卒業式典における防衛大学校長式辞


五百籏頭防衛大学校長
 防衛大学校本科第五十二期生四百二十四名、大学院・理工学研究科修士課程六十一名、博士一名、ならびに総合安全保障研究科(修士)十八名の諸君が、本日それぞれの課程を修め、ここ小原台の生活に別れを告げる時を迎えました。
 本校の全教職員とともに、心より諸君にお祝い申し上げます。おめでとう。

 また、諸君をこれまで育て、支え、励ましてこられた御家族の皆様には、とりわけ感慨深いものがあることを拝察致します。
 心からなる感謝と祝意を表します。

 本日、この式典に、国務多端の中、福田内閣総理大臣、石破防衛大臣のご臨席を賜りましたこと、ならびに小泉元内閣総理大臣、前国連大使北岡伸一教授をはじめ、内外多数の来賓各位にご参列いただきましたことは、誠に光栄であり、厚く御礼を申し上げます。

 世界の士官学校の中で、防大には二つの特徴があります。
 一つは陸海空の統合士官学校をいち早く始めたことです。
 もう一つは大学院の課程をもあわせ持つことです。

 本日、八十名の研究科生を送り出せたことは、私どもにとって大きな喜びであり、誇りです。
 学術の研鑽を積んだ諸君の活躍を祈ります。

 また、本日の卒業生には、世界各国からの留学生二十二名が含まれております。
 言語と文化のハンディを越え、成績優秀者に与えられる学科褒賞をタイからの留学生ピーラサック学生が受けたことに祝意を表したいと思います。
 留学生諸君の今後の母国での活躍、そして母国と日本との架け橋として働かれることを祈念いたします。

 本日、五十二期生の卒業を迎えたことは、プラス四年の五十六年の歴史を本校が刻んできたことを意味します。かつて軍人が軍事一辺倒に傾き、日本が戦争に未来を託して破綻した後の局面に、防大は創設されました。
 それだけに、吉田首相、槇初代校長をはじめ創設に関わった先人たちは、軍人精神を豊かな人間性の中に治め、軍事を広く国際関係の中に治めることに留意されました。

 防大教育は「科学的な思考力、広い国際的視野、豊かな人間性」を目標として参りました。すぐに役立つ術科訓練よりも、生涯にわたる活動を支える知的・肉体的・精神的な「器」をつくることに主眼を置いて参りました。諸君はこの防大の伝統の中で自己を築き、本日を迎えた訳であります。

 「長い平和の時代」とも呼ばれる冷戦は終わり、世界は、今激動の時代に入りました。危機が相次ぐ中で、自衛隊は国防という究極の任務に備えつつも、地震などの自然災害から国民を守り、さらにPKO活動などのため世界各地に赴く時代を迎えました。その時代、二十一世紀の防大教育はいかにあるべきなのか、私どもは考えて参りました。

 一つ、東奔西走する中で精神の拠点を見失えば、「忙」すなわち「心を失う」ことになりましょう。
 幸い防大には槇校長が築かれたすばらしい伝統があります。

 槇記念室をつくろう。防大生が週末などにそこにたたずみ、幹部自衛官としての自らの生き方を黙想することができるように。

 二つ、防大生は教育訓練中の身であり、災害救援の任務は与えられていない。が、万一、地震などの災害のため、周辺の住民がガレキに埋もれる事態を招くなら、防大生はその人々の「生存救出」のために迅速に出動しよう。
その想定をもって、諸君は去年九月一日、防災訓練を行いました。

 三つ、諸君は将来、本来任務となった国際平和協力活動のため、部隊を率いて世界各地に赴く。
 そのための知的基盤として、理工系であれ人社系であれ、防大生全員が、少なくとも一つは異なる社会を内側から知る地域研究を、今後は履修することにしたい。

 四つ、大学院の高等教育を充実したい。
 諸君は卒業後、陸海空それぞれの幹部候補生学校に進み、本格的な術科訓練を始めることになります。
 若き日にしっかりと術科を修め、是非有用の自衛官となってもらいたいと思います。
 ただ三佐から一佐に進む過程で、諸君は別の素養をも求められることでしょう。
 より大きな規模の部隊の指揮統率に携わり、あるいは統合作戦、安全保障政策への感覚が望まれることでしょう。
 本校は総合安全保障研究科に、博士課程を増設します。
 国際化し、高度化する世界の安全保障環境の中で、防衛省は政策官庁の実を築く必要があり、その人材養成を防大は担いたいと思います。

 近年の防衛省・自衛隊の相次ぐ不祥事は、諸君にも衝撃を与えたことと思います。
 しかし「持ち場を捨てるな」「苦しい時にこそ逃げや弁明に陥らず、真正面から立ち向かえ」と言い交わしてきた諸君です。
 学生綱領として「廉恥、真勇、礼節」を定め、奉じてきた諸君です。
 幕僚長や防衛大臣、さらには総理大臣が国民におわびせねばならぬような事態を、諸君は決して起こさないものと信じます。
 それどころか、災害救援やPKO活動において、すでに自衛隊が内外で得ている高い評価が、さまざまな事態に臨む度毎に本物であることを、諸君が凛として明らかにするものと確信しています。

 少子化時代に育った諸君にとって、ここ小原台での団体生活はきつかったと思います。
 しかし試練をひとつひとつ越えてきたことが何者にも変えがたい諸君の資産です。
 諸君にとって小原台は、つらかったこと、楽しかったことを超えて、魂の故郷として意識されることと思います。

 胸を張って幹部自衛官への道を歩んで下さい。
 諸君の生涯にわたる健闘を祈り、私の式辞と致します。

   平成二十年三月二十三日

                 防衛大学校長  五 百 籏 頭  眞


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