防大かわら版VOL.70

2016年04月13日

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断郊競技会参加の所感

3学年 大内 哲也 福島県立福島高校  福島県出身

私は、断郊競技会に7名の分隊員とともに、分隊長として参加しました。断郊競技会は、防衛大学校で実施される数ある大隊対抗競技会の一つであり、3学年のみが参加します。競技の内容は、約4㎏に調整された背のうを背負い、腰の弾帯に満水の水筒をつけ、半長靴を履いて高低差ある約7kmの道のりを8名前後で編成された分隊で走破し、その時間を競うというものです。私がこの競技会において感じたことは分隊長の役割がいかに重要であるかということです。
 各分隊はチームの結束力を高めるために、1か月以上前から共に練習を始め、徐々に一体感を高めていきます。一方で、様々な問題から分隊内の士気が低下することもあり、その際分隊長は、あらゆる施策を講じて分隊員の士気を維持しつつ、効率的かつ効果的に練習します。
 また、各分隊員の健康状態等を継続的に把握し、それに応じて全体のペースを調節します。その際、遅れている分隊員がいれば、励まし、背のうを他の分隊員に持たせる等の状況判断をします。
 このように分隊長として参加できたことは、幹部自衛官に任官した後の部隊勤務でも必要な部下の掌握や適時適切な状況判断を経験する良い機会となり、優勝は出来なかったものの、私は大きく成長することができたと考えます。分隊長としての経験と優勝できなかった悔しさを糧として、来年度の各種競技会に4学年として臨んでいきたいと考えます。

左端が本人

左から2番目が本人

3学年 杉浦 優吾  私立早稲田高等学校 東京都出身

今年度は3月9日に3学年の断郊競技会が行われました。断郊競技会とは、防衛大学校に隣接する観音崎公園と校内の約6.8㎞に及ぶコースを合計重量約10㎏の武装をして、各大隊8人一組約12個分隊の平均タイムで争う大隊対抗のレースです。私は約3か月の間、大隊責任者として2大隊の競技会運営に携わってきました。結果は優勝、2大隊は2年ぶりにその看板を勝ち取ることができまた。
大隊責任者という立場でありながら、私自身が1月から約2か月間膝を故障し、走る面でメンバーを引っ張ることができず悩むこともありましたが、周囲のスタッフ、分隊長、分隊員等多くの支えの中で競技会訓練を進めることができました。
 リーダーシップとフォロワーシップは表裏一体で、どちらも伴わなければ良い結果は得られないことが身をもって学べた3か月でした。
 来年度、学生隊を牽引する立場となる4学年として、競技会のあらゆる場面で得た経験を活かし、貢献心を持って臨んでいきたいと思います。

表彰式後 前列右から5番目が本人

1番左が本人

3学年 佐々木 敬之  宮城県仙台第三高等学校 宮城県出身

3月9日、各大隊の3学年が背のう等を装備して分隊ごとに定められたコースを走り、その平均タイムを競う断郊競技会が行われた。
  これは、どの大隊の3学年が精強であるかを競うものであり、2学年のカッター競技会、4学年の持続走競技会に並ぶ期別対抗の競技会である。今回、私は第3大隊責任者補佐という立場で断郊競技会に参加した。主に、練習メニュー作成や分隊編成を考える役目である。練習メニューに関しては、自分もやりたくないほどに厳しいものを設定した。競技会優勝には厳しい練習が必要不可欠である。しかしながら3大隊の3学年は精強で、文句一つ言わずに練習に取り組んでくれた、感謝したい。
また、競技会に対する意識は非常に高く、みるみるタイムを伸ばしていく学生が多数おり、分隊編成は何度も変更を強いられるほどに困難を極めた。実際、この分隊編成決めが一番辛かった仕事だと思うが、3大隊が強くなっていることを実感できた。
  結果として、準優勝という形で我々3大隊の断郊競技会は幕を閉じたが、競技会を通して3大隊61期の結束がより強固なものとなったことは言うまでもない。後輩たちには、より長い練習期間とより厳しい練習で、来年こそ3大隊に断郊競技会の看板を獲ってきてもらいたい。(競技会の優勝大隊には競技会名の入った看板が付与される)
 また、我々の1学年上の先輩方、60期はカッター競技会、断郊競技会、持続走競技会のすべてに優勝した。60期からもらった2連覇のチャンスを逃し、さらに優勝を3度も逃すわけにはいかない。来年の持続走競技会こそは、3大隊持続走責任者として今年の悔しさをバネに3大隊を優勝へ導きたい。

左下本人

真ん中が本人

3学年 橋本 祐樹  栃木県立栃木翔南高等学校  栃木県出身

断郊競技会とは背嚢、半長靴等といった装具を付けて、起伏の激しい観音崎公園から防衛大学校内に至るコースを分隊ごとに走り、体力、気力そして団結力の向上を図るタイムレースです。そしてこれは3学年だけで行う唯一の競技会です。
 私は長距離走が得意ではないため、当初は長距離走を苦手とする学生が集められた分隊に編入されました。当然ながら最初のタイムレースでは40分40秒と全分隊中最低の記録でした。しかしながら私達の分隊はこの記録にも決して屈することなく、むしろこれ以上落ちることはないと士気を上げ、分隊員同士励まし合いながら毎朝ストレッチやジョギング、更には装具を付けた状態で本番と同じコースを走る等といった練習に取り組み、日々分隊員のタイムを向上させていきました。そしてついには39分37秒といった当初より1分以上早い記録で走破し、私達の1つ前の分隊を追い抜くまでに成長しました。
 断郊競技会本番は、総合優勝が私達の分隊のタイムに係っているといったプレッシャーや悪天候後のコンディションの悪い地面に負けることなく、終始高い士気を維持し、全員が全力を出し切りました。終盤には分隊員の一人が疲弊しペースを大幅に落とすというハプニングに見舞われながらも、全員でこの分隊員を助け、士気を鼓舞することで見事全員が走破しました。そしてハプニングに見舞われながらも、私達は39分25秒とこれまでのベストタイムを12秒更新することが出来ました。
 最終的に私の所属する4大隊の総合優勝は叶いませんでした。しかしながら私はこの断郊競技会を通して、歩む道がいかに困難に満ちた道であったとしても仲間と協力し、努力を怠らず歩みつづけたならば、最後には必ず克服することが出来るのだということを学びました。
 私は今後待ち受ける幹部自衛官人生という険しい道も、断郊競技会の様に多くの仲間と協力して、悩み、努力すれば必ず歩き続けることが出来ると確信しています。そして私は自分の歩むべきこの道を必ず全うしたいです。

前列左端が本人

中央が本人

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