1 はじめに−動かざること山のごとし−? 孫子の兵法に「動かざること山のごとし」という有名な一節があります。戦国時代に武田家の旗指物に記されていたことはご存知の方も多いと思います。戦をするときには待つべきときには山のように動くなということですが、本当に大地は動かないのでしょうか? 以前は大地は動かないものの代表として考えられていました。1912年に、ドイツの気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが地質・古生物・古気候などの資料を元にして大陸が移動しているという説を発表します。当時の地球物理の研究者は大陸を動かす原動力に疑問を抱き彼の説は受け入れられませんでした。その後、1928年にアーサー・ホームズが『一般地質学原理』の中で、地球の内部は高温であるために熱による対流によって、大陸は分裂し移動していくという考えを示しました。このような熱対流によって大陸が移動するという考えは、現在も有力な説です。 しかし、本当にそのようなことが起こるのでしょうか? 2 動く大地をシミュレーションする 私達の住む地球などの惑星の内部は岩石(マントルといいます)でできています。石頭という語が示すように岩石は硬いものの代表ですが、長い時間をかけるとまるで水や油のような流体としての振る舞いをすることが知られています。さらに地球の内部の温度や圧力を実験や理論によって見積もってみると地球の内部は対流運動をしていることが分かりました。対流運動とは暖められて軽くなった流体が上昇し、代わりに冷えて重たくなった流体が加工する現象で、風呂のお湯や鍋の味噌汁でも見ることができます。ただし、地球内部の対流運動の速度はきわめて遅く、年間に10センチメートル程度です。これは髪の毛や爪の伸びる速さと大体同じくらいです。大地の動くことによって生じたひずみが地震を引き起こし、大陸同士の衝突が巨大山脈を形作ります。 では、このような大規模だけど非常にゆっくりとした地球内部の運動を調べるにはどうしたら良いでしょうか?地球の内部の岩石は硬いので穴を掘って調べるには限度があります。 そこで私達の研究室ではコンピュータを使って実験しています。岩石の性質や地球内部の温度などの条件をコンピュータに設定してあげることで、私達が決して手を触れることのできない地球の内部の運動をシミュレーションすることが可能なのです。 そうやってシミュレーションした地球の内部の様子を図1に示しました。赤い色は周囲よりも温度の高い部分、青い色は温度の引く部分を表しています。2個の緑で示された部分は大陸を模しています。この図では数億年の動きを数秒に縮めています。 |
図1:マントル対流シミュレーションの一例。赤、青色はそれぞれ周囲より も高 温・低温の領域を表しています。緑はモデル化された大陸です。 |
これは地球を非常に簡略化したモデルですが、地球内部のダイナミックな運動の特徴は良く捕らえられています。大陸部分はちょうど毛布のような役割を果たし、大陸下を温めます。温まった岩石はゆっくりと上昇し、地表に到達すると左右に分かれて流れます。このときに大陸は引き裂かれ、海に浮かぶ筏のように地球の表面を流されて行きます。やがて引き裂かれた大陸同士が衝突し、合体するとまたその下で新しい上昇流が発生します。実際の地球でも同様のことが起こ
り、大陸が分裂・移動・合体を繰り返していたのかもしれません。 3 おわりに−シミュレーション地球・惑星科学への誘い− 地球や惑星で起こる現象は巨大であったり、何千万年もかかることであったり、はたまた、私達の手の届かないところで起こることであるので、研究するのは難しいように思えます。一見複雑に見える自然現象も実は簡単な物理の法則にしたがって発生しています。それが幾重にも積み重なっているために人間の力では紐解くことが困難なのです。しかし、コンピュータは人間では一生かかっても終わらない計算を短時間にやり遂げることができます。コンピュータという道具 を用いることにより、実際に実験や観測するのと同じようなことができるようになり、地球や惑星で起こる現象の理解が飛躍的に高まりつつあります。 現在のコンピュータの能力ではまだ地球と全く同じ状態を再現することはできません。けれども、将来、コンピュータの能力がもっと向上すればより精密により正確に地球の内部の動きを再現することができるようになります。そして、私達の地球で過去に起こったこと、そして未来の姿を見ることができるようになるに違いありません。私達がいまだ到達したことのない惑星の世界の謎も解き明かしてくれることでしょう。 今回は私達の研究室で行っている研究の一つを紹介しましたが、他にも面白そうなことは何でもやります。これまでにもナマズによる地震予知の試み(図2)や雪崩の実験、恐竜の歩行のなどヘンテコな研究に取り組んできました。研究は辛く・苦しいものである前に、楽しく夢のあるものです。難しいからといって投げ出す前に結果の楽しさを考えて、今日も机に向かっています。皆さんも私達と一緒に夢を追いませんか? |
図2:ナマズ観察装置。カメラでナマズの動きを捉え、パソコンに記録してゆき ます。 |
(文責:地球海洋学科 助手 岩瀬康行) |