備自室長 長谷川1佐でした。検討に値する意見に対してだけでなく、現時点で対応が難しいものにもその理由を詳しく説明されました。予備自衛官一人一人が持つ意見は様々ですが、今後更なる予備自衛官制度の充実・発展が期待される、大変有意義な時間となりました。

史跡研修

  訓練4日目には趣の異なる内容が用意されていました。沖縄の史跡研修が計画され、私服に着替えて那覇基地を後にし、「ひめゆりの塔」と「旧海軍司令部壕」の見学に出かけることになったのです。
  ひめゆりの塔は沖縄本島南端の糸満市にあり、太平洋戦争末期「ひめゆり学徒隊」の多くが最期を迎えた地として記憶されています。資料館には学徒として勤務した少女たちの写真や当時の記録が残されており、若くして命を捧げた女性たちの歴史に心を打たれました。
  旧海軍司令部壕は、那覇市に隣接する豊見城(とみぐすく)市を一望できる高台にあり、丘陵の内部には手掘りの壕が迷路のように張り巡らされています。内部にある、自決した際についたと思われる手榴弾の破片の跡や、大田實(おおたみのる)司令官の有名な電文「沖縄県民かく戦えり」が記された石碑を目にすることが出来ました。
  道中、日本全国から訪れた学生の集団と多くすれ違いました。最近では中学・高校生の修学旅行における定番ルートとなっているようです。我々にとっても、今回の訓練が沖縄という特別な地で行われたことの意味を考えさせられる教育となったのは間違いありません。

おわりに

  1日目と最終日は移動日として設定されておりましたので、実質3日間の訓練がこれで終わりました。短い間ではありましたが、その分盛り沢山な内容の時間であったのは言うまでもありません。
  普段は社会の一員としてそれぞれの職務にまい進し、時折迷彩服に袖を通す。このようなことを繰り返すことで、いざという時に備えている予備自衛官の姿を少しでもご理解いただけたら幸いです。興味を持たれた方は是非、熊本地方協力本部へお気軽にお尋ねいただけたらと思います。

予備自衛官等制度に関するお問い合わせは
自衛隊熊本地方協力本部 援護課予備自班
TEL(096)297-2052