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 戦略研究会

尖閣諸島沖領海における中国公船による日本漁船の追跡
― 海洋における法律戦 ―

(コラム160 2020/05/28)

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    去る5月8日、中国公船4隻が尖閣諸島・魚釣島沖の日本の領海に侵入し、うち2隻が、魚釣島の西南西約12kmの海上で操業中の日本漁船に接近、追尾を始めたため、海上保安庁巡視船が漁船と中国公船の間に入り、退去を警告する事態となった1。日本政府は、「外交ルートを通じて、8日から10日にかけて、東京と北京の双方において、局長、公使レベルで累次にわたって中国側に厳重に抗議し、日本漁船への接近追尾を直ちに止めて、速やかに我が国領海から退去するよう強く求めた」ことを、5月11日の官房長官記者会見において明らかにした2

    領海における外国船舶の航行に関しては、国連海洋法条約には、無害通航権の規定があり(第17条)、この規定から逸脱しない場合は、法的問題にならない。無害通航権は、航海の自由という国際的共通利益のために、沿岸国の領域主権に対して例外的に認められる権利である。従って、無害通航という特定の航行形態に限り、外国船舶の領海航行に関して、沿岸国は主権の制約を受忍することになる。無害通航権には、「通航」であることと「無害」であることの2つの要件が求められ、継続的かつ迅速な通航による領海の航行であって(第18条)、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り(第19条)、すべての国の船舶に認められている。
    今回の中国公船の場合、領海に入った後、漁船に接近し、追跡していることから、継続的かつ迅速な通航をしているとは言えない。無害性に関して言えば、沿岸国の行政管轄権を蔑ろにするような活動は、明らかに沿岸国の秩序を害している。さらに、海洋法条約は、領海における無害でない活動として、武力による威嚇を明示している(第19条2項a)。今回の事態では、中国公船がどのように漁船に接近、追尾し、退去の警告を発したか、その詳細が明らかではないが、海上法執行措置の名の下で行う強制であっても、その態様によっては、武力による威嚇になり得る。2007年のガイアナ・スリナム海洋境界画定事件では、スリナム海軍哨戒艇が、ガイアナの掘削船等に対して、スリナム海域であることを主張して退去を警告し、退去要求が満たされない場合、「結果」についての責任はそちらにあると脅したことについて3、仲裁裁判所は、法執行というよりも軍事行動による威嚇で4、「武力による威嚇」にあたると判断している5
    中国海警公船は、中央軍事委員会が指揮する人民武装警察の海警総隊という軍事指揮系統に隷属している。また、海警船は、近年、大型化、重武装化が進んでおり、2015年に竣工した「海警2901」及び「3901」は排水量1万2千トン、76mm速射砲を備え、軍艦並みの武装を有する。その他にも、少なくとも32隻の新造船が3千トンから5千トン級の大型船であり、海軍向けの江凱級Ⅱフリゲートの海警版をも保有している6。このような大型の武装船に接近、追跡された上で警告を迫られれば、小さな漁船にとっては、とてつもなく大きな脅威を感じるであろうことは想像に難くない。仮に、今回の事案で、漁船に対する威嚇が全くなかったとしても、少なくとも、通航に直接の関係を有しないその他の活動(第19条2項l)には従事していることから、無害でない活動に該当する。中国公船の領海侵入が無害通航であるかないかを問えば、無害通航ではない、との評価に至ることは不可避なことであろう。実際、当の中国政府も、これを無害通航だとは主張していない。

    日本政府が中国側に外交ルートを通じて抗議したことを明らかにした5月11日、中国外交部報道官は、本事案について、中国海警船は「中国領海において違法操業している日本漁船を発見、法に基づいて追尾・監視し、即座の活動の停止とともに、海域から退出するよう要求した」と説明した7。さらに、現場に駆け付けた海保巡視船の活動については、「違法な干渉」と批判し、日本側に違法性を転嫁する主張を行った8。中国外交部報道官の発表は、記者からの質問に答える形でなされたものだが、件の海域は当然に中国領海であり、海警局はこれを有効に守っている、という中国政府の主張を内外に宣伝する格好の場になっている。こうしてみると、あからさまに違法な今回の領海侵入は、敢えて国際問題を惹起し、当然に相手国が抗議することを見越して、自国の領海であると宣言する機会を作出することを画策していたように映る。記者会見では、尖閣に関し2件の質問があったが、いずれに対しても、「新たな争いごとを作り出さない」ことと「東シナ海情勢の安定を守るよう」を求めると、定型文のように同じ言葉を使って発言を締めくくっている9。菅官房長官の会見を受け、リアクションで述べたにしては、周到に準備されていたことを伺わせる。

    海洋主権についての中国の威信発揚努力は、南シナ海においても活発化している。4月2日には、中国海警局公船は法執行活動と称して係争地の西沙諸島沖でベトナム漁船に衝突、沈没させ、同月18日には、中国政府が南シナ海に新たな行政区の設置を宣言した。こうした事態に、ポンペオ米国務長官は、23日のASEAN外相とのテレビ会議において「中国は、コロナウィルス・パンデミックで世界が手一杯になっている状態を利用し、南シナ海で領土的野心を推し進めている」と指摘した10。これに反発するかのように、4月28日、人民解放軍南部戦区は、西沙諸島領海に侵入して国際法に違反した米艦Barryを追い出したと喧伝し11、米国との対決姿勢を強めている。なお、米国防省は、Barryを含む南シナ海での航行の自由作戦(FON)について「我々の選択した場所と時間において開始し、終了した」と述べ、中国側が発表した事実を否定している12

    日本漁船を追尾した事案においては、中国外交部報道官は「新たな争いごとを作り出さない」ことと「東シナ海情勢の安定を守るよう」求めると宣明し13、自らは手を出していないかのような虚像を描き出そうとしている。日本政府の抗議の発端は紛れもなく中国公船の行動によって作り出されたもので、「新たな争いごとを作らない」ことを求めるという言葉には、逆に不信感を深める効果しかなく、「情勢の安定」を希求するという、その姿勢の信ぴょう性を損ねている。
    1978年の日中平和友好条約交渉時、鄧小平は尖閣諸島について「棚上げ」発言を行った。日本政府が中国側との間で尖閣諸島について「棚上げ」や「現状維持」について合意したという事実はない14。しかし、中国政府は鄧発言を有効と理解しているようである15。そして、「われわれの世代の人間は知恵が足りない。われわれのこの話し合いはまとまらないが、次の世代はわれわれよりもっと知恵があろう。」16という鄧発言を、中国は、極めて巧みに中国に都合よく解釈しているようである。日本人の道徳的な感覚からすれば、公船を他国の領海に侵入させ、漁業活動を妨害するといった挙に出ることが「もっと知恵」がある方途とは到底考えられないが、中国側はそうではないようである。主張を押し通すために謀略や力や威嚇を用いるのではなく、法に基づいた主張を通じて、平和的解決を追及することが真に知恵を絞るということではないか。法を謀に利用し、強引な行動によって、自己の利益を優先し、他者の犠牲を顧みないような行為は過ちであり、国際社会と溝を深めることはあっても、よい知恵を共に見出すことにつながらない。
    「過則勿憚改」、先人の叡智が今以上に重い時はない。

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(幹部学校主任教官 作戦法規室長 松尾 聡成)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を示すものではありません。)

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1 「尖閣沖領海侵入の中国公船2隻、日本漁船に接近・追尾…巡視船が間に入る」読売新聞オンライン、2020年5月9日、https://www.yomiuri.co.jp/national/20200509-OYT1T50157/
2 内閣官房長官記者会見(令和2年5月11日(月)午前)、http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/202005/11_a.html.
3 Award in the arbitration regarding the delimitation of the maritime, boundary between Guyana and Suriname, Award of 17 September 2007, Reports of International Arbitral Awards, VOLUME XXX pp.1-144., para. 433,
439.

4 Ibid., para. 445.
5 Ibid., para. 446.
6 竹田純一「比較分析!中国海警局と海上保安庁」『世界の艦船』2019年2月号、海人社。113頁。
7 「 发现一艘日本渔船在中国领海内非法作业。中国海警船依法对其实施跟踪监控,要求其立即停止有关活动,退出相关海域」、2020年5月11日外交部发言人赵立坚主持例行记者会、https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/jzhsl_673025/t1777931.shtml.
8 「并坚决应对了日本海保厅船只在现场的非法干扰。」同上。
9 AFP記者、NHK記者からの質問に対する回答の結言はそれぞれ、「我们要求日方恪守四点原则共识精神,避免在钓鱼岛问题上制造新的事端,以实际行动维护东海局势稳定。 」と「中方要求日方恪守四点原则共识精神,避免在钓鱼岛问题上制造新的事端,以实际行动维护东海局势稳定。」で、ほぼ同じである。同上。
10 Grant Peck, “US blasts China at Southeast Asian meeting on coronavirus, ABC News,” ‎23‎ ‎April‎ ‎2020, https://abcnews.go.com/US/wireStory/us-blasts-china-southeast-asian-meeting-coronavirus-70306608.
11 来源:中国军网责任编辑『南部战区新闻发言人就美舰非法闯我西沙领海发表谈话』2020年4月28日、http://www.mod.gov.cn/topnews/2020-04/28/content_4864295.htm.
12 Jim Garamone, “DOD Spokesman Briefs on COVID-19 Ops, Bahrain Command, 5G Problems,” DOD News, May 1, 2020, U.S. Department of Defense, https://www.defense.gov/Explore/News/Article/Article/2172810/dod-spokesman-briefs-on-covid-19-ops-bahrain-command-5g-problems/.; “China says it 'expelled' U.S. Navy vessel from South China Sea,” CNBC, May 1, 2020, https://www.nbcnews.com/news/world/china-says-it-expelled-u-s-navy-vessel-south-china-n1196261.
13 「避免在钓鱼岛问题上制造新的事端,以实际行动维护东海局势稳定。」2020年5月11日外交部发言人赵立坚主持例行记者会。
14 外務省、尖閣諸島情勢に関するQ&A、https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/qa_1010.html.
15 State Council Information Office The People’s Republic of China, “Diaoyu Dao, an Inherent Territory of China,” September 2012 , http://english.www.gov.cn/archive/white_paper/2014/08/23/content_281474983043212.htm.
16 外務省、尖閣諸島情勢に関するQ&A。