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技能公募予備自衛官とは

語学や医療技術、整備などの特殊又は高度の技術及び知識を有する一般の方が
予備自衛官補(技能)に採用されたのち、所定の訓練(2年間で10日間)を終了し、
予備自衛官として任用された者をいいます。


技能公募予備自衛官の訓練の様子


災害派遣時の技能予備自衛官の活動

仙台空港での通訳支援
米軍との通訳支援

予備自衛官の詳しい説明はこちら

技能予備自衛官 菅原予備3曹へのインタビュー




菅原 尚 51歳
岩手大学 人文社会科(昭和61年3月卒)
英数教室「Let's」経営
主な招集訓練
平成17年 7月 1日 
技能予備自衛官補採用
平成17年 8月31日 
予備自衛官に任用 3等陸曹
平成19年 7月 3日 
日米共同方面隊指揮所演習(YS)訓練(仙台)
平成21年12月 4日 
YS訓練(東千歳)
平成23年 3月23日〜29日 災害派遣
災統合任務部隊司令部において対米軍通訳業務に従事
平成23年11月 3日 
YS訓練(朝霞)
平成24年12月 6日 
YS訓練(仙台)

インタビュー 8月5日 招集訓練にて

Q:地本インタビュアー

A:菅原 尚 予備3等陸曹

地本:予備自衛官補を志願した動機はなんですか?

1993年に雫石スキー場で行われたアルペンスキー世界大会の時、
はじめて通訳のボランティアとして参加したんですが、
その後は、とくに通訳ボランティア活動などはやっていなかったので、
何かやろうと思い技能予備自衛官補に応募しました。

地本:予備自衛官補という制度のことは知っていたんですか?

全然知らなかったんですけど、ある日、
新聞の片隅に小さく技能予備自衛官補の募集要項が載っていまして、
どうせやるんだったら国に貢献できるようなものがいいと思いまして。

地本:偶然だったんですね?

そうなんですよ(笑)

地本:普段は、英語の塾の先生だということなんですけども、両立は難しくありませんか?

普通の会社員だと、たとえ土日を含む5日間といえども
仕事を抜けて自衛官としての訓練に参加するわけですから、
それなりの理解を得ていないと難しいかもしれませんが、
私の場合は個人でやってる塾ですので、その辺は比較的都合がつきやすいかと思います。

地本:菅原さんが、英語に興味を持ち始めたのは、いつからなんですか?

本当に中学の英語の授業が面白くて、
それからずっと英語が好きで、今に至ってるんです。

地本:たとえば外国へ留学に行ったりとかという経験は?

ないんですよ。
それこそ、技能予備自衛官補になって、
日米共同演習でハワイに行かせてもらったのが初めてですから。

地本:え、じゃあ、学校の勉強だけで英語ってしゃべれるようになるもんなんですね!

中学生の英語の勉強をしっかりしていれば、 日常の会話は問題なくできると思います。
ただ、私のように米軍を相手に通訳をやる場合は、
やはり軍事用語をかなり勉強しなくてはなりませんけど。

地本:日常会話と軍事用語は全然違うわけですね?

初めて日米共同演習に通訳として参加した時は、まったくチンプンカンプンで。

地本:どうするんですか?そういうお手上げ状態の時って。

こういう本が売ってるんですよ。自衛隊の中の書店で見つけたんですけど。
これも最初はなかなか手に入らなくてですね。
この本のおかげでずいぶん助かってます。階級なんかも、こうして表になってまして。
それを読んで、実際の米軍の隊員さんのと見比べたりして、覚えるんですよ。

地本:私生活ではなかなか出てこない単語ばっかりですね。

まあ、そこが魅力といいますか、技能予備自衛官補という
一般会社員としてだけでは味わえない楽しいところなんですけど。
日米の共同演習に参加して、微力ではありますが、
米軍と自衛隊の通訳という架け橋を作る経験ができるなんて、ちょっと他では味わえませんから。

地本:たしかに、そうですね。逆に辛かったことってありますか?

そうですねえ、今ではなんともないんですけど、
なりたての頃は、訓練の時、半長靴を履くだけでも大変でした。
それから射撃や基本訓練といったことも、慣れるまでは大変だなあと思ったんですが、
でも、他では経験できないことですから、大変というよりは、
やりがいがあって、興味深い楽しいという気持ちのほうが大きいですよ。

地本:東日本大震災の時も、召集されたとお伺いしていますが、
実際の災害派遣活動において、どのようなことをされていたんですか?

私の場合は技能予備自衛官ということで、通訳です。
日本と米軍が共同で被災地での災害派遣活動「トモダチ作戦」を
している時の、 双方の連絡とかですね。
「この電話を使っていいのか」とか、「こういうことがしたいんだけど、その調整は誰とすればいいか?」
とか、 そういったことの通訳です。

菅原予備3曹の調整で設置されたシャワー
(東松島市)
調整先の米兵達と
取材を受ける菅原予備3曹

地本:実際の災害派遣に参加されてから、
訓練に対する気持ちというのに変化はありますか?

私はもともとボランティア活動がしたいという思いがあったので、
こういう機会を与えていただいて、すごく身の引き締まる思いでした。
その後の訓練においては、今まで以上に緊張感をもった、
より実動に近い気持ちで訓練に参加するよう心がけています。

地本:今後の決意を聞かせて下さい。

そうですね。これから、どんなことが起こるか、わかりませんが、
自衛隊と米軍との架け橋となって、微力ながらご協力できればと思っています。

地本:ありがとうございました。
最後に、これから技能予備自衛官補を目指す方々へ、メッセージをお願いします。

:岩手県では、通訳の技能予備自衛官補は、私ひとりです。
東北でも、5人しかいないと伺っています。
東日本大震災のような未曾有の大災害が起こった時など、
米軍と共同で何かを成し遂げなければならない機会があった場合、
一人でも多くの予備自衛官が活躍してもらえることが、
最前線で活動する自衛官の方々のためになると 思いますので、
是非とも技能予備自衛官補としてともに頑張ってもらいたいです。


菅原予備3曹へ陸幕長記念品を贈呈


平成25年8月7日(水)、自衛隊岩手地方協力本部長は、

菅原 予備3等陸曹に、陸上幕僚長からの東日本大震災派遣に参加された

予備自衛官に贈られた記念品を手渡すと共に、東日本大震災における災害派遣活動時の労をねぎらった。

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