受験生のために
“「中東」から世界を学ぼう”
(国際関係学科:立山研究室)

《「中東」って何?》
 皆さんは中東に対してどんなイメージを持っていますか?きっと戦争やテロ、イスラム原理主義、オイル・マネー、砂漠といったイメージでしょう。特にアメリカで発生した9.11同時多発テロ事件以来、中東に関するニュースはテロや戦争など暗いものばかりです。「そんな中東を勉強して何になるのだろうか?」―皆さんの中にはこんな疑問を持つ人もいるでしょう。あるいは「よくわからないけれど、中東で今何が起きているのかを知りたい」と思っている人もいるでしょう。

 もちろん、中東で起きているのはテロや戦争だけではありません。中東に住んでいる圧倒的多数の人は普通の人たちです。毎日の生活を普通に送り、仕事や勉強に取り組んでいます。宗教的に熱心な人もいれば、適当な人もいます。家族や面子を大事にする点など、ある意味中東の人は日本人に似ています。

「地図で見る中東情勢」HPより

《どうして「中東」と呼ばれるのか》
 一般に「中東」と呼ばれている地域は、東はアフガニスタンかイランから、西は北アフリカの大西洋に面したモロッコかモーリタニアまで、北はトルコ、南はスーダンまでの範囲を指しています。この地域外でも宗教や歴史上で深いつながりがある中央アジアや、同じイスラム世界ということで東南アジアなどは中東と密接な関係を持っています。

 ところでこの地域がなぜ「中東」と呼ばれているか知っていますか?この呼び名はヨーロッパを中心とした地理の概念からきています。日本を含む東アジアは「極東」と呼ばれているのは知っていますね。これはヨーロッパから見て「一番遠い東の果て(far east)」を意味しています。逆にヨーロッパから見て「近い東」はかつてオスマン帝国が支配していた地域で、その辺が「近東(near east)」と呼ばれるようになりました。その中間にはインド亜大陸があって、それこそ「真ん中の東」つまり「中東」と呼ばれるべきだったのですが、すでに当時から「インド」の名称が確立していました。

 第1次世界大戦ごろからペルシャ湾周辺で石油が出るようになり、この地域の戦略的な重要性が急速に高まりました。そこでイギリスでは軍を中心にペルシャ湾周辺を「近東」よりやや遠い地域という意味を込めて「中東(middle east)」と呼ぶことが増え、ペルシャ湾からエジプトあたりまでを中東と呼ぶことが定着していきました。そうして戦後は近東という言葉が次第に使われなくなり、中東という名称が一般化して現在に至っているのです。

《中東と世界》
 中東が世界の歴史に大きな影響を与えてきたことはよく知られています。ナイル文明やメソポタミア文明はいずれも現在は中東と呼ばれている地域に生まれた文明です。ユダヤ、キリスト、イスラム3宗教が誕生したのも中東で、現在でも世界の宗教の動きに大きなインパクトを与えています。また、現在世界中で確認されている原油埋蔵量の約55%はサウジアラビアやイラン、イラクなどペルシャ湾周辺に集中しています。日本は国内で消費している石油のほぼ全部を輸入していますが、その90%近くは中東産の石油です。

 このように考えると、中東を勉強するということは、単に中東を知るということにとどまりません。現在、世界で大きな問題となっている宗教的な過激主義とテロリズムとの関係、アメリカの世界戦略、中国のこれからのエネルギー政策などを考える上で、中東の動向を知ることは大変重要です。高校までの日本の歴史教育では西洋史と東洋史が2本柱となっているため、中東の歴史を体系的に学ぶ機会はなかなかありません。それだけに中東の歴史や現在を勉強することで、世界の歴史や動きを新しい視点で見ることができるようになります。国連などによる平和維持活動の多くは中東を舞台に行われており、日本もそのいくつかに協力しています。その意味でも中東は日本と密接な関係を持っています。

《どのようにして中東を学ぶか》
 ではどのようにして中東を学べばよいのでしょうか。中東を勉強するといっても、歴史学や地理学、文化人類学、社会学、宗教学などいろいろなアプローチがあります。防衛大学校で私が所属しているのは国際関係学科です。国際関係学とは国家や国際機関、非政府団体(NGO)などが互いにどのような関係を持ち、どのような構造や仕組みで動いているかを勉強することを主な目的としています。そのためには世界全体の動向や主要国の政策、国際機関や国際法の役割、戦争や平和の問題、国家同士が対立したり協調するのは何故なのか、民間団体などを含む非国家主体が国際関係でどのように行動しているかなど、さまざまな角度から現実や理論を学ぶ必要があります。

 私もやはり国際関係学の視点から中東を研究しています。そのために中東の国家の構造や民族意識、宗教・宗派と政治や社会との関係、紛争やテロの問題、米国やヨーロッパ、アジアとの関係など幅広い視点で中東を見るように努力しています。同時に私が一番専門にしているのはイスラエルの国内政治やパレスチナ問題です。イスラエルの政治を研究するということは、とりもなおさずユダヤ人の歴史や考え方を学ぶことです。

 現在、中東に関係するニュースが新聞やテレビで報道されない日はありません。しかし、多くの人は中東についてのまとまった知識を持っていません。防衛大学校に入り国際関係についての幅広い知識を得るとともに、中東を専門的に理解するための勉強をしてみませんか。


「ヨルダン川」=ヨルダン川といっても結構幅は狭い。5メートルほどだ。遠景は国境付近を警備するイスラエル軍の監視所

「レバノン杉」=かつてレバノンは大きな杉に覆われた緑豊かな国だった。今、レバノン杉は保存地域で育てられている。

( 文責:国際関係学科 教授 立山良司 )


《立山教授の中東に関する著書》 ココをクリックすると本の画像が別ウインドウに表示されます。

○『イスラエルとパレスチナ:和平の接点をさぐる』(中公新書、1989年)
○『エルサレム』(新潮社、1993年)
○『揺れるユダヤ人国家:ポスト・シオニズム』(文春新書、2000年)
○『中東(第3版)』(編著、自由国民社、2002年)
○『グローバル時代の宗教とテロリズム』(マーク・ユルゲンスマイヤー著、日本語訳監修、明石書店、2003年)
○『「対テロ戦争」から世界を読む』(編著、自由国民社、2005年)