海上自衛隊幹部学校

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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その19)
-海空連絡メカニズム と ホットライン-

(コラム068 2015/07/21)

   このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官在勤中に得た経験をもとに中国に関する筆者個人の雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。

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連絡メカニズム協議の再活性化

   今年の年初から日中間の海空連絡メカニズムの締結に向けた協議が再び活性化を呈している模様である。

   この日中間の海空連絡メカニズムに向けた協議とは、平成19年(2007年)4月に安倍総理と温家宝(WEN JiaBao)総理との首脳会談1において、海上における不測の事態の発生を防止するために両国の防衛当局間の連絡メカニズムを整備するための協議を開始することに合意したことから始まった数少ない日中防衛当局間のコミュニケーション枠組みである。

   当該合意に基づいて翌平成20年(2008年)4月に課長級による第1回共同作業グループ協議2が北京で開催されて以降、協議が断続的に繰り返されてきた。
   平成24年(2012年)6月に北京で行われた第3回共同作業グループ協議では、相互理解および相互信頼を増進し、防衛協力を強化するとともに、不測の衝突を回避し、海空域における不測の事態が軍事衝突あるいは政治問題に発展することを防止することを目的として、次の3つのメカニズムを構築することに合意した3

   ①年次会合、専門会合の開催
   ②日中防衛当局間のハイレベル間でのホットラインの設置
   ③艦艇・航空機間の直接通信

   一般的に防衛交流や軍事交流の濃淡は両国の政治・外交関係に最も左右されやすく、両国関係の最新の傾向を計るバロメータの一つであり、日中においてはそれが顕著である。
   本来、1年に1回から2回程度の頻度で対話を重ねて速やかな構築を目指していた当該協議も、その他の日中防衛交流プログラムと共に、これまで数度にわたって中断・停滞し、一定の合意を得た第3回協議の後、合意事項の具体化を進めるための第4回共同作業グループ協議の実現は2年半後の平成27年(2015年)1月まで待たざるを得なかった。

   またその間には中国海軍艦艇が海上自衛隊護衛艦に対して火器管制レーダーを照射するという極めて危険な事案が発生した。

   一般に危機管理メカニズムは、たとえ如何なる主張が対立して両者の関係が悪化し緊張した場合においても、少なくとも最悪の事態は避けなければならないという最後の一点を双方が共有していることが前提であり、一種の最後の防波堤である。
   したがって、政治・外交関係が良好でないほど両者はこの最後の一点を確実なものとするためのチャンネルの構築と実効性の確保を追求することが一般的である。だからこそ我が国は時々の情勢や両国関係の如何に関わらず、あらゆる機会を活用して協議の継続とメカニズムの早期運用開始を働きかけてきた。
   その意味で最近の当該協議に対する中国の対応は歓迎されるものである。またこのような中国の対応の変化は両国関係を良好なものとしたいとする中国の意図を現したものと言える。

   既に中国が他国と結んでいる危機管理メカニズムとして有名なものに、米中軍事海洋協議協定(MMCA: Military Maritime Consultative Agreement)がある。米中間のMMCAは平成6年(1994年)に黄海で発生した米海軍と中国海軍との間で生起した危機を発端として結ばれたメカニズムである4。両国国防当局は当該メカニズムによって規定された会合を年に1回の割合で定期的に実施しており、今日に至るまで、MMCAは両者の定期的意思疎通の貴重な機会として機能している。

   日中間の海空連絡メカニズムの締結に向けた第3回協議の合意事項である年次会合、専門家会合が実現すれば、それらはMMCAで規定された会合に相当するものになるだろう。早期の実現を期待するところである。

ホットライン

   第3回協議の合意事項に日中防衛当局間のハイレベル間でのホットラインの設置が盛り込まれている。
   ホットラインとは元来、両国政府首脳が直接通話できる直通の電話回線を指す用語であり、米ソ冷戦時代、キューバ危機を契機にホワイトハウスとクレムリンとの間に設けられたとされるものが有名である。

   今日、ホットラインにはさまざまな形態があり、糸電話のように一対の直通専用固定回線を設置して常時受話器を取り上げれば通話可能なもの(ホットなライン)から、一般の商用電話回線を利用して必要に応じて指定された電話番号に接続することで通話を可能とするものまで多種多様に存在する。また情報通信技術の発達により、音声のみならず動画を送受信できるいわゆるテレビ電話会議システムも一般化されている。それぞれのホットラインがどのような形態をとるのかは、双方がそのラインをどの程度重要視し、またどの程度の経費を負担できるかによって選択される。

   かつて筆者が北京に在任中にある国の海軍武官から中国との海軍間のホットラインの実情について話を聞いたことがある。彼によればホットラインの開設は実現したものの、司令官同士の対話は儀礼的な域を出ず、ホットラインの実効性を確保するために年に数回実施することとされていた通信チェックについても、担当者に対する通信チェック等の教育が徹底されておらず、外国語を解さない当番兵が担当することもあり、実態としてうまく機能していないというものであった。

   既に3年以上前の話であり現状がその通りがどうかは確かではないが、今後設けられる日中間のホットラインがそれと同じであるとすれば、ホットラインは形式的なものにとどまり、実際の機能は期待できないことを意味する。

   ホットラインは必要なときに速やかに相手側と意思疎通ができる手段であると同時に、ホットラインが確保されていることによって、平素から双方の意思疎通を可能とし、その積み重ねが両者の信頼を醸成する。

   第3回協議の合意事項であるホットラインは、それぞれ海上幕僚長と海軍司令員、航空幕僚長と空軍司令員との間に設定されることになると報道されている5 。一般的にこのようなハイレベルの間の電話会談を頻繁に実施するのは困難であり、ホットラインがホットラインであることを維持するために、平素から定期的な通信チェックを実施することになるだろう。

   筆者としては、このような通信チェックを単なる技術的形式的作業に終わらせずに、こうした機会を利用して、双方の関係する幕僚・参謀間のコミュニケーション手段として活用することを期待したい。最も理想的なものとしては、海幕防衛部長と海軍参謀長6(又はオペレーションを分掌する海軍副司令員7)との定期的対話を月単位程度で行うことを常態化させることである。また、その際、先方の微妙なニュアンスの理解を容易にするために、北京に所在する日本の防衛駐在官や東京に所在する中国の駐在武官がそれぞれ海軍参謀長や海幕防衛部長に陪席するのも相互の信頼関係の醸成する促進剤となるかもしれない。

   海上自衛隊と中国海軍のリーダー達が対面して意見を交わす機会はまだまだ少ない。ホットラインを活用して平素からの個人的な関係を構築しておくことは、IISやWPNS等多国間の海軍コミュニティー8で対面した場合も、より深い議論を可能とする。
   特に中国では、たとえ初対面では単なる「好朋友(友達)」でも、2度目からは「老朋友(古くからの親しい友人)」として互いを遇する習慣がある。昨年のAPECの際、習近平(XI JinPing)主席も安倍総理に対して「初めて会ったときは他人でも、2回目からは友人になる」と述べたという9。海上自衛隊と中国海軍のリーダーが代々、ホットラインを介して交流を繰り返すことで「老朋友」を増やすことは、双方が望まない不測の事態を避ける最善の枠組みになることであろう。

おわりに

   これまで停滞していた連絡メカニズムに関する共同作業グループ協議は今年に入り既に2度10実施されている。また、これに関連した二国間会合でも当該連絡メカニズムについて言及され、1月に行われた第3回日中高級事務レベル海洋協議11では、それまでの「海上連絡メカニズム」を航空自衛隊と中国空軍を含んだ「海空連絡メカニズム」に改められた。
    このように協議や対話が頻繁に繰り返されている現状は、日中関係が良好な方向に漸進している時機と捉えることもできよう。この流れを活かして早期に具体的な合意を達成し、実効性あるメカニズムが動き出すことを期待したい。

(幹部学校 山本 勝也) 

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1外務省HP「日中共同プレス発表」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0704_kh.html、2015年7月3日アクセス。
2防衛省HP「日中防衛当局間の連絡メカニズム設置のための第1回共同作業グループ協議(結果概要)」
「http://www.mod.go.jp/j/approach/exchange/nikoku/asia/china/pdf/china_kaijo01.pdf、2015年7月3日アクセス。
3平成26年度版防衛白書「日本の防衛」防衛省、284頁。
4浅井一男「海上事故防止協定(INCSEA)による信頼醸成―過去の事例と日中海空連絡メカニズムの課題― 」『レファレンス』No.770、2015年3月、国立国会図書館。
5ロイター「日中、不測の軍事衝突回避へ連絡体制 来月にも合意=関係者」http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0P606A20150626、2015年7月3日アクセス。
6海軍参謀長:中国海軍総部を構成する海軍司令部、海軍政治部、海軍装備部、海軍後勤部のうち、オペレーションを所掌している海軍司令部のトップ。海軍中将又は海軍少将。 海軍司令員は海軍司令部のトップではなく、海軍政治委員と共に中国海軍全体を指揮する海軍総部のトップである。
7海軍副司令員:海軍司令員を代行する者として2名から3名の副司令員が確認されている。海軍中将又は海軍少将。
8コラム063「中国海軍と海軍コミュニティー」参照
9産経ニュース「習氏『2回目からは友人になる』首脳会談後の安倍首相との会話で」、http://www.sankei.com/politics/news/141111/plt1411110052-n1.html、2105年7月10日アクセス。
10防衛省HP「日中防衛当局間の海上連絡メカニズムに関する第4回共同作業グループ協議(結果概要)」 http://www.mod.go.jp/j/press/news/2015/01/13a.html、  防衛省HP「日中防衛当局間の海空連絡メカニズムに関する第5回共同作業グループ協議(結果概要)」http://www.mod.go.jp/j/press/news/2015/06/19b.html、2015年7月1日アクセス。
11外務省HP「日中高級事務レベル海洋協議第3回全体会議及びワーキンググループ会議の開催」http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_000047.html、2015年7月3日アクセス。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。