海上自衛隊幹部学校

交通案内 | リンク | サイトマップ |  English

HOME / 戦略研究会 / コラム / コラム134

 戦略研究会

 ストラテジック・コミュニケーションの困難性-防衛交流の視点から-

(コラム134 2019/04/09)

*******

1 砲艦外交
   近代日本史は1853年にアメリカ合衆国海軍のペリー提督率いる黒船来航から始まったと言われている。黒船は多くの大砲とその威容を日本に見せつけ、開国を迫りながら「開国せねば戦争をも辞さない」という暗黙のメッセージを送りつけた。

【横浜沖に停泊する黒船の艦隊】
【横浜沖に停泊する黒船の艦隊】

   近代日本が経験した初めての砲艦外交である。結果、開国の道を選択させられた日本は大きく変化していくことになる。その後も軍艦を使った国家のメッセージ発信は多く行われ、歴史にその成果を刻んできた。例えば、1990年代の台湾海峡危機も記憶に新しい。1996年の台湾総統総選挙に台湾独立派の李登輝が出馬したことに反応し、中国共産党が台湾海峡に立て続けにミサイルを発射し、軍事的緊張が一気に高まった。これに対して事態鎮静化を図るため米国が二個空母戦闘群を台湾周辺の海域に派遣し、台湾に圧力をかけている中国をけん制した。これは米国が軍艦を使用し中国の行動に反対するというメッセージを発信し、実際に米国の意図どおり事態の鎮静化に成功したものである。
   これらは強制外交と言われることもあるように、軍艦(軍事力)を見せつけることにより国家としての強い意志をメッセージとして発信し、現状変更を試みる他国の行動を抑制するものである。このように軍艦(軍事力)が発信するメッセージは外交に非常に大きな影響を与えている。
   現代においても砲艦外交は行われている。しかしながら、現代において軍事力に期待される役割は戦争に勝つこと及び抑止に加え、安全保障環境の構築が加わるようになってきた。それにより、平時における軍艦を使ったメッセージの多くは黒船等の発信したそれとは大きく異なり、平和の維持に対する意思や友好親善の意思を伝えるものになってきている。海上自衛隊においても防衛交流と呼ばれ、積極的に護衛艦を海外に派遣し地域の平和と安定に貢献する強い意志と友好の意思をメッセージとして発信し続けている。また、海上自衛隊も含め各国海軍の練習艦が世界中の国に寄港する目的も若手海軍士官の育成に加え、上述したメッセージの発信が重要な任務となっている。余談ではあるが、軍艦は他国に寄港したとしても艦の中はその艦が所属する国である。護衛艦を例にして分かり易く言えば、艦内は日本であり他国の法律や警察権等の国家権力は及ばない。まさに洋上を動く日本そのものである。したがって、軍艦が他国に寄港すること、その寄港を受け入れるということは非常に意味があり、平和と友好の象徴となるのである。このようなことから軍艦を国家のメッセージ発信手段とすることは外交の効果的かつ重要な手段として昔から現代に至るまで広く行われてきている。

2 ストラテジック・コミュニケーション(SC)
   国家が他国に対してメッセージを発信する手段は何も軍事力のみに限った話ではない。世界各国が国際協調の重要性に対する認識を持つようになった現在の国際社会においては、あらゆる手段を用いて自国の意思を正しく他国に対しメッセージとして発信することが外交の重要な位置を占めるようになってきている。
   近年、これはストラテジック・コミュニケーション(以下、SC)と呼ばれ、多くの国において重要な国家戦略として認知されるようになり、各国は様々な分野、手法を用いてメッセージを発信し、他国における自国に対する理解促進を図っている。我々が身近に接することができる例としては米国のアメリカンセンターや中国の孔子学院がそれに当たり、両国とも膨大な予算を投資してこれらを世界各国に設置し、自国の政策、文化、習慣等への理解促進を図っている。ちなみに、中国の対外広報予算は約9000億円とも言われている。(日本は2015年に約500億円増加し約700億円)

3 SCと自衛隊
   SCの重要性が増すことにより、当然軍事力が持つメッセージ発信手段としての役割の重要性もこれまで以上に増してきており、各国も重要な外交手段として積極的に活用している。我が国の自衛隊においても例外ではない。記憶に新しい具体例を一つ挙げると一昨年の東南アジアからインドにおける護衛艦「いずも」の行動もメッセージ発信手段としての役割を持っていた。「インド太平洋地域の平和と安定に尽力する」という友好的なメッセージである。これに対して海外メディアの反応がどのようなものであったか少し概観してみる。報道された内容の一部は以下のとおり。
報道概要
   以上のように、各国の反応を見てみるとおおむねメッセージは正しく理解されており、成果はあったものと考えられる。

【派遣先において各国海軍と親睦を深める海上自衛官】(海上自衛隊HPより)
【派遣先において各国海軍と親睦を深める海上自衛官】(海上自衛隊HPより)

4 SCの困難性
   相手にメッセージを発信すると言えば簡単に思われるかもしれないが、実際にはそう簡単なものではない。SCは国家戦略である。日本としてメッセージを相手国に正確に伝えるためには軍事のみならず外交、経済、文化面等全ての分野において一貫性のあるメッセージを発信する必要がある。同じ人なのに状況が変わると発言内容や態度がコロコロ変わるようであれば信頼を失うと考えれば理解しやすいであろう。また、SCは国家レベルのコミュニケーションである。コミュニケーションの成否は相手をどれほど理解しているかにかかっている。したがって、SCの成否も相手国の置かれている状況、文化、歴史、生活習慣等あらゆる面をどれほど理解し精通しているかにかかっている。もし理解することを怠れば、発信しようとしている意図と異なる内容を相手国が受け取ってしまう可能性がある。同じ発言や態度であっても国や文化等が異なれば本来の意味とは異なる意味に伝わってしまうことを理解していなくてはならないということである。例えば、日本で美徳とされる「謙虚さ」も国が変われば「積極性や主体性の欠如」と受け取られることがあるのが良い例である。一般的に島国である日本は長期にわたり単一民族で生活してきたことにより、異なる文化を受け入れ理解することが苦手と言われている。昨今、日本国内においてグローバル化と叫ばれる所以もこのような背景が一つの要因になっているのであろう。このように日本全体すなわちオールジャパンとして一貫性のあるメッセージを発信し、相手国にその意味を正しく伝えるということはそう簡単なことではない。事実、前述した護衛艦「いずも」の行動においても、ごく一部ではあるものの意図しない受け止め方で報道されているものもある。報道の一部を紹介する。
報道概要
   また、友好親善を目的とする軍艦外交の実施には常に高いリスクが伴うことも忘れてはならない。当然であるが、相手国に脅威と見なされては本末転倒であるし、派遣先において事故等を生起させるようなことがあれば相手国に対してネガティブな印象を与えると同時に、軍隊としての信頼性も低下し、ひいては抑止力としての役割を十分に果たすことが出来ない状況にもなりかねない。特に友好親善のメッセージ発信を目的とする行動に参加するには、軍人一人一人の国家代表という自覚と、高い士気、規律及び練度が求められるのである。海上自衛隊が実施する防衛交流も同様であり、重責を十二分に自覚し、常に襟を正して臨む必要がある。
   そしてもう一つSCを難しくしている大きな要因が「効果測定の困難性」である。護衛艦「いずも」の例で報道要約からSCの成否について触れてみたが、実際に重要なのはどのように報道されたかではなく、相手国の国民がどのように受け止め、日本に対してどのような印象を与えたかであり、これを測定することは不可能である。外務省が実施している対日世論調査等を参考に各国が日本に対してどのような感情を抱いているか、その傾向を見ることは可能であるが、護衛艦「いずも」のメッセージがその傾向にどの程度影響を与えているのか、仮に相関関係は分かったとしても因果関係までは分からない。効果測定ができないということは成否を明確にできないということであり、各国はあらゆる情報から効果的なSCを常に推測しながら実施する必要がある。そのため、SCの実施には多大な労力と時間を要することになる。

おわりに
   効果的なSCの実施には多くの困難がつきまとう。しかしながら、国際協調の重要性が広く認識されつつも、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態が増加・長期化する傾向にある安全保障環境において、SCの意義及び重要性が増すことはあっても、低下することはないであろう。自衛隊の活動もその一翼を担っていることは間違いなく、昨年の護衛艦「いずも」の行動に代表されるような防衛交流の任務を担う海上自衛隊が果たす役割は決して小さくない。海上自衛隊としても、SCの効果を最大限に発揮するため、より一層の努力を継続していかなくてはならい。

((幹部学校防衛戦略教育研究部 戦史統率研究室 小杉 修)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

--------------------------------------------------------------
1“Duterte tours Japan's biggest warship,”Rappler Jun 5,2017.
   https://www.rappler.com/nation/171968-philippines-duterte-tours-japan-biggest-warship-izumo (参照2019-03-01)
2“JMSDF senior officers call on Chief of Staff,” News.lk July 24, 2017.
   https://www.news.lk/news/sri-lanka/item/17480-jmsdf-senior-officers-call-on-chief-of-staff (参照2019-03-01)
3“Malabar 2017,”Financial Express July 11,2017.
   https://www.financialexpress.com/india-news/malabar-exercises-2017-india-japan-usa-naval-exercise-china-worry-gaze/758656/lite/ (参照2019-03-01)
4“Chiến hạm lớn nhất của Nhật có thể sắp đi qua biển Đông,”VnEconomy March 14,2017.
   http://vneconomy.vn/the-gioi/chien-ham-lon-nhat-cua-nhat-co-the-sap-di-qua-bien-dong-2017031411459898.htm (参照2019-03-01)
5“Make Japan Great Again? Rightist Elites, PM Abe Aim to Scrap Pacificism, Revive Military,”Telesur May 9,2017.
   https://www.telesurenglish.net/news/Make-Japan-Great-Again-Rightist-Elites-PM-Abe-Aim-to-Scrap-Pacificism-Revive-Military-20170509-0026.html (参照2019-03-01)