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 戦略研究会

 「中国の軍事力・安全保障の進展に関する年次報告書2019」
― 特記事項及び近年、話題になっているトピックスについて ―

(コラム138 2019/06/18)

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    米国防省の議会への報告書「中国の軍事力・安全保障の進展に関する年次報告書2019」(英語名:ANNUAL REPORT TO CONGRESS Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2019)が2019年5月2日に公表された。本コラムでは、この年次報告書が取り上げた注目点をいくつか紹介する。
    まず、目次の変更点に注目して2018年版と2019年版を比較すると、第1章「年次アップデート」が削除されていることが分かる。2018年版の第5章「台湾有事のための戦力近代化」が2019年版においては第3章「中国の周辺部における作戦能力」に変更され、ページ数も倍増している。

図1:目次の比較

出所:ANNUAL REPORT 2018及びANNUAL REPORT 2019を元に筆者作成

    2018年版より以前の報告書では、台湾有事を想定し、台湾周辺において発揮されると考えられる戦力が分析の中心であった。2019年版からは、分析対象を中国の5大戦区における統合作戦遂行能力へと拡大している。
    2018年版の特記事項では「人民解放軍の統合化」と項立し、「中国の戦力の統合」が数年で急速に進化していることから、これが完成すれば統合作戦が実行できるようになると考え、統合作戦遂行能力に注目している。よって、2019年度版は、この分野により焦点をあてたものと考えられる1
    更に、2019年版の第3章「中国の周辺部における作戦能力」の項目「南部戦区の戦力」において、中国が領有を主張するスプラトリー諸島の軍事拠点に注目していることが特筆すべきことであろう。
    図2は、報告書が示しているスプラトリー諸島の中国の前哨基地の所在である。報告書は、特にビッグ・スリーと呼ばれる3つの礁「ファイアリー・クロス」、「スービ」、「ミスチーフ」に注目している。

図2:スプラトリー諸島の中国の前哨基地

出所:ANNUAL REPORT 2019, p. 74.

    図3は、ASIA MARITIME TRANSPARENCY INITIATIVEのホームページに掲載されているビッグ・スリーの衛星写真である2。単なる礁が、数年間で、急速に整備され、拠点化されているのが明確に分かる。報道によると、これらの礁には2,600~3,000m級の滑走路、レーダー・通信施設、航空機、ミサイルの格納庫、大型港湾、砲台、電子兵器等がある3

図3:各礁の変化の状況

出所:ASIA MARITIME TRANSPARENCY INITIATIVE

    また、2019年版の特記事項としては、「印象操作(Influence Operation)(以下、「IO」)」と「北極における中国」の2つを取り上げている。
    1つ目のトピックは、IOである。報告書によると、IOとは、中国が三戦(心理戦、世論戦、法律戦)を重用し、中国の戦略目標にとって都合の良い結果を得るための活動である4 。このような活動は、国内外、海外の機関、メディア、政財界、学術界において行われている5。また、中国のIO戦略の要となるのは海外にいる華僑華人である6。中国の外交的なアウトリーチは、影響力のある人々と個人的な関係を築き、援助を提供することである。その際、貿易と外交を通じた「双方にとって好都合な協力」がしばしば強調される7
    IOの活動は、中国の「一帯一路」構想と密接な関係にある。「一帯一路」の参加国は、「一帯一路」が国内のインフラを改善する機会になると歓迎している。しかし、専門家らは相手国に新たに負債を負わせ、環境破壊を引き起こす恐れがある政策と指摘する8。また、西欧を中心とした中国企業による「先端技術企業の買収」を契機に「中国=脅威」論が強まり、EU域外企業によるEU企業の買収に対する審査強化につながっているとの指摘もある9
    2つ目のトピックは、「北極における中国」である。中国は、2018年1月26日、初めての北極白書(以下「白書」)を公開し、北極における利益追求の政策的手段として、北極圏ガバナンスへの参加と氷上シルクロードを打ち出した10
    中国は、デンマークが領有するグリーンランドに研究施設や衛星通信基地の建設や、空港の改良工事などを提案している。このため、デンマークは、中国のグリーンランド進出に懸念を表明している11。米国防省は、グリーンランドの管轄権を持つデンマークに対して、中国資本で建設される新空港の軍事化を警告し、グリーンランドで軍民両用の空港建設に投資すると異例の声明を出した12
    その背景として、グリーンランドには、米軍のチューレ基地があり、図4のような宇宙監視用のレーダーや弾道ミサイル用早期警戒レーダー等がある13。このように宇宙アセットや弾道ミサイルの飛来を探知するレーダが所在するチューレ基地は、米国にとって要衝であり、中国の進出に対して警戒を強めているのだろう。

図4:チューレ基地が管理するレーダーの概観

出所:Color Works PAINTING INC,“Thule Tracking Station,Greenland14.”

    また、報告書では、中国政府の息のかかった民間の調査研究が契機となり、核攻撃に対する抑止のために、中国の原潜を展開する事態を含む、北極海における軍事プレゼンスの強化につながる可能性がある、との懸念を示している15

    その他、同報告書には最近の話題として、宇宙・サイバーが挙げられている。宇宙については、中国人民解放軍が長距離の精密爆撃を可能にするため、宇宙利用を重視しているとする16。その上で、2014年7月に実験を行ったミサイルによる衛星破壊能力を向上させていると推測している17。また、米国防情報局は、中国がASAT(対衛星兵器)ミサイルの他に低軌道上の宇宙配備型センサーを攻撃できる地上配備型のレーザー兵器を2020年までに配備するだろうとされている18。報告書は、サイバーについて「米国政府機関を含め、世界中のコンピューターが標的になっている」と非難し、「米国の軍事的な優位が損なわれかねない」と警告した19。米国は、2018年の1月と2月に、中国の広東省を拠点に活動する国家安全部の一部門によって、米海軍の下請け業者から600GB超の大量の機密データが窃取された20。盗まれたデータには、Sea Dragonの開発計画、センサー、潜水艦暗号システムの情報も含まれていたとされている21

    総括すると、報告書は、中国人民解放軍は台湾有事に限定された戦力から統合戦力に分析の焦点が移ったことや、宇宙やサイバーなど比較的新しい分野における中国の動向に注目している。これは、トランプ政権が中国が重大な戦略的競争相手とみなしていることを表している。米国は、6月1日、シンガポールにおけるIISS(The International Institute for Strategic Studies)(国際戦略研究所)が主催するアジア安全保障会合において、新たな「インド太平洋戦略」を発表し、中国をけん制した22。米中の競争は激しくなりつつあり、宇宙軍の創設、INF(中距離核戦力全廃条約)から離脱した後の米国のミサイル開発の動向、米中貿易摩擦の行方などに我々は今後も注目しつつ、適切な判断ができるよう努めなければならない。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 戦略研究室 山下奈々)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1 海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム119 『「中国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報 告2018」-米国防省の議会への報告書を読み解くー』、 http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-119.html
2 ASIA MARITIME TRANSPARENCY INITIATIVE,
https://amti.csis.org/island-tracker/china/.
3  『読売新聞』2019年6月2日。
4 US Office of the Secretary of Defense, ANNUAL REPORT TO CONGRESS Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2019, May 02 2019, p.112, https://media.defense.gov/2019/May/02/2002127082/-1/-1/1/2019_CHINA_MILITARY_POWER.
REPORT.pdf.
5 Ibid., p.112.
6 Ibid., p.112.
7 Ibid., p.113.
8 中国『一帯一路』、構想の現状と今後の見直し」AFPBB News、2019年5月2日、 https://www.afpbb.com/articles/-/3223182/.
9 同上。
10 山口信治「中国の北極白書:第三のシルクロード構想と中ロ協調の可能性」『NIDSコメンタリー』第69号、2018年2月、1-2頁、 http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary069.pdf; 海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム122『中国の北極海進出と懸念事項-中国国産砕氷船、雪龍2号進水を機に考える-』、http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-122.html.
11 ANNUAL REPORT 2019, p.114.
12  “How The Pentagon Countered China’s Designs on Greenland,”THE WALL STREET JOURNAL, February 10, 2019, https://www.wsj.com/articles/how-the-pentagon-countered-chinas-designs-on-greenland-11549812296.
13 “WELCOME TO THULE ‘THE TOP OF THE WORLD’,” https://www.peterson.af.mil/Portals/15/documents/Units/THULE-Welcome%20Package%202017.pdf?ver=2017-06-06-095031-607.
14 Color Works PAINTING INC, “Thule Tracking Station, Greenland,” https://www.colorworkspainting.com/projects/industrial/thule-tracking-station-greenland/.
15 Ibid., p.114.
16 Ibid., p.50.
17 Ibid., p.50.
18  Defense Intelligence Agency,“CHALLENGINGS TO SECURITY IN SPACE,”January 2019, p.20, https://www.dia.mil/Portals/27/Documents/News/Military%20Power%20Publications/Space_Threat_V14_020119_sm.pdf.
19 『読売新聞』2019年5月4日。
20 「中国政府のハッカー集団、米海軍対艦ミサイルなどの機密データ盗む 米報道紙」AFPBB News、2018年6月9日、 https://www.afpbb.com/articles/-/3164030.
21 同上。
22 『読売新聞』2019年6月2日。