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 戦略研究会

 海洋安全保障雑感~米国東海岸便り(No.7)~
 -中国の在外自国民退避救出作戦と朝鮮半島-

(コラム095 2017/11/28)

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映画「紅海行動」と在イエメン中国人退避救出作戦

…北アフリカ某共和国で政変が発生。現地の華僑に危険が迫る中、上級司令部から命令をうけた海軍の〇〇艦は某共和国首都へ急行。劣悪な環境の中、様々な兵器を駆使して在留中国人の救出に向かう8名の蛟竜突撃隊(中国海軍特殊部隊)兵士。激烈な遭遇戦を経て中国領事館のバスを救出したが…。

   これは2017年2月に中国で公開された映画「紅海行動(Operation Red Sea)」の一幕である。2015年のイエメン情勢が悪化した際に中国人民解放軍が実施した在イエメン中国人の救出退避作戦を題材にしたアクション映画であり、中国海軍の全面的支援により制作された1


(「新華社」より)

   当時、サウジアラビアなどの湾岸諸国による空爆が始まるなど内戦が激化したイエメンに滞在中の中国国民を救出するために、胡锦濤(HU Jin-tao)政権はアデン湾において海賊対処活動に従事していた中国海軍フリゲイト「临沂」、「潍坊」及び補給艦「微山湖」をイエメンに派遣して救出活動を行った2。この救出作戦では、中国国民629名のみならず日本を含む15か国279人の外国人も同様に救出している。その際、王毅(WANG Yi)中国外相は「中国は、災害や危機において世界が必要とする、有能で役立つ国である」と応えている3

   イエメンにおける活動は、中国が国外において軍事力(人民解放軍)を用いて実施した自国民救出作戦としては2011年のリビア内戦時に行われたものに次ぐ2度目の作戦である。この作戦は冒頭のように映画化されたのみならず、第19回中国共産党全国代表者大会を秋に控えた今年8月に中国中央テレビが放送したシリーズ「大国外交」の中で、「習近平(XI Jin-ping)主席自らが果断に指揮をとった」作戦であったと報じられた。作戦に参加した軍艦は「中国からの箱舟」であり、「世界各国から称賛を浴びる」とともに、「『民衆のための外交』を行うことで自国民に誇りと自信を与えた」作戦であったとして宣伝され、「責任ある大国」、「中国の偉大なる復興」への道を歩む第1期習近平政権の成果の一つとして紹介されている4

2011年2月 在リビア中国人退避救出作戦

   政治的視点において、イエメンにおける救出作戦は、習近平主席のリーダーシップの実績として、中国人民の習近平政権への期待値を上げるとともに、今後、習近平主席が政治外交上の選択・決心する際に、我々外部の者がそれを分析する上での好材料となるだろう。一方で、軍事専門的視点からみると、在外自国民の救出作戦を考える上では、2011年のリビアにおける作戦はイエメンにおけるそれよりも軍事的には大きな自信と教訓を中国に与えている。今後類似の事態が生起した場合に、中国の対応を予測する際の好材料を提供していると言える。

   リビアにおける中国人退避・救出作戦は、リビアの国内情勢が急速に悪化した2011年2月に実施された作戦であり、中華人民共和国建国後に中国国外において行われた最大規模かつ短期間のうちに実施された退避救出作戦である。
   张历历(ZHANG Li-li)外交学院教授は以下のとおり述べている5
   当時、官主導プロジェクトのみならず留学や投資・起業など様々な目的をもって約3万5千人の中国人がリビア国内で生活を営んでいたこと。そのため、2月22日、リビア情勢が急変したその日のうちに、胡锦濤政権は张德江(ZHANG De-jiang)副首相(当時)を指揮官とする中国人救出応急指揮部を国務院に設置し、陸路、空路、海路を含むあらゆる輸送手段を用いた計画を策定した。
   翌々日24日には中国外交部関係者及び支援物資を搭載した航空機がリビアに到着し、折返し空路によるリビア国外への退避活動を開始するとともに、同日中にはチャーター船舶による1隻あたり約2000名程度を乗せた海路からの退避活動も始まった。
   また、25日にはアデン湾で海賊対処活動に従事していたフリゲイト「徐州」が地中海に派遣されて関係海域の海上警戒と救出用船舶の護衛活動を開始した。
   この間、中国の民用航空機延べ91機、チャーターした外国航空機延べ35機、空軍輸送機延べ12機が空路輸送に、チャーターした外国商船11隻、中国国有商船5隻及び軍艦1隻が海路輸送にそれぞれ従事した。その結果、約2万名の中国人が27日までには退避し、最終的には3月10日、3万5860人すべての中国人と12か国2100人の外国籍市民がリビア国外に退避を完遂して12日間にわたる当該活動が終結した6

韓国に在住する外国人の約半数が中国人


   さて、ここで目を朝鮮半島に転じてみる。
   北朝鮮の核・ミサイル問題解決の糸口がなかなか見いだせない現在、朝鮮半島情勢が緊迫した事態における在韓邦人の救出について我が国では議論が行われている。
   朝鮮半島情勢が急変した場合における韓国領域内に滞在する自国民の安全をどのようにして確保するかという問題は我が国に限ったものではない。単純に韓国に居住している自国民の人数のみを比較してみると容易にそれを理解することができる。

   2016年末現在における韓国国内に居住する外国人の総数は約205万人であり、そのうち約2.5%、5万人が日本国籍を有する居住者である。一方、中国国籍者は日本人居住者の約20倍、外国人総数の約5割、102万人に及んでいる。(下図参照)
   滞在資格等、単純比較は難しいものの、その数は我が国に滞在する中国人69万5522人7をはるかに上回る。

   現時点では中国国内においてもこうした懸念が議論されているとの報道を見かけることはないが、事態が悪化した場合には当然、韓国国内の中国人及び彼らを親族に持つ中国国内の民衆からは2011年と同様に強い期待が最高指導者に寄せられることは想像に難くない。

   祖国から遠く離れた中東アフリカの地で当時、中央軍事委員会副主席として中国人民の期待に応えた習近平主席が東西約300マイル程の狭い黄海を挟んで対岸にある朝鮮半島で同様な事態が生起した場合に、中国人民の期待にどのように応えるのだろうか。

   現在、北朝鮮の核・ミサイル問題に対する中国の公式の立場は、国連安保理決議を履行するとともに対話による平和的解決を目指すとして従来通り変化はない。その一方で、万が一、北朝鮮が米国に対して先制攻撃を行った場合には、中朝友好条約の規定にかかわらず、中立の立場をとるとも報じられている8。したがってそのような場合に必ずしも中国が韓国と敵対関係になるとは限らない。


朝鮮半島情勢の急変に備えた中国の取り組み-1 輸送力

   イエメン内乱の際に各国が中国に期待したのと同様に、朝鮮半島危機に際して在韓外国人の約半数を占める大量の中国人の韓国国外への移送について、中国が米国などに依頼することは、中国が太平洋を二分する「大国」を目指している以上、なかなか想像することは難しい。

   その上、リビアやイエメンの教訓を中国は学習しており、大量の人員を短期の内に輸送する能力を着実に向上させている。


(ドック型揚陸艦「井冈山」、新華社より)

   中国海軍は10隻を超える在来型の大型揚陸艦のほか、ジブチ基地開設の際に海兵隊員等を輸送したことで有名な、「井冈山」など最新鋭のドック型揚陸艦4隻や大型病院船を含む北東アジア地域で最大の両用戦兵力を保有しており、さらにその増強を加速度的に進めている。また、リビアにおける中国人救出作戦に活躍したイリューシン76やボーイング737などの戦略・戦術輸送機を中国空軍は30機以上保有している。


(中韓航路に就航した新型貨客船、新華社より)

   緊迫した情勢下において大量の人員を輸送する能力は人民解放軍の常備兵力のみに期待されているものではない。2011年のリビアの際にもクルーズ船を含む民用船舶や中国国際航空などの民用旅客機が人民解放軍兵力と共に投入されたことは前述のとおりである。
   中国は近年、国防動員法や国防交通法などの関連法令により動員体制を制度化して、「戦略投射支援能力」と位置付ける大中規模の航空・船舶運航会社などの民用の輸送手段の近代化を強力に推し進めてきた。今年6月に新たに中韓航路(山東省煙台港と京畿道ピョンタク港)に投入された大型貨客船9などはその好例であろう。
   それら民間輸送手段に対する動員訓練は中国国内で度々宣伝されており、その中でも今年8月に北部戦区が実施した山東半島から遼東半島への大規模輸送訓練は記憶に新しい10。また動員訓練の一部には業務中の船舶等に対して抜き打ち式で突如実施する場合もあり、それらが「新しいタイプの戦略投射能力」として、より実戦的かつレベルの高い動員対応能力を備えることを中国当局は求めている11

朝鮮半島情勢の急変に備えた中国の取り組み-2 海上民兵の役割

   朝鮮半島情勢の緊迫化は、韓国に居住している中国人の安全のみならず、中朝国境及び渤海湾・黄海等の中国沿海部にも直接的な影響を及ぼすことは明白である。この点が中国本土からはるか遠く離れたリビアやイエメンのような場合と大きく異なるところである。
   朝鮮半島の情勢変化に備えて中国はそのような点についても既に対策を講じていることがある程度窺い知ることができる。

   例えば、遼寧省大連軍分区参謀長の张国臣(ZHANG Guo-chen)上級大佐は、「周辺臨海国家」が侵略を受けた場合、あるいは内乱等の重大事変が発生した場合に海上民兵が果たす役割について、軍事科学院が発行する専門誌「国防」上で次のとおり紹介している12
   なお、遼寧省大連軍分区は北部戦区に属する下級機関であり、遼寧省(北部戦区)周辺に位置する臨海国家、すなわち海に面した周辺国が北朝鮮を示すことは言わずもがなである。

・・・・
   前述の重大事変が発生した場合、海上民兵の任務は、海軍や海警及びその他の海防部隊に協力して、海上からの難民や武装人員に対処することである。
   具体的には、以下の5つの任務である。
① 海上及び島嶼・沿岸における偵察と警戒。
② 重点とされた海域・航路・島嶼における人員及び船舶の出入管制と海上秩序の維持。
③ 難民、関係国の軍人・政府職員、武装人員を識別・選別し、武装解除した後に難民収容施
      設・軍事収容施設へ収容するとともに、被収容者に対する医療等の後方支援。
④ 指定された海域・航路における障害物の除去及び航法施設の維持管理、変更された航路へ
      の誘導、臨検・拿捕の支援等海上交通の安全確保。
⑤ 領海等への侵入を企図する隣国軍隊を阻止・武装解除し、戦闘力を喪失して放置された隣
      国軍隊を接収し管理。

   このような任務は「戦争以外の軍事活動」でもあり「作戦任務」でもある。その上、海域や対象が広大かつ複雑であるため、戦区による統合指揮の下、それぞれの政府機関、武装警察総隊、海警、海軍及び空軍が省軍区単位で統合指揮所を設置して具体的な行動を指揮するという明確な指揮関係の下に民兵は行動することになる。
・・・・

   以上から、自国民を救出する一方で、難民や武装人員の侵入を阻止するという隣国で生じた危機に際して、国家としての必要な準備を、既に中国は軍民一体となって制度化し整備を進めていることをあらためて確認することができる。

まとめに代えて

   ここまで中国政府系メディアの報道などに基づいて想像を逞しくしてきたが、朝鮮半島情勢が緊迫した場合に、果たして現実はどのように推移していくであろうか。
   100万人をこえる在韓中国人の安全と韓国国外への退避・救出を習近平政権が選択しないという選択肢はあるのだろうか。

   もし、在韓中国人の退避・救出活動のために中国が大量の艦船や航空機の派遣を宣言した場合、

      その時、果たして韓国政府は領域内への入域を認めるだろうか。
      その時、北朝鮮は中国の艦船や航空機の活動を阻止するだろうか。
      その時、韓国国内に多数の自国民を抱える第3国は中国に期待を託すのだろうか。

   我々が検討すべき課題は山積みされている。


注1 朝鮮族(中国国籍を持つ朝鮮民族系中国人)627,004人を含む。
注2 高麗人(ロシア国籍を持つ朝鮮民族系ロシア人)15,459人を含む。
注3 〇印:日本との国連軍地位協定締約国13
      締約国の軍艦・軍用機等は、朝鮮国連軍として我が国領域に入域して指定され
      た施設・区域を使用することができる。

(韓国法務部「2016年度出入国外国人政策統計年譜」14等より筆者作成)


(米海軍大学連絡官、米海軍大学インターナショナル・プログラム教授 山本勝也) 

 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。

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1中国海軍政治部の直属機関である海政电视艺术中心(海政電視芸術センター)が主要制作会社の一つとして参画している。
2コラム066「海賊対処活動」参照
3Jane Perlez, Rescue Mission in Yemen Proves to Be Boon for Chinese Military Image, New York Times, https://sinosphere.blogs.nytimes.com/2015/04/08/rescue-mission-in-yemen-proves-to-be-boon-for-chinese-militarys-image/
4CCTVCOM「『大国外交』第一集 大道之行」、http://tv.cctv.com/2017/08/28/VIDE79V6IvS7R9iOTqYXW6it170828.shtml
5中国共产党新闻「中国全力从利比亚大撤侨分析(中国が全力で実施したリビアからの中国人撤収を分析)」、http://cpc.people.com.cn/GB/68742/187710/191095/14448336.html
6新华网「第一次动用军事力量撤侨:2011年利比亚大撤侨(軍事力を使った初の中国人撤収:2011年リビア大撤収)」、http://news.xinhuanet.com/politics/2017-08/15/c_1121487719.htm
7外務省「中華人民共和国基礎データ」、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/data.html#06
8环球网「社评:半岛极端游戏会变假成真为战争吗(社評:半島はゲームを実戦に代えられるか)」、http://opinion.huanqiu.com/editorial/2017-08/11110392.html
9新华网「海蓝鲸号正式投入运营(ブルーオーシャン号正式運航開始)」、http://news.xinhuanet.com/photo/2017-06/29/c_1121234657.htm
10中国国防部「军列搭民船,远程机动辟新径(部隊を民用船に搭載、長距離機動の新たな道を拓く)」、http://www.mod.gov.cn/mobilization/2016-08/22/content_4716392.htm
11中国军网「我军新型战略投送力量建设取得长足发展(我が軍の新型戦略投射力量は長足の発展を遂げている)」、http://www.81.cn/jmywyl/2017-08/15/content_7718392.htm
12张国臣「海上民兵参加海上封控心动研究(海上民兵の海上封鎖活動への参加についての研究)」、国防2016年11号、pp41‐43。
13外務省「朝鮮国連軍地位協定」、http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/fa/page23_001541.html
14출입국ㆍ외국인정책본부「2016 출입국ㆍ외국인정책 통계연보(2016出入国外国人政策統計年譜)」、https://www.immigration.go.kr/HP/COM/bbs_003/ListShowData.do?strNbodCd=noti0096&strWrtNo=130&strAnsNo=A&strOrgGbnCd=104000&strRtn
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