お芋をチンすると 応用科学群 応用物理学科 加藤健一 "チンする"は電子レンジで食べ物を温める日本語として既に定着し ているようです.このチンの物理を考えるのが今回のテーマです. 電子レンジのスタートを押すと明るくなったレンジ内でテーブルが ゆっくりと回り,レンジの後ろからはブオーと空気が流れる音がしま す.このときレンジ内にはマイクロ波と呼ばれる電磁波が照射されて います. マイクロ波は1mmから1mまでの波長の電磁波で極超短波と呼ばれてい ます.電磁波は振動面が互いに垂直な電場と磁場で構成された横波で すが,その速さは約300,000km/sです.これから周波数に直すと300GHz から300MHzになります.このG(ギガ)は10の9乗を,M(メガ)は10の 6乗を表します. AMラジオが500~1600kHz,FMが77~86MHz,テレビが90MHz~770MHzなの でマイクロ波はこれらよりもさらに短い波長の電磁波ですが,目に見 える赤い光の波長(約0.77um)よりはずっと長いのです. ではなぜこのマイクロ波が食べ物を温めるのでしょうか.電磁波に は帯電した粒子を揺さぶる力があります.例えば静電場Eの中に置かれ た1電子は-eEの力が働いて加速されます.電磁波は電場が波のように 正負に符号を変えながら進むので,この電磁波の中に置かれた電子は 次々と符号を変えてやってくる電場に揺さぶられます.水分子のよう に電気的に正負の極性を持った分子でも同じことが起こります(図1). 揺さぶられるということは電磁波から運動エネルギーを吸収したこと になり,運動エネルギーは摩擦により熱に変換されて食品は温められる のです.しかしどんな波長の電磁波でも吸収するわけではなく,丁度良 い波長があります.これは海の上で波に揺れる船を想像して下さい.小 さな釣り船は大きな波長の波にも小さな波長の波にも良く揺れますが, 大きな船には大きな波が必要なのと似ています.また吸収した電磁波の エネルギーによって分子の振動の仕方(並進や回転運動)が異なるため, 吸収される電磁波の波長の分布を調べることで分子構造を調べることも できます. 水分子は,約22GHzの電磁波をもっとも強く吸収します.しかし電子 レンジは約2.45GHz程度のマイクロ波を放射しています.これは出力が 大きくしかも高い周波数のマイクロ波を安価に生み出すのが難しいた めです. マイクロ波を生み出す電子管として電子のサイクロトロン運動を応用 したマグネトロンがあります.静止した電子は周囲の空間に距離の2乗 で反比例して小さくなる放射状の電場を作っています.この電子が移動 すると電場も移動することになります.電子が振動するような運動をし た場合には電場も振動することになります.縄跳びのひもの一端を握り 素早く振ると手元で作られるのひも揺れが波のようにもう一端まで伝わ っていくのと同じようなことです.マグネトロンは磁場の力で電子の軌 道を変えて振動するような運動をさせているのです.図2のように真空 にされた同軸円筒の両極に電圧をかけて内部から外部へ電子が放出され ているときに.同軸に沿って磁場をかけます.すると電子には-eυ×B のローレンツ力が働き,図中の実線のように内部電極の回りを回転する ような運動を始めます. 電場に比べ磁場が弱いとき電子は軌道を曲げながらも外部極板に到達 しますが,磁場を強くしていくと内部極板の回りをぐるぐると回り始め さらに強い磁場では内部極板から放射された電子は再び内部極板に衝突 して極板間に電流が流れなくなります.このとき電子は加速と減速を繰 り返し発振するため周囲に高周波の強い電磁波を放射するのです.しか しマグネトロンにも弱点があります.それは熱です.マグネトロンは磁 場のかけられた真空管と同じなので,真空中に電子を放出させて金属に 衝突させるため熱を持ちます.そこで強制的に空気を吹き付けて熱を逃 がし,レンジの後ろからブオーと出しているのです. 電子レンジで温められるものに電気的極性をもつ水分子をあげました. その他に炭水化物など電気的に極性をもつ構造の分子も電磁波によって 揺さぶられます.逆に電気的に中性なもの(無極性)として,陶器や磁 器はマイクロ波を吸収しません.金属類は金属内の電子によってマイク ロ波を反射してしまいあまり暖まりません.メタンは炭素に水素原子が テトラポットのように4つ結合して電気的には中性なので,やはりマイ クロ波を吸収しません.実際にはメタンは常温でガスなので,電子レン ジ内に入れて温めることは出来ませんが,代わりに同じ構造で常温液体 のテトラクロロメタン(CCl4)を電子レンジでチンすると冷たい液体のま まです。(図3). もし機会があったら試してみて下さい.感動します.