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 戦略研究会

 中国国防白書「新時代的中国国防」を概観する

(コラム145 2019/08/20)

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    2019年7月24日に中国の国防白書である「新時代的中国国防」が公表された1。中国の国防白書公表は2015年以来4年ぶりであり、人民解放軍の組織再編を含む軍改革を反映した白書としては初めてのものとなる。中国が安全保障環境をどのように捉え、また自身の国防態勢についてどのような認識をしているのか、各国が注視していたところであっただけに、今回の公表は大きな意義があると言える。
   本稿は2019年中国国防白書(以下、「2019白書」)を概観し、特に中国の情勢認識と国防改革について、その変化と影響を分析するものである。

概 観
    2019白書は、2015白書のおよそ3倍の分量となった。2015白書で散見された「中国の夢」「2つの百年」「偉大な復興」といった政治的修辞は後退し、安全保障環境をシビアに認識する記述が目立つ。特に、「国際社会における戦略競争は激しさを増している」と記述するくだりは、米国の国防戦略に記述された「大国間競争の復活」に呼応するかのようである2
   国際社会のアクターの描写は、より詳細になった。米国、日本、朝鮮半島や近隣国については2015白書でも触れられているところだったが、2019白書では、「米国はアジア太平洋における軍事同盟を強化している」と分析に踏み込んだ記述が増加した。また、NATO、ロシア、EU、韓国、インド、パキスタン等についても記述は及ぶ。さらに、米ロのみならず、英仏独日印を取り上げ、各国が軍事力の効用を最大に発揮するために国防の見直しを図っていると記述している。技術面の競争については、革新技術として人工知能、量子インフォメーション、ビッグデータ、クラウドシステムやIOTを取り上げ、軍事領域における進展が加速していることを強調している。
   安全保障環境の認識の中で目を引くのが、「穏定(stable)」という表現である。この表現は2019白書にしばしば登場する。特にアジア太平洋情勢を記述した部分では、「アジア太平洋地域は総体として穏定(stable)である」「南シナ海情勢は概して穏定(stable)である」と記述されている。安全保障環境を厳しいものとして描写する中、アジア太平洋を「穏定(stable)」と記述する様子は非常に目立つものとなっている。

   国防政策の解説では、「新時代中国国防的根本目標」として国家レベルにおける国防目標を明示したことが注目に値する。2015白書においては「中国軍の戦略的任務」として記述されてきた各種任務が、2019白書では国家国防目標と、国家国防目標を達成するための戦略目標に整理された。
    「台湾独立」の阻止は、中国に特有の国防目標である。2019白書は「台独」阻止について、国際情勢と国防政策のそれぞれの章で触れるだけでなく、その内容も「分離独立」を警戒する強い調子のものとなっている。
    武力行使については、有事移行の際の戦闘態勢の維持強化が強調されている。いわゆる「台独」について武力行使を放棄しないと記述する他、軍の使命を記述する部分では、高いレベルの戦闘態勢の保持や実戦を想定した訓練を繰り返し強調する。このような記述は、2015白書よりも踏み込んだものである。
    国防政策では、さらに注目しなければならないところがある。それは、軍事理論の刷新である。2019白書は軍事理論の刷新(全面推進軍事理論現代化)を戦略目標として大きく掲げ、「人民戦争の戦略、戦術とその内容方法を刷新する」と謳っている。2015白書でも軍事理論の刷新は謳われていたが、このように戦略目標として明示されたものではなかった。
    軍改革についても、2019白書は触れている。2016年に中国は、従来の7軍管区制を5戦区制に改めたのを皮切りに各種の組織再編を実行した。2019白書では、陸海空にロケット、戦略支援、統合後方支援の6軍制及び東西南北に中部戦区の5戦区制としたことが記述されている。これに伴い、陸軍は30万人が削減された。
    これらの改革は、中央軍事委員会の集権化かつ統一した指揮統制を確立するとともに、戦略レベルにおける指揮管理能力を向上させるものとされている。また、作戦効率の最大発揮と研究開発の効率化も視野に入れられている。

分 析
   以上を踏まえて、2015白書から2019白書への変化を分析してみよう。
    2019白書は、分量が増えただけではない。「前言」に「中国の国防に対する国際社会の理解を深める」のが目的であると記されたように、国際社会に対するコミュニケーションツールとしてより大きな意義と期待が込められた白書となっている。
    内容は、2015白書からよりコンセプチュアルなものとなった。概観で確認したように政治的修辞は後退し、シビアな安全保障環境の描写が分量を増している。戦略環境の評価、分析から国防政策、そして軍の使命へ落とし込んでいく記述の仕方は戦略文書の記述として2015白書よりも洗練されたものである。
    国際情勢の分析そのものも、大きく視野が広がった印象を受ける。記述の対象となった国際社会のアクターが増えたことは概観で見たとおりだが、NATOやEUといった国際機関が記述に加わったほか、イラン核問題やシリア問題にも記述が及んだことは、中国の関心領域と戦略的視野が広がったことの証左である。
    軍事領域における技術革新では、技術革新が「歴史的なものであり」「長射程照準兵器の精確化、知能化、隠密化、無人化の普及は潮流である」と記述されることから、中国はこのような長射程兵器の性能向上や知能化、無人化と言った領域にためらわず投資すると見るべきだろう。
    「穏定(stable)」という単語は2019白書において散見されるようになった表現である。アジア太平洋地域や南シナ海情勢を記述する際に「穏定(stable)」と記述されるが、これは国際社会において一般的な認識と言い難い3。2015白書から2019白書に至る4年間においても、2016年に南シナ海の現状は中国の国際法違反であると常設仲裁裁判所が判決したように4、この地域は係争と緊張が存在し、不測の事態発生が懸念されると表現されることが多いのである。この地域の安全保障環境に対する中国と中国国外の評価の差異は国際社会にとってむしろ不安定要素と言える。その意味で、2019白書の「穏定(stable)」はそれ自体が不安定(unstable)を想起させる逆説的な使われ方をしていると言えよう。

   国防政策は、2015白書からより体系的に整理されたものとなった。国防目標と戦略目標が分類整理されたことは概観で見たが、これは戦略の階層を意識したものとして理解できる。国防目標の筆頭に抑止と対処が明記されているのも、主要国の戦略文書のスタンダードに沿ったものである。
    武力の行使の強調は、中国が軍事力の持つ影響力について自覚的であるということを暗示している。軍事力は有事のみならず、平時やグレーソーン事態においても抑止及び強要の手段としてその影響力を期待されている。中台両岸の緊張は、軍備を用いた影響力の行使と、それに対抗する安心の供与という観点からも見る必要があろう。
    人民解放軍のソフト面の充実も、見逃すわけにはいかない。国防目標と戦略目標が分類整理されたことは既に確認したが、軍事理論それ自体の刷新も2019白書の大きなテーマである。米国の中国軍事問題研究家のカニア(Elsa B. Kania)によれば、中国は軍事戦略、統合作戦、情報化戦争の領域で軍事理論を刷新するとともに、新技術を適用した戦争と戦闘を機能させるための「理論と技術の統合」を目指そうとしている5。我々は人民解放軍のハードの充実以上に、ソフトの充実に注目しなければならないだろう。

    2019白書からは、中国がより現実的な情勢認識にシフトし、軍事力の利用について多角的な視野を有するに至ったことが読み取れる。また、軍事理論の研究及びその適用に努力を注いでいる様子もうかがうことができる。人民解放軍は、その装備の拡張ぶりが注目されることが多いが、我々としてはその知的活動にも注目していく必要があろう。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 戦略研究室 増本健明)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1 中華人民共和国国務院、「新時代的中国国防」、2019年7月24日、http://www.gov.cn/zhengce/2019-07/24/content_5415325.htm、2019年7月31日アクセス。
2 U.S. Department of Defense, “2018 Summary of the National Defense Strategy of The United States of America,” 19 Jan 2018
3 防衛省『平成30年版 日本の防衛』、48頁及びU.S. Department of Defense, “Annual report to Congress - Military and Security Developments involving the People’s Republic of China 2019,”pp.74, May 2019
4 Permanent Court of Arbitration, “The South China Sea Arbitration (The Republic of Philippines v. The People’s Republic of China),” July 2016.
5Elsa B. Kania, “Innovation in the New Era of Chinese Military Power – What to make of the Chinese defense white paper, the first since 2015,” The Diplomat, July 2019, https:// thediplomat.com/2019/07/innovation-in- the-new-era-of-chinese-military-power/, 2019年7月31日アクセス.