受験生のために
“防衛学と戦争の歴史――どのような関係にあるのか”
(戦史教育の紹介)



1 はじめに
  防衛大学校では、他の大学にはない、防衛学という課目を履修します。その教育を担当しているのが、防衛学教育学群の国防論教育室、戦略教育室と統率・戦史教育室です。
  それでは、防衛学はどのような構造・体系を持ち、どのように教育されているのでしょうか。ここでは、防衛学と戦史教育との関係について紹介します。

2 戦争の歴史について
  まず、戦争の歴史を考える前に、歴史とは何かを考えてみましょう。
  歴史とは、人間行為の積み重ねを記録したものです。しかし、過去の無数の事実が膨大な記録として残されていても、それだけで何か意味があるのでしょうか。

  イギリスの歴史家のE.H.カーは、『歴史とは何か』の中で、「過去の諸事件と次第に現れてくる未来の諸目的の間の対話である」と述べています。このことは、現代の関心のために、歴史上のできごとが示唆する何かが利用されることを意味しています。
  つまり、歴史は、現代の人々が複雑で解決が困難な問題に直面したときに、どうすればこの問題を解決できるのだろうかという関心によって、すなわち明確な目的意識をもって参照されるのです。したがって、目的のない歴史の研究はありません。また、歴史上の様々な事件や事象は、目的をもって接することによって初めて意味をもち、現代のわれわれに話しかけるのです。

  ところで、病気を治したいという人間の願望によって医学が成立し、発展してきたように、さまざまな困難な問題を解決したいという願望や動機によって、各種の学問分野が成立し、発展してきました。
  たとえば、経済学は経済現象を、政治学は政治現象を対象とした学問です。これらの学問分野は、社会科学と呼ばれる人間の文化現象や社会現象を対象としたいわゆる文科系の学問です。そして、この場合の研究対象は、自然科学の場合における「もの」ではなく、「ひと」なのです。

  人間の文化現象や社会現象を数量的に把握することは、普通は困難です。本来、このような対象は、数量という一元的な取り扱いにはなじまない複雑な対象だからです。また、ある現象を実験という方法で繰り返し再現することも不可能です。それゆえ、このような対象に接近し、分析するためには、歴史という人間行為の堆積を通ずる以外にはないのです。したがって、経済学に経済史があり、政治学に政治史があるように、それぞれの学問は、その学問分野の目的や関心に対応する固有の歴史学に基礎を置いて構築されているのです。

  そこで、次に「戦争とは何か」を考えてみましょう。戦争は、本質的に人間の文化現象であり、社会現象です。したがって、戦争を対象とする研究や学問は、上記のような区分からすれば、社会科学の一分野に位置づけられることになります。そして、「戦争をなくす(防止する)にはどうすればよいのか」、「戦争が避けられないとすれば、どうすればもっとも少ない犠牲で目的が達成できるだろうか」などは、戦争にかかわる基本的な願望であり、戦争を研究するための最初の動機となるでしょう。もちろん、戦争という対象に接近し、分析するためには、戦争の解明を目的として記述された「戦争史」が必要です。



3 防衛学と戦争史
  次に、防衛大学校の教育における防衛学と戦争史の関係をみてみましょう。防衛学の教育科目の中には、「世界戦争史」と「日本戦争史」の二つがあり、「世界戦争史」は1学年で、「日本戦争史」は2学年で履修します。つまり、「戦争史」の用語は、「世界戦争史」と「日本戦争史」を総称するものとして使われているのです。
  防衛学は、一般の「軍事学」や「戦争学」に対応しています。このような学問分野における固有の歴史学は、「軍事史学(日本軍事史学会があります)」や「戦史」と呼ばれており、特に自衛隊における専門的な教育においては、戦史の用語が使われております。したがって、「戦争史」は、防衛大学校の防衛学に対応するように記述された歴史であり、戦史の一部に位置づけられます。つまり、防衛学の固有の歴史学は、「戦争史」なのです。
  それでは、防衛学の固有の研究分野とは、何なのでしょうか。防衛学の研究対象は、「防衛力の建設・維持」、「防衛力の運用(使用)」と「統率」に区分されます。また、戦争史(戦史)は、防衛学の研究手段であると同時に、それ自体が研究対象でもあります。

  さて、防衛力の建設・維持の分野には、どのような活動が含まれるのでしょうか。防衛力の建設・維持は、国家的なレベルの機能です。すなわち、防衛のためにどのくらいの資源を投入するかは、福祉や教育その他の要求を総合的に考察して決定されるのです。この分野には、防衛政策、防衛力整備、軍事制度、兵器の研究・開発・取得、隊員の募集と教育訓練などが含まれます。
  防衛大学校では、主として国防論教育室がこの分野の教育を担当しております。



  防衛力の運用とは、準備のできた防衛力を使用する理論や方法を意味しており、この分野は、戦略、作戦戦略と戦術に区分されます。
  戦略は、国家戦略、安全保障戦略などの上位の戦略から、軍事的な脅威に対応するための軍事戦略やその下位に位置づけられる作戦戦略などがあります。軍事戦略は、防衛戦略と呼ばれることがあります。そして、戦闘を実行するための規範となり、もっとも下位に位置づけられているのが戦術です。
  防衛大学校では、主として戦略教育室がこの分野の教育を担当しております。



  最後に「統率」は、リーダーシップやマネージメントの機能を含む指揮を中心とした機能で、与えられた任務を効果的に達成するため、防衛力の様々な資源や制度を総合して防衛力を効果的に使用するための理論です。
  これは、的確な判断や、判断を組織的に実行するための能力や技術を含む人間と集団(組織)に関する理論ともいえます。
  この教育は、先に述べた戦史教育とともに統率・戦史教育室が担当しています。



4 戦争史から何を学ぶのか
  中学や高校では、軍事に関する教育がまったくといって良いほど行われていません。したがって、防衛大学校における防衛学の教育は、幹部自衛官としての生涯を通ずる研鑽の第一歩ということができます。中でも、戦争史の教育は、その糸口となるものです。

  「世界戦争史」の教育目的は、「古代から現代にいたる主要な戦争の特質を教育し、戦争の本質について理解し得る基礎を付与する」とされています。また、「日本戦争史」の教育目的は、「日本が対外的に関与した戦争の概要及び特質について教育し、日本の国防上の特性を理解させるとともに、じ後の研究に必要な素地を与える」とされています。



  これらの教育においては、戦争の特質、様相、戦争の原因や戦争によってもたらされた結果などを考察します。

  戦争の特質や様相は、その当時の政治、経済、社会、文化、技術などの状況によって変化します。
  戦争がどのような要因によって、どのように変化したのかは、古代から現代の戦争にいたるまで連続してたどることができます。逆にいうと、現代の戦争を理解するためには、その前の時代の戦争を理解することが必要になり、このような過程は古代にまでさかのぼることができるのです。

  したがって、防衛大学校における戦争史の教育を一貫して流れているのは、「戦争とは何か」という疑問です。
  戦争は、その時代の政治、経済、社会や文化、さらには科学技術と深い関係があり、戦争だけを切り離して考察することはできません。
  つまり、ここでの戦争史の教育は、まず戦争という政治的・社会的な現象を幅広い文脈の中で考察してみることにその特色があります。
  このことは、生涯を通ずる自学研鑽のための手がかりとなり、さらには将来の伸展性の素地を与えることになるでしょう。

(文責:統率・戦史教育室 教授 川村 康之)