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佐世保地方隊創設60周年記念(帝国海軍施設の変遷)

凱旋記念館〜佐世保市民文化ホール

 帝国海軍は、第1次世界大戦に連合国軍の一員として参戦し、佐世保鎮守府所属の艦艇は青島・南洋・インド洋・地中海でドイツの艦艇と戦い武勲を立てました。その武勲をたたえ、1923(大正12)年5月、凱旋記念館は、佐世保鎮守府管下の12県(九州・四国・沖縄)から、建設予算約8万6000円(現在の価値で約11億円)の寄付によって建設されました。
 建物は、レンガと鉄筋コンクリート造りの2階建てで、切妻を正面にみせた左右対称の外観、1・2階を通した柱、幾何学的な装飾等に特徴があります。
 完成した当時は、海軍関係の催しに使用されましたが、第2次世界大戦中は、海軍合同葬の式場に当てられました。
 終戦後、米軍に接収され、ショーボートの名でダンスホールや映画館に使用されていましたが、1977(昭和52)年に返還、1982(昭和57)年、佐世保市に譲渡され、市民の演劇や音楽活動を行う多目的文化施設として、佐世保市民文化ホールに再生されました。
 また、1977(平成9)年には、大正時代の貴重な建築物として、国の有形文化財に登録されました。
 2013(平成25)年12月から、耐震工事に併せて、建物の改修工事も行われており、約2年後には、当時の凱旋記念館の姿に復元される予定です。

完成当初の凱旋記念館全景
(写真提供:佐世保市教育委員会)
凱旋記念館正面
(写真提供:西海学園)
凱旋記念館の内部
(写真提供:西海学園)
海軍合同葬(第2次世界大戦中)
修復前の凱旋記念館全景
(写真提供:佐世保市教育委員会)
修復前の凱旋記念館正面
(写真提供:佐世保市教育委員会)
 
現在の佐世保市民文化ホール全景
 現在の佐世保市民文化ホール正面
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