卒業式典における防衛大学校長式辞


五百旗頭防衛大学校長
 防衛大学校本科第五十一期生四百二十一名、大学院・理工学研究科前期(修士)課程六十一名、後期(博士)課程一名、ならびに総合安全保障研究科十五名の諸君が、本日それぞれの課程を修め、ここ小原台の生活に別れを告げる時を迎えました。本校の全教職員とともに、心より諸君にお祝い申し上げます。おめでとう。また、この日を迎えた学生諸君をこれまで育て、支え、励ましてこられた御両親・御家族の皆様には、とりわけ感慨深いものがあると拝察します。心からなる感謝と祝意を表したいと思います。

 本日この式典に、国務多端の中、安倍内閣総理大臣、久間初代防衛大臣のご臨席を賜りましたこと、ならびに小泉前内閣総理大臣、山崎正和先生をはじめ、内外多数の来賓各位にご参列いただきましたことは、誠に光栄であり、厚く御礼申し上げます。

 本日総計四百九十八名が無事卒業できたことはもとより、卒業生が今後、国と国民のため働くことができますならば、それはこんなにも多く、本日ここに集まり励まして下さる立派な方々の支えがあってこそ、と深く感謝する次第です。

 本日卒業の五十一期生諸君は、一九八〇年代中葉に生を享けましたが、それは歴史が冷戦の終結に向っての歩みを速めた時期のことでした。諸君は社会の問題を認識しはじめる小学校高学年の頃に、神戸地震やオウム事件による安全神話の崩壊に遭遇し、そして多感な高校生の時に911テロを目撃しました。そういう世代です。諸君は、小泉内閣ついで安倍内閣が「テロとの闘い」のため自衛隊をインド洋へ、そしてイラクへ派遣し、さらに北朝鮮による核とミサイルの危機に対処する時代に、ここ小原台での学生舎生活を送ってきました。諸君は冷戦下の安定した時代の戦後日本の子というよりも、冷戦後の危機あいつぐ時代に育ち、二十一世紀の流動化する世界に対処することを任務とすべく運命つけられているように見えます。

 諸君は四百二十一名の近年まれな多数をもって、本校創立半世紀を越える五十一期生の卒業を画し、しかも防衛省移行後はじめての防大卒業生となりました。この国の二十一世紀の多難な航海の中で、諸君が新たなる活力をもって尽力することを期待します。

 なお、本日の卒業生には、世界各国からの留学生二十二名が含まれております。異国での勉学が容易でない中、言語と文化のハンディを越え、成績優秀者に与えられる学科褒賞を受けた留学生までいること(ベトナムからのミン学生でありますが)、まことに喜ばしい限りです。本日卒業した留学生諸君の今後の母国での活躍、そして母国と日本との架け橋として働かれることを祈念いたします。 本日の式典には、ホームカミングディのよき慣行により、第八期生の諸先輩が列席しておられます。八期生と九期生は、本校本館の床に刻み込まれている「廉恥、真勇、礼節」の綱領を学生自らの手で定めました。槇初代校長の下で防衛大学校の精神的伝統を築いた世代です。

 試練に直面して新たなる出直しを想う時、アメリカ人は独立革命に、フランス人は大革命の精神に立ち帰ります。わが国はそのような立ち帰るべき魂の拠点につき国民的合意を持ちませんが、幸いにも防大には創立期に築かれ、脈々と享け継がれてきた精神があります。槇校長は、学生諸君に対し「特殊な軍事専門家である前に、よき紳士(・淑女)であれ」と訓されました。戦前の歴史への反省に立って「広い視野、科学的思考力、豊かな人間性」が防大の教育方針として重視されてきました。

 幹部自衛官として歩む諸君は、二つのあい反する基本的責務を担うことになると思います。一つは、何かの際には、国と国民の安全のための最後のよるべたるべく働くことです。そのための覚悟と鍛錬には厳しいものがありましょう。もう一つは、民主主義社会における自衛官として政治の命に服して任務を達成するプロフェッショナリズムとシビリアン・コントロールを奉じ、国民と苦楽を共にし共感を培う姿勢を貫くことです。この二つを両輪とすることは容易ではありませんが、諸君の諸先輩はこれを立派に築いてきました。本年はじめ来校した幕僚長の一人は諸君への講義の中で「死ぬことは何でもない。本当に悩むのは、いかに任務を達成するかだ」と言い切られました。

 先週、世界中の士官学校生が本校に集い、国際士官候補生会議(ICC)が開催されました。そのレセプションで世話をしていた女子学生に、「この四年間は厳しかったか」と尋ねました。「はい、本当に厳しかったです」。「では、やっと防大から解放されるのが嬉しいか」。女子学生の答は「つらかっただけに、その一つ一つを越えてきたことが貴重で、かえって愛着を覚えます」でした。この言葉を口にした学生だけではなく、多くの諸君にとって小原台は、つらかったこと、嬉しかったことを超えて魂の故郷と意識されることでしょう。幹部自衛官として、人としての試練に遭遇する時、この魂の故郷に立ち帰り、そして屈することなく再出発して下さい。

 諸君がことある毎に歌う創立期の先輩の作詞した学生歌、「朝に勇知を磨き、夕に平和を祈る、礎ここに築かん、あらたなる日の本のため」の言葉どおり、諸君がこれからの生涯を通じて健闘することを祈り、私の式辞と致します。

   平成十九年三月十八日

                 防衛大学校長  五 百 旗 頭  真


戻 る