トップページ佐世保史料館(セイルタワー)→佐世保海兵団〜(佐世保基地業務隊、自衛隊佐世保病院、佐世保音楽隊、隊舎等)

佐世保地方隊創設60周年記念(帝国海軍施設の変遷)

佐世保海兵団〜平瀬地区

(佐世保基地業務隊、自衛隊佐世保病院、佐世保音楽隊、隊舎等)

 1889(明治22)年、「海兵団条例」が制定され、各鎮守府所在地に海兵団が設置されることになり、同年7月、佐世保海兵団は、佐世保川河口西岸の埋立平地(現:平瀬町)に佐世保鎮守府と同時に開団しました。
 海兵団は、軍艦乗組員の補充、軍港守備兵に充てる現役下士卒の教育訓練、新兵を徴募し、予備役(現役を終わった軍人が、その後一定期間服する常備兵役)、後備役(予備役を終えた者の服した兵役)を招集するといった新兵教育を始めとする広範な任務を持つ機関でした。その後、1920(大正9)年、「海兵団令」が制定され、海兵団制度の大改正が行われ、海兵団は軍港の警備、陸上の防火、補欠員を統轄する業務と、新兵教育の2本建ての組織となりました。さらに、幾多の変遷を経て、新兵教育のほか、上級の練習生、補習生、准士官の教育を含む広汎な教育機関となりました。
 佐世保海兵団の本部庁舎は、現在の佐世保市消防局や海上自衛隊平瀬地区の付近に、また、練兵場がニミッツパークや佐世保公園に置かれていました。開団の年の入団者は81名でしたが、施設は時代の推移とともに拡大され太平洋戦争の最盛期には年間数万人を超える教育部隊となりました。また、陸上戦闘を任務とする陸戦隊も常設されました。
  創設以来発展を遂げてきましたが、1945(昭和20)年8月15日の終戦をもって、帝国海軍を支えてきた佐世保海兵団は、56年の歴史に幕を閉じました。
 現在、佐世保海兵団の一部の跡地には自衛隊佐世保病院、佐世保基地業務隊、佐世保音楽隊、隊舎等の施設が設置されています。

佐世保海兵団正門 
 
 佐世保海兵団庁舎
 
 
 佐世保海兵団入団式
 
佐世保海兵団訓練風景 
   
 練習艦敷島乗艦実習  短艇(カッター)訓練
   
 機関運転実習  水泳競技

    
   
佐世保公園にある佐世保海兵団の記念碑 
ページトップ