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 戦略研究会

 【解説】 南シナ海問題をめぐる比中仲裁裁定:管轄権設定及び受理許容性にかかわる裁定(10月29日)

(コラム074 2015/12/04)

 

1.全 般

   10月29日、国連海洋法条約(以下「UNCLOS」)付属書Ⅶにより組織された仲裁裁判所は、フィリピンが付託した中国との間での南シナ海をめぐる問題に関し、フィリピンが申し立てた15項目の事項のうち7項目に対して管轄権設定及び受理許容性にかかわる裁定を実施した1。本コラムは、本件に関する常設国際仲裁裁判所(PCA)のプレスリリース2を基とし、後に発表する予定である本裁定3の評釈の執筆準備の一環として、事実関係及び注目点等について確認することを趣旨とする。
   本仲裁裁定の射程及び範囲は、①「歴史的権利」(historic rights)の役割と南シナ海における海洋にかかわる権利(maritime entitlement)の源、②南シナ海におけるある特定の部分の法的性格、及び③南シナ海において中国にある特定の活動を行いせしめるような海洋にかかわる権利に関する裁定であり、これらの事項はいずれもUNCLOSに違背すると、フィリピンは主張している4。また、フィリピンは、UNCLOS第一五部の下での紛争の解決メカニズムに鑑み、本仲裁は南シナ海における領有権にかかわる事項及び比中両国の海洋境界画定にかかわる事項についての裁定を求めるものでない旨を強調している。他方で中国は、フィリピンにより一方的に付託された本仲裁は受け入れ難く、また、以後も本仲裁手続きには一切参加しない旨を、これまで一貫して主張している。

2.仲裁手続に関する経緯

   本仲裁裁定に至る時系列的経緯は、以下の表に記すとおりである。

年月日 事 象
2013.1.22 フィリピン政府、南シナ海をめぐる中国との紛争に関し、政治的・外交的解決努力を尽くしたとして、UNCLOSに基づく仲裁手続を開始し、中国側にその旨を通告
2013.7.11 仲裁裁判所、第1回会合を開催
2013.8.27 仲裁裁判所、フィリピン政府からの申述書(memorial)5を提出する期限を2014年3月31日に定める手続命令を発出したことを公表
2014.3.30 フィリピン政府、申述書を仲裁裁判所に提出6
2014.5.14-15 仲裁裁判所、第2回会合を開催
2014.5.21 中国政府、仲裁裁判所に口上書(note verbale)7を提出、仲裁手続を拒否する旨を直接伝達
2014.6.3 仲裁裁判所、中国に対して答弁書(counter-memorial)8を提出する旨を要求(期限:同年12月15日)
2014.6.4 フィリピン外務省、「仲裁手続に応じないという決定を見直すよう、中国に働きかえてゆく」旨の声明を発表
2014.12.7 中国外交部、以下を要旨とするPosition Paper を発表9
→フィリピンの請求は、UNCLOS第288条第1項に規定されている「同条約の解釈
    または適用に関する紛争」には該当しないことからそもそも無効であり、同国
    の仲裁裁判所への一方的付託はUNCLOSの関連条項の濫用に該当
→本仲裁には海洋境界画定に関する判断が含まれ、中国はUNCLOS批准時に
    おいて同第298条第1項柱書及び同条第1項(a)(ⅰ)に記される「大陸又は島の
    領土に対する主権その他の権利に関する未解決の紛争についての検討が必
    要となる紛争については調停に付さない」旨の選択的適用除外宣言を行って
    いることから10、仲裁裁判所は本件に関する管轄権を有さず
2015.7.7-13 仲裁裁判所、フィリピンが申し立てた南シナ海をめぐる問題に関し管轄権設定及び受理許容性についての公聴審理(hearing on jurisdiction and admissibility)を実施するとともに、仲裁手続に参加していない中国に対しても、同年8月17日を期限に比主張に対する書面による反論を受け付けることを決定
2015.7.14 中国外交部、公聴審理の終了に際し、「本仲裁手続を受け入れず、また、参加もしない」との立場を重ねて強調

3.仲裁手続

(1)前提的事項

   本仲裁において仲裁裁判所は、まず、フィリピン及び中国の両国はUNCLOSの締約国であること、及び仲裁手続を含む紛争解決に関する手続法規則はUNCLOSの実定法規則と一体化したものであることを確認する。この点に関し、UNCLOSは、本条約の解釈及び適用をめぐる紛争の主題(subject matter)に対する(条約上の)義務的な解決方法が有するある種の限界及び除外を明確に示しているが、他方で、UNCLOSは、第281条及び第282条に規定されている場合を除き、締約国が本条約の解釈及び適用をめぐる紛争を条約の枠外で解決すること、及び紛争解決にあたりUNCLOSの下での紛争解決メカニズムを恣意的に除外することを許容していない。
   次に、仲裁裁判所は、中国の本仲裁への不参加を承知しているが、かかる事由が仲裁手続の進行を妨げるものではないとの姿勢を示している11。したがって、中国の欠席とは無関係に、付属書Ⅶの関連条項にしたがい仲裁裁判所は適切に組織され、2015年7月に管轄権設定及び受理許容性にかかわる裁定のための公聴審理が開催された。加えて、前述のとおり中国は仲裁手続には不参加であるが、仲裁裁判所は、其々の段階における議事録等の情報を提供する等の保障措置を講じている。加えて、中国の仲裁手続不参加がフィリピンに不利に働くことはないことを、仲裁裁判所は確証している。
   さらに、仲裁裁判所は、中国外交部が公表したPosition Paperにつき十分に考慮し、その結果、Position Paperは仲裁裁判所による管轄権設定にかかわる先決的抗弁(preliminary objection)に該当するとした。よって、フィリピンによる紛争の仲裁裁判所への一方的付託は、中国が主張する「UNCLOSの関連条項の濫用」には該当しないと、仲裁裁判所は判断した。

(2)UNCLOSの解釈または適用に関する紛争の所在

   以上のような前提的事項を踏まえ、次に、仲裁裁判所は、フィリピンの申し立てにUNCLOSの解釈または適用に関する紛争が所在するのか(UNCLOS第286条)につき検討する。その場合に、仲裁裁判所が注目したのは、中国のPosition Paperにおける①「フィリピンの申し立ては南シナ海の島嶼への主権(sovereignty)をめぐるものであり、UNCLOSの解釈または適用に関するものではない」、及び②「紛争は当事国間の海洋境界画定をめぐるものであり、UNCLOS第298条の選択的適用除外宣言の範囲に含まれる」という主張である。ちなみに、中国はかかる選択的適用除外宣言を2006年に行っている。
   ①については、仲裁裁判所は、南シナ海において島嶼の主権をめぐる紛争が存在することは承知しているとし、かかる紛争は当事国の間で解決が図られることを希望しつつも、フィリピンの申し立ては主権に関するものではないと明示的に宣言した。フィリピンが申述書において南シナ海における島嶼への主権にかかわる裁定を望まないと明確にしていることからも、上述した仲裁裁判所の判断は極めて妥当である。また、②については、仲裁裁判所は、海洋境界画定のためには多角的な要因が考慮されるとしたが、フィリピンの申し立ては海洋境界画定のために検討されるべき事項には該当しないと判断した。したがって、中国がPosition Paperにおいて主張する選択除外宣言との抵触は、本件においては問題とはならない。
   他方で、フィリピンの申し立てに目を転じると、仲裁裁判所は、フィリピンが仲裁手続きを開始した時点で紛争が存在し、それがUNCLOSの解釈または適用に関するものなのかを確認した。その過程において仲裁裁判所は、問題とされているのは国家の実行に端を発する事項であると推察し、客観的な判断が必要とされるとした。したがって、仲裁裁判所は、申し立てられた事項はUNCLOSとそのほかの権利(中国がいう歴史的権利)との関係にかかわる解釈をめぐるものであると判断したのである。

(3)第三国の仲裁参加

   南シナ海における問題については、例えばヴェトナム等、同じく南シナ海における島嶼に対する主権を主張する国が複数存在している。しかしながら、前項でも言及したように、本件は島嶼の帰属または海洋境界画定をめぐる紛争ではないと判断されたことから、過去の仲裁裁定とは異なり、紛争当事国以外に主権を主張する国の仲裁への参加は必然とはされない。ただし、正当な理由があるとされるならば、以後の段階における第三国の参加が排除されるものではない。
   つまり、他の南シナ海沿岸国の領有権にかかわる主張は、本仲裁手続には無関係である。なお、2014年12月にヴェトナム政府が発表した「同国は仲裁裁判所が本件に対する管轄権を有することにいささかの疑いも有さない」という見解は留意されるべきである。

(4)管轄権設定のための条件

   UNCLOSでは、第一五部において、同条約の解釈又は適用にあたって生じた紛争の解決のための手段及び方法が設けてられている。UNCLOSのこのような構造は、実体法的規則が第一五部の手続法的規則により具現化されるようなメカニズムであるといえる。
   まず、UNCLOSは、紛争当事国の自由な選択により、「国連憲章第2条第3項にしたがい、締約国は、この条約の解釈及び適用に関する締約国間の紛争を平和的手段によって解決するものとする」(第279条)、具体的には、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的取極または地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決が挙げられる。ちなみに、第279条における国連憲章への言及は条文構成上の一種の便宜であり、紛争当事国が国連加盟国であるか否かによって解決手段の法的意義が異なるというわけではない。また、第281条及び第282条は、紛争の当事国である締約国が第一五部の規定以外の平和的解決手段によって紛争の解決を合意している場合には、そのような手段による解決を排除していない。さらに、第283条は、交渉その他の平和的手段による紛争の解決について速やかに意見交換を行うこととする。
   第281条及び第282条の適用可能性につき、仲裁裁判所が検討したのは、①2002年11月2日に中国とASEANにより開催された第8回ASEANサミット(プノンペン)において採択された南シナ海行動宣言(以下「DOC」) 、②中国のPosition Paperにおいて引用されている、本件をめぐるやりとりにおいて比中両国の間でなされた共同声明、③東南アジア友好協力条約(1976年)及び④生物多様性条約(1992年)である。これらのうち、①は政治的宣言に過ぎず、第281条及び第282条の文脈における法的拘束力を有するものではない。そして、かかる事由は②についても同様ある。③及び④については、それぞれ条約であり、それらが範囲とする紛争については締約国を当然に拘束することは、一般論として成立する。他方で、いずれの条約も紛争解決のための独自かつ義務的なメカニズムを有していない。また、UNCLOSと生物多様性条約には重複する部分が存在してはいるが、それらの条約は互いに排他的ではない。さらに、フィリピンが申し立てた事項のうち環境に関するものは、生物多様性条約に代わりUNCLOSが参照されることを排除していないように解される。以上のような理由により、仲裁裁判所は、上記①~④のいずれのアイテムもフィリピンの仲裁手続への付託を阻害するとは判断しなかったのである。
   次に、第283条が規定するのは、紛争解決のための意見交換であり、紛争の中身についてのものではない。比中両国間のやり取りにおいて、フィリピンは南シナ海をめぐる問題をASEAN等の他国間枠組みにおける解決を主張しているのに対し、中国は二国間における解決を一貫して主張している。また、第283条とは別に、フィリピンは仲裁手続きに訴える以前の段階における一般的な意味での交渉義務を帯びる。以上のことから、仲裁裁判所は、フィリピンは中国との交渉の実施及び継続に努力したものの、中国の非協力的態度によりかかる努力は効を奏さなかったものと評価される。そして、国際法は交渉による紛争解決の可能性が尽きた状態における更なる交渉継続にかかわる努力を要求していないということは、既に確立した一般的な原則である。

(5)管轄権の例外及び制限

   このような検討ののち、仲裁裁判所は、第二節の手続の適用の制限(第297条)及び選択的除外(第298条)につき検討する。第297条は、海洋の科学調査及び排他的経済水域(以下「EEZ」)における生物資源に関する紛争は自動的に第二節に挙げられる裁判所が管轄権を有するとして、締約国の紛争解決手段の選択を制限する。また、第298条は、締約国は、海洋の境界画定、歴史的湾及び歴史的権原、法執行活動及び軍事的活動をめぐる紛争は第二節に定められる紛争解決手続から除外する旨の宣言(選択的適用除外宣言)を行うことができるとする。
   これらの規定をフィリピンの申し立てに当てはめると、以下のように整理できる。仲裁裁判所の管轄権の有無は、①中国が主張する南シナ海における「歴史的権利」の法的性格と、かかる権利が歴史的湾及び歴史的権原とは別個に存在しているのか、②仲裁裁判所の管轄権の有無は、南シナ海におけるある特定の部分(海域及び陸地/低潮高地を含む)が、大陸棚、EEZ、島、礁のいずれに該当するのか、及び比中両国が重複した海域における権利を南シナ海において有しているのか、③仲裁裁判所の管轄権の有無は、中国が法執行活動及び軍事活動を現に行っている海域は何処なのかにより決定される。

(6)管轄権及び受理許容性の有無にかかわる仲裁裁判所の判断

   仲裁裁判所は、以下に記す15項目のうち○で囲った事項について管轄権を設定した。なお、同裁判所は、残余の事項については、本案の審理過程においてさらに検討されるべきとして、管轄権設定を留保(reserved)している13

中国の海洋権益は、UNCLOSによって許可された範囲を超えてはならない
いわゆる九段線で囲まれた海域における中国の主権、管轄権及び歴史的権利の主張はUNCLOSに反しており、法的効力はない
スカボロー礁は、EEZまたは大陸棚に関する権利を生じせしめない
ミスチーフ礁、セカンド・トーマス礁及びスビ礁は、領海、EEZ又は大陸棚に関する権利を生じせしめない低潮高地である
ミスチーフ礁及びセカンド・トーマス礁は、フィリピンのEEZ及び大陸棚の一部である
ガベン礁及びケナン礁(ヒュー礁を含む)は、領海、EEZまたは大陸棚に対する権利を生じせしめない低潮高地であるが、その低潮線はNamyit及びSin Coweの領海幅を計測する基線を決定するために使用され得る
ジョンソン礁、クアテロン礁及びファイアリークロス礁は、EEZ及び大陸棚に対する権利を生じせしめない
中国は、不法にも、フィリピンが自国のEEZ及び大陸棚の資源に対する主権的権利を享有及び行使することを妨害している
中国は、不法にも、フィリピンのEEZにおける自国の国民及び船舶による生物資源の搾取の防止に失敗している
中国は、不法にも、フィリピンの漁民がスカボロー礁において伝統的な漁獲を行うことで生計を立てることを防止している
中国は、スカボロー礁及びセカンド・トーマス礁において海洋環境の保護にかかわるUNCLOS上の義務に違背している
12 ミスチーフ礁における中国による占拠及び建設活動は:
(a)人工島、施設及び構築物にかかわるUNCLOSの条項に違反する
(b)UNCLOSの下での海洋環境保護にかかわる義務に違背する
(c)UNCLOSに抵触する不法な占有の試みを構成する
中国は、スカボロー礁付近海域を航行するフィリピンに対して衝突を引き起こすような深刻かつ危険な態様で法執行船舶を運用することで、UNCLOSの義務に違背する
14 2013年の仲裁手続開始以来、中国は違法にも以下により紛争の更なる悪化を助長している:
(a)セカンド・トーマス礁及びその周辺海域を航行するフィリピンの権利を侵害
(b)同礁に駐留するフィリピン要員の交代及びそれらへの補給を妨害
(c)同礁に駐留するフィリピン要員の健康及び福利厚生を危うくせしめている
15 中国は更なる不法な主張及び活動を中止すべき

4.今後の見通し等

(1)UNCLOSの下での紛争解決メカニズムの概要

   本稿3(4)節において既に引用したように、UNCLOSの解釈または適用に関する紛争は、第一五部第一節の規定により、紛争当事国の自由な選択により平和的手段によって解決するものとされている(第279条)。そして、かかる手段による解決が困難な場合には、当該紛争は第二節の拘束力を有する決定を伴う条約上の義務的手続による解決が図られることとなり、具体的には、拘束力を伴う裁判及び紛争の解決に関し紛争当事者が別段の合意ない場合の付属書Ⅶにしたがった仲裁である。
   義務的手続のうち、まず、裁判については、「第三節の規定に従うことを条件として、この条約の解釈または適用に関する紛争であって第1節に定める方法によって解決が得られなかったものは、いずれかの紛争当事者の要請により、この節の規定に基づいて管轄権を有する裁判所に付託される」(第286条)。ここでいう「管轄権を有する裁判所」とは、第287条第1項に掲げられている(a)付属書Ⅵによって設立される国際海洋法裁判所(ITLOS)、(b)国際司法裁判所(ICJ)、(c)UNCLOS付属書Ⅶによって組織される仲裁裁判所及び(d)付属書Ⅷに規定する一または二以上の種類の紛争(漁業、海洋環境、科学調査、汚染を含む航行に関する技術的紛争)のために同附属書によって組織される特別仲裁裁判所である。
   また、いずれの国も、この条約(UNCLOS)に署名し、これを批准し若しくは加入するときにまたはその後いつでも、書面による宣言を行うことにより、この条約の解釈または適用に関する紛争の解決のために、右の手続のうち一または二以上の手段を自由に選択することができる(第287条第項前段)。さらに、紛争当事者が紛争の解決のための同一の手続を受け入れている場合には、当該紛争については、紛争当事者が別段の合意をしない限り、当該手続のみに付すことができるとされている(第287条第4項)。
   次に、仲裁についてであるが、本手続が用いられるのは、上述した裁判手続によっては紛争を解決できない場合においてである。つまり、本手続は、紛争当事国が紛争の解決のための同一の手続を受け入れていない場合に最後に残された紛争の解決策なのである(第287条第3項)。つまり、ここでいう仲裁は、名称は同じく仲裁であっても、UNCLOS第287条第1項(c)のUNCLOS付属書Ⅶによって組織される仲裁裁判所とは別の枠組みによるものであり、今回の比中仲裁裁定は、まさしく本手続に該当する。
   他方で、上述した義務的手続きには、適用の制限と締約国による選択的適用除外が認められている。まず、第297条は、「この条約の解釈または適用に関する紛争であって、この条約に定める主権的権利または管轄権の沿岸国による行使にかかわるものは、次のいずれかの場合(第58条の下でのEEZの利用、海洋の科学調査、漁獲)には、第二節に定める手続の適用を受ける」とする。第297条の表題は「第2節の適用の制限及び除外」とされてはいるものの、規定の本文は、締約国が紛争の解決を第二節に付託する義務の存在を原則的に確認し、例外として義務を負わない場合を掲げ、あるいは、例外にあたる場合でも別段の合意により第二節の手続によることを認めるという内容である。つまり、第297条の拘束力を有する決定を伴う義務的裁判手続の制限とは、主としてEEZ及び大陸棚に関して沿岸国の主権的権利及び管轄権の行使と非沿岸国の当該海域を使用する自由または権利との間で生じる紛争及び海洋環境の保護または保全に関する紛争につき、第二部の裁判手続に付託することが義務付けられる紛争の内容を特定するという文脈における一般的制限を設けること、及び海洋科学調査及び漁業に関する紛争については極めて広範な裁判付託義務への制限を課すことを趣旨とする14
   つまり、第297条の制限とは、「沿岸国による主権的権利または管轄権行使に関する特定の紛争の解決には、第二節の規定の適用は制限される」15ということではなく、むしろ、第297条は紛争当事国が当該紛争を第二節(第287条第1項)に規定される管轄権を有する裁判所に付託する義務の存在を原則的に確認し、そのうえであくまで例外として義務を負わない場合を掲げ、あるいは例外にあたる場合でも別段の合意により第二節の手続による紛争の解決を認めると理解されるべきであり、これは、第二節の手続が適用される余地を可能な限り確保する旨を目的とするものといえる16
   次に、第298条は、締約国の宣言により、一定の事項をめぐる紛争、については、その全部または一部を第二節の手続から除外することを認めている。この選択的適用除外宣言の対象となるのは、歴史的湾及び歴史的権原に関する紛争、大陸棚または島の領土に関する主権その他の未解決の紛争、海洋境界画定に関する紛争、軍事活動あるいはEEZにおける沿岸国の法執行に関する紛争及び国連安保理事会が任務を遂行している場合の紛争である(第298条)。なお、これらの第一五部の下での裁判から除外される紛争については、海洋境界画定をめぐる紛争を除き、強制調停のような手続すら締約国には義務付けられていない。ちなみに、海洋境界画定をめぐる紛争は、それを除外する旨の宣言を行った締約国は一定の紛争を第284条の強制的調停手続に付託する義務を負う(第298条第1項a(ⅱ))。
   このように、UNCLOSの下での紛争解決メカニズムは、義務的裁判制度が導入されたとはいえ、義務的管轄権受諾の範囲は事項的及び各締約国の裁量により相当程度限定されている。そして、このことは、UNCLOSの適用及び解釈をめぐる紛争の解決は、第一義的には各締約国の自主的解決に委ねられており、条約上の義務的裁判制度はかかる自主的な解決を補完するものに過ぎないと批評される所以である17

(2)管轄権設定及び受理許容性に対する中国の反応

   中国外交部は、10月30日に以下に引用するような声明を発表し、今回の裁定に反論している18。本声明において中国は、フィリピンの要求に応じて組織された仲裁裁判所が2015年1月29日に下した裁定は無効であり、中国に対する拘束力を有さないとしたうえで、以下のとおり反論した。

中国は、南シナ海の島嶼及び付近海域に対し争いのない主権を有している。南シナ海における中国の主権及び関連する権利は、長期に亘る歴史の過程において形成されたものであり、歴代中国政府が堅持し、また、中国国内法により何度も確認されており、UNCLOSを含む国際法により保護されている。領域主権及び海洋権益に関し、中国は、如何なる方策も受け入れず、また、一方的に第三者に付託するという紛争解決を受忍しない19
フィリピンがUNCLOSの義務的な紛争解決メカニズムを濫用し、仲裁裁定を一方的に付託しこれを強引に推し進めることは、法を隠れ蓑にした政治的挑発である。かかる行為の本質は、紛争の解決ではなく、むしろ南シナ海における中国の領域主権及び海洋権益を愚弄にも否定することに他ならない。2014年12月7日に発表されたPosition Paperにおいて、中国は、既に仲裁裁判所はフィリピンが付託した事項に対する管轄権を有さない旨を指摘し、中国は本仲裁を受け入れず、また、参加もしない法的根拠を詳述した。この立場は明確かつ以後も変化することはない20
主権国家及びUNCLOSの締約国として、中国は、紛争解決手続きを自主的に選択する権利を享有している。また、中国は、従前より一貫して話し合いと協議を通じた隣国との領域及び海洋に関する管轄権をめぐる紛争を解決する姿勢を堅持している。1990年代以降、中国及びフィリピンは、二国間文書において話し合いと協議を通じた双方の関連する紛争の解決を確認している。また、DOCは、直接の関連を有する主権国家が友好的な協議と話し合いを通じ、平和的な方法でこれらの国の領土及び管轄権にかかわる紛争を解決することを明示的に規定する。これらの一連の文章が、中国とフィリピンが早期から話し合いと協議を通じた南シナ海における双方の解決を選択したことを示している。このような事情に鑑みた場合、フィリピンは、かかる共通の認識に違背し、国家間の相互信頼の基礎を侵害していると判断される21
フィリピン及び仲裁裁判所は、本仲裁裁定の本質が領域主権と海洋境界及びそれらに関連する問題であることを無視している。また、フィリピン及び仲裁裁判所は、中国が2006年にUNCLOS第298条に依拠して行った選択的適用除外宣言を意図的に悪意をもって回避し、UNCLOSの関連規定を濫用して仲裁手続を強行的に推進することによりUNCLOS締約国としての中国の合法的な権利を侵害し、UNCLOSの立法趣旨とその目的に完全に反してUNCLOSの完全性及び権威を侵害している。かかる行為に対抗するため、中国は、UNCLOS締約国として同条約の義務的な紛争解決メカニズムを濫用する行為に断固として反対し、また、各方面に対して共同した努力を促すことにより、UNCLOSの完全性及び権威を擁護するよう呼びかける22
フィリピンが、本仲裁裁定を通じ南シナ海における中国の領域主権及び海洋権益の否定を企図することは、いかなる効果も生じせしめない。中国は、フィリピンに対し、自身が為した約束を遵守し、国際法に基づき中国が享有する権利を尊重して態度を改め、話し合いと協議を通じた南シナ海における関連する紛争の解決という正しい道に回帰するよう促す23

(3)今後の見通し

   本コラムにおいて繰り返し引用してきたように、中国は、今次仲裁は領域主権及び海洋境界画定にかかわる問題であり、したがって、NCLOS第298条の選択的除外宣言を根拠として仲裁裁判所は管轄権を有さないことを一貫して主張してきた。しかしながら、本件に関する管轄権設定及び受理許容性を認めた今回の裁定により、南シナ海において中国が主張してきた論理の法的欠陥は一層鮮明となった。
また、中国は、これまで南シナ海で造成中の人工島が低潮高地であるのか、あるいはいわゆる九段線の範囲やその法的根拠について明示的にすることを避けてきた。これらについては、仲裁裁判所が今次裁定においては判断を留保しているが、以後の仲裁手続きにおいてかかる事項についても審理が行われる可能性がある。
   他方で、前項で引用した中国の声明は、中国が、今回なされた管轄権設定及び受理許容性にかかわる裁定に速やかに対応かつ反発し、また、同国がUNCLOS第298条の下で行った選択的適用除外宣言を盾として、本仲裁裁定への中国の立場を改めて周知せしめることを主たる目的するものと思料される。したがって、本案に関する仲裁手続においてフィリピンに有利となる裁定がなされたとしても、それを強要するメカニズムがUNCLOSには存在しないこと、及び主として経済的な中国への依存関係から、実質的な国際的圧力も形成されないと見定めることにより、中国が以後の仲裁裁定を受け入れない可能性は一般論として存在し得る。さらに、第三国による仲裁参加を阻止するためにも、中国が南シナ海沿岸国に対する圧力を通じたASEAN分断工作を活発化する可能性も併せて存在することから、以後の事態の推移が一層注目される。

(運用教育研究部図演装置運用課 2等海佐 吉田靖之) 

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1 Permanent Court of Arbitration Press Release, Arbitration between the Rep0ublic of the Philippines and the People’s Republic of China (29 October 2015), p.1.
2Id.
3PCA Case No.2013-19, In the Matter of an Arbitration before an Arbitral Tribunal Constituted under Annex Ⅶ to the 1982 United Nations Conventions on the Law of the Sea between the Republic of the Philippines and the People Republic of China, Award on Jurisdiction and Admissibility (29 October 2015),
4Id.
5書面手続(written proceedings)の一環として、原告が自らの主張について述べる文書であり、申し立て事項(Submissions)を申述するもの。
6Statement of Secretary Albert F. del Rosario on the Submission of the Philippines’ Memorial to the Arbitral Tribunal (30 March 2014).
7未署名の外交信書。
8書面手続(written proceedings)の一環として、被告が訴状に対して反対の申し立てやその理由を記載して裁判所に提出する書面。
9Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China, Position Paper of the Government of the Republic of China on the Matter of Jurisdiction in the South China Sea Arbitration Initiated by the Republic of the Philippines (7 December 2014).
10United Nations Division for Ocean Affaires and Law of the Sea Declaration and Statements, http://www.un.org/Depts/los/convention_agreements/convention_declarations.html, visited 27 February 2014.
11「・・・いずれかの紛争当事者が欠席又は弁護を行わないことは、(仲裁)手続の進行を妨げるものではない。」(付属書Ⅶ第9条(欠席))
12http://www.asean.org/asean/external-relations/china/item/declaration-on-the-conduct-of-parties-in-the-south-china-sea, as of 5 March 2015.
13PCA Case No.2013-19, supra note 3, para.413.
14日本海洋協会編『国連海洋法条約の研究』(日本海洋協会、1990年)、449頁。
15川上壮一郎「内陸国と海洋―国連海洋法条約第一五部で規定されている紛争解決手続と関連して―」『中央学院大学法学論叢』第13巻第1号(1999年)、94頁。
16日本海洋協会編前掲注14、478頁。
17同上、4450頁。
18 Statement of the Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China on the Award on Jurisdiction and Admissibility of the South China Sea Arbitration by the Arbitral Tribunal Established at the Request of the Republic of the Philippines 30 October 2015, http://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/zxxx_662805/t1310474.shtml, as of 24 November 2015.
19Id. , para.Ⅰ.
20Id. , para.Ⅱ.
21Id. , para.Ⅲ.
22Id. , para.Ⅳ.
23Id. , para.Ⅴ.


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。