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 戦略研究会

 2018米国国防戦略(National Defense Strategy)を概観する

(コラム096 2018/4/2)

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   2018年1月19日に「2018米国国防戦略(National Defense Strategy)概要」が発表された。これまで発表された「米国安全保障戦略(National Security Strategy)」とともにトランプ政権の成立から約1年にして、パッケージ化された米国の戦略を概観することが可能となった。本稿は2018米国国防戦略(以下、「国防戦略」)を中心に、米国の国防戦略の変化がもたらす影響を分析するものである。

   国防戦略は、戦略環境を描写するに当たって「曇りのない目(clear-eyed)で評価した」と前置きした。ともあれ、2018年の国防戦略は、米国を取り巻く戦略環境を2012年の国防戦略と比較し、より厳しく描写している。イノベーションの加速と技術導入によるアクター参入の容易化により、戦争は急速に様相を変えつつある。これらはすべて予測不可能性を増大させる動きであり、従来は安全なものとしてとらえられてきた地域やドメインの縮小を意味している。戦略環境概観の結語部分には、「米国本土ももはや安全ではない」との言葉が記されている。現在の米国の現実主義的な世界観を象徴するものといえよう。
   国防戦略が戦略環境の描写の筆頭に挙げるのは、中露の台頭による大国間競争の復活である。中露はともに戦後の国際秩序に挑戦し、米国の影響力を押し返そうとする修正主義勢力として位置づけられているが、その重みづけは中露で同じではない。ロシアに対しては、自国周辺における影響圏を確保し、外部からの介入を拒否するための態勢を構築しているとのレベルの描写にとどめている。一方、中国については、インド太平洋地域において影響力を行使し、近い将来に米国を押しのけて同地域の地域覇権を追求する存在として、より大きな脅威としての評価を与えている。Alan W. Cafrunyの言葉を借りれば、「ロシアは地域的な対抗者であり、中国は覇権を賭けたライバル」といえよう1
   次に国防戦略は、「ならず者体制」として北朝鮮及びイランを挙げている。中露及び北朝鮮、イランは、多種多様な手段の組み合わせによって、あらゆるドメインで米国に挑戦を継続しているとする。
   また、今回の国防戦略は、2012年国防戦略において重点を置いて言及したテロ集団の優先順位を大きく落とした。テロ集団は国際犯罪組織やハッカー、悪意ある非国家主体等を総合した「非国家主体」の一部として描写されており、全体的に大国間競争がさらに強調された格好となった。

   これらの戦略環境の変化に対し、国防戦略は次の3点に努力を傾注することにより米国の競争力を高めようとしている。
   ➢ 即応性に富みさらに大きな決定力を有する統合軍の再構築
   ➢ 同盟の強化及び新たなパートナーの獲得
   ➢ より効率的かつ無駄のない国防省のビジネス慣行改革
   それでは、これらの手段を個別に概観していきたい。

   「より大きな決定力を有する統合軍の再構築」において、国防戦略が真っ先に言及したのは核戦力である。国防戦略発表後、本年2月2日に公表された「核戦力態勢見直し(Nuclear Posture Review)」にその詳細を見てみよう。「非戦略的な核能力による抑止の強化」、「核指揮統制通信の近代化」、「核兵器インフラストラクチャーの更新」の3点が核戦力刷新の主眼となっている。背景には、従来の戦略核を中心とした抑止態勢は小回りの利く態勢ではなく、戦略レベル以外の各階層において核の抑止が十分ではないとの認識がある。戦略レベルから作戦レベルまでの各段階において、シームレスな核抑止力を発揮するのが新たな核政策の目的であり、これは新たな柔軟反応戦略といえよう。
   次は宇宙及びサイバー空間への再投資である。こちらは2012年国防戦略において明示されている新たな環境への適応について、引き続き努力を継続するものである。続くC4ISR及びMDも同様であり、国防戦略の継続性を示す記述といえる。
   そのような中、軍の機動性と抗堪性について言及があることは注目される。もちろん、軍の建設において機動性や抗堪性は常に重視されるべき要素だが、国防戦略での言及からは、戦略の作戦レベルに再び焦点を当てようとする意図が窺える。これを裏付けるのが、引き続いて記述される「オペレーショナルコンセプトの開発」である。装備等のハードウェアにとどまらず、対抗者との競争において軍の実用性を担保するためには、ドクトリンをはじめとしたソフトウェアの充実が不可欠であることが明記されている。国防戦略におけるオペレーショナルコンセプトは、地球全域において行動の自由を確保することを目指すとともに、衝突の強度に応じて統合軍がどのように対処するべきか、モデルを構築することと目指すものでもある。先回りするようだが、このようなコンセプトの形成は同盟国との共同なしには実現不可能な試みでもある。コンセプトの構築は、自衛隊を含む同盟国軍を巻き込むものとなるであろう。
   軍の再建には人的資源の充実が不可欠である。国防戦略は、精強な軍を下支えする人材の有効活用についても特に記述を割いている。指揮統率や戦術指揮のみならず、戦史や新規科学技術にも造詣の深い士官を育成する「職業的軍事教育(Professional Military Education)」は、孤立した環境下でも誤りのない戦闘指揮を継続できる人材を軍に供給するためのプログラムである。また、国家レベルの意思決定が可能な知的な人材を生み出すための人事管理も謳われている。なお、これらは現在海上自衛隊幹部学校が進める教育研究の方向性と同方向であることを付言しておきたい。

   「同盟の強化及び新たなパートナーの獲得」では、米軍が地球上のどの地域を重点として戦略を構想しているのかということに注目したい。
   各地域の筆頭に来るのは潜在的覇権国たる中国が存在するインド太平洋地域である。この地域における同盟及び協力関係の強化は、「本地域における主要国家群と、二国間あるいは多国間の安全保障関係を構築し、国際秩序における行動の自由を確保する」とより踏み込んだ記述となっている。この国家群には日本が含まれるであろう。インド太平洋地域の後には、欧州、中東、南北アメリカ大陸、アフリカの順に記述が続いている。これは国防戦略の優先順位を反映し、米軍のリソースをどこに投入するのか、選択と集中の基準を示すものと考えられる。同盟国との共同には”high-end”との表現が用いられている。高烈度の戦闘においても米軍はもはや単独での作戦を考えてはいない。そのため、同盟国の能力向上もまた、努力すべき事項として明記されている。

   「効率的かつ無駄のない国防省のビジネス慣行改革」は、国防省のパフォーマンス向上を企図したものである。削減が続く国防予算に再投資を試みる以上、国防省の改革が大前提であることは言うまでもない。この部分の記述には、従来の業務処理が官僚主義的に硬直化してきているとの認識が見え隠れするが、意思決定の迅速化やイノベーションの適応という文言を見ても、本部分は伝統的に共和党が求める政府像に影響されているようにも感じられる。

   本国防戦略は予算的裏付けについて具体的には述べていない。しかし、脅威対象の優先順位の明確化と同盟関係の強化、国防省の改革はいずれも本戦略が厳しい予算制約下にあることを暗示している。本戦略が発表された同日、強制予算削減法案を受けて米政府機関が閉鎖したことは象徴的な出来事であった。本戦略の成否は投入すべきリソースの確保にかかっている。報道等で言及される同盟国への応分の負担要求は、単に資金面にとどまるものではないだろう。本戦略は、同盟国に対しより高能力で統合化の進んだ軍の建設や、米軍との相互運用性の向上といった形でも負担を求めることも予想される。

   本国防戦略の策定を読んで感じられるのは、米国の世界観における現実主義の復権である。冷戦終結後の国際秩序の単極化(米国一極化)において、米国内に国際秩序に対する楽観主義的かつ理想主義的な見方があったのは否定できない。しかし、21世紀に入り、9.11や対テロ戦争に対応する中で、米国の姿勢は徐々に現実主義的なものに戻りつつあった。本国防戦略において、米国は再び大国間競争の舞台に舞い戻ることとなったが、その世界観を構成するものは冷戦後しばらくの間米国に拡がった理想主義ではなく、冷戦期、あるいは19世紀の国際秩序において各国が共有していた現実主義である。本国防戦略は、政権発足以来混乱が続くトランプ政権が、安全保障に関し極めて現実的な視座を持っていることを示しているのではなかろうか。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 戦略研究室 増本健明)

(本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1Alan W. Cafruny. (2018, February ) The U.S. Grand Strategy: Policy and Planning. Valdai Discussion Club. Feb 06, 2018.
http://valdaiclub.com/a/highlights/the-us-grand-strategy-policy-and-plannning/