受験生のために
“街を冷やせ!
公園緑地によるヒートアイランド緩和効果”
(地球海洋学科での教育研究の紹介)

街が暑くなる
 夏の暑い日、木々の生い茂る公園や街路樹のある通りに入ると、涼しくてほっとしたことはありませんか?アスファルトやコンクリートに囲まれた都市では、周囲の田舎よりも気温が高くなっていますが、そんな街の中でも、公園や街路樹のある通りなど緑の多い所では気温は比較的低いのです。
 まず、街がどれくらい暑いのかを見て見ましょう。図1は関東地方で1年間に気温が30℃以上であった合計時間の分布です。


図1 関東地方における30℃超時間数(単位はhour)の分布
    左は1981年、右は1999年.環境省のレポートより

 東京都心では昔に比べて暑くなっていることがわかります。別なデータでは東京の都心は、例えば茨城県の土浦市(土浦も都会だとは思いますが)と比べると夜間は最大で5℃も高温になっていることがわかっています。熱帯夜が年々増加しているのも事実です。

 これに対して、植物は気温を下げてくれるという、ありがたい働きを持っています。これには主に植物の持つ次の2つの作用が効いています。@蒸発散作用と、A葉表面での放射冷却です。@の効果で冷えるのは人間の汗と同じ原理ですね。Aは、晴れた夜には葉の表面が赤外線の放出で熱を失うことで冷え(放射冷却)、冷えた葉が大気を冷やします。植物の葉はビルの壁などにくらべれば熱容量が非常に小さく、冷えやすい性質を持っています。

 私の研究室では都市の温暖化(ヒートアイランド)現象と、それに対する解決策として公園緑地による温暖化の緩和効果を研究しています。これは、いわゆる気象学の分野に入る研究ですが、植物生理学や建築環境工学など幅広い分野にまたがる研究でもあります。私の所属する地球海洋学科では、「地球と海」をキーワードにして気象学以外にも、海洋学、地震学、天文学、水中音響工学、計測工学といった幅広い分野を融合させた教育研究を行っています。ここでは都市の公園緑地がもつ環境改善効果を中心に、地球海洋学科での教育研究を紹介したいと思います。

公園緑地はどれくらい低温?
 図2は東京の新宿にある新宿御苑での気温分布です。新宿御苑は都内でも有数の大規模な緑地です。図2を見ると新宿御苑の真中は周辺の市街地よりも2℃も気温が低いことがわかります。温度計をつけた気球をあげて測定したところ、この冷たい空気は上空20m程度まで広がっていました。20mというと7階建てのビルぐらいの高さです。ものすごい量の冷気が緑地で作られていることになります。


図2 新宿御苑における気温分布(2000年8月5日.気温は午前0〜5時の平均で、
   等温線間隔は0.5℃ごと)47期卒業生、内藤真幸学生の卒業論文をもとに作成

卒業研究における新宿御苑での測定風景(写真は日中の測定の様子)

 この冷たい空気を使って街を冷やせば、熱帯夜が解消できそうですね。実際に新宿御苑の周辺では、この冷気を有効活用する検討がされていて、私たちが測定した結果はその基礎資料として使われています。

冷気は自ら公園緑地から流れ出す
 図3はこの冷気が新宿御苑から周辺の市街地へ流れ出る様子を測定したもので、矢印が風向を表しています。新宿御苑から四方八方に流れ出ていますね。緑地の外から吹いてきた風にのって流されているのではありません。これは、緑地に貯まった冷気が、冷たくて重いために周辺の暖かくて軽い空気の下に自ら潜りこんでいく現象なのです。

 このような流れは専門用語では重力流と呼ばれています(図4)。これは積乱雲の下で発生する強風や、夏に海から吹いてくる冷たい風(海陸風)、あるいは雪崩、火山の火砕流などと同じ種類の現象です。すごいと思いませんか? 全く別の現象のように見えて、実は本質的には同じ流れなのです。この流れを数式(運動方程式)で表現すると全部同じ式で書けてしまうのです。もちろん、それぞれの現象には特徴があり、それを一つずつ調べていくのも面白いものです。



←図3 新宿御苑における風向・風速の分布.2000年8月5日早朝の測定値

↑図4 重力流を室内で再現した実験.アメリカのSimpson博士による(Simpson, 1987)

 もうひとつ、図5を見るとこのような冷たい流れは新宿御苑から80〜100mの位置まで達していることがわかります。これまでの研究で、この冷気の到達距離はそこに建っている建物の形や配置に影響されることがわかってきました。風通しのよい形状を持った建物を建てれば、冷気はさらに遠くまで到達し、より遠くの市街地まで冷やすことができるのです。これは建築や土木の都市計画の分野に係わってくる研究です。 地球海洋学科では幅広い分野での教育研究を行っている理由が、なんとなくわかっていただけたでしょうか?


図5 新宿御苑を南北に貫くライン(右図のA−B)上での気温分布.2000年8月5日

永く住める街へ向けて、そして日本の知恵をアジア・世界へ
 都市の温暖化(ヒートアイランド)現象は年々厳しくなってきており、都市は気候的には住みにくい方向へと変化しています。例えば日本の地方都市での過去100年間の気温上昇は1.0℃であるのに対して、東京では3.0℃とはるかに大きい値です。特に夏の高温化は、冷房用のエネルギー消費を押し上げるので、資源の少ない日本にとっては重要な問題です。また、老人や子供の被害が大きい熱中症も無視できません。

 一方で、この都市の温暖化は世界中の都市で起きています。世界の人口の約半分は都市に集中しているので、都市域での環境悪化は重要な問題です。特に発展途上国では今後、都市を発展させる際に自然環境と共存できる街づくりを行い、スラム街のような劣悪な生活環境を生み出さないようにする必要があります。日本はそのような国々、特にアジアの国々に対して、住みやすく自然環境と共存した都市の見本を見せる必要があります。そしてまた、それは地球を良い方向に牽引することができる国としての責任かもしれません。

(文責:地球海洋学科 講師 菅原広史)