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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その18)
-朝鮮戦争 中国 国際連合 日本-

(コラム067 2015/06/16)

 

   このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官在勤中に得た経験をもとに中国に関する筆者個人の雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。

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中華人民共和国と国際連合
   今年2月23日に王毅(WANG Yi)外相は国連安保理公開討論会において、国連と中国との関係について語った。


   中国は「現代国際秩序の参与者であり、1945年6月25日に創設国の一国としてサンフランシスコ会議において国連の創設に参画して国連憲章に署名した国家である。我々は戦後国際秩序の建設と国連憲章の作成に消し去ることのできない貢献」1 をした国であり、中国が策定に関わった国連憲章は「戦争を止めさせ平和を維持するためのメカニズムを構築した。憲章は国連の各機関、加盟国の権力、責任、義務を規定し、安保理に国際の平和と安全を維持する主要な責任を授権し、安保理の授権による強制行動を規定し、伝統的軍事同盟に代わる集団安全保障メカニズムを用い、弱肉強食の時代から変化させた」2としている。


   つまり、中華人民共和国は国連の原加盟国であり安全保障理事会常任理事国として第二次世界大戦以降、一貫して国連憲章の精神を守り、国連及び安保理の役割、集団安全保障メカニズムを支持する国家であるということを強調している。


   今日の国際社会から見れば、王毅外相の発言に特段の異論はないだろう。中国自身が誇らしく述べているとおり、PKO等への人民解放軍の国際貢献3も高く評価されている。中国が国連と国連の集団安全保障メカニズムに対する尊重をこの時期に改めて強調することは国際社会として歓迎されるべきものである。


中国軍網「中国のブルーヘルメット25年」

   蛇足ではあるが、中国では国連(United Nations)を「联合国(連合国:United Nations)」という。第二次世界大戦期の連合国4をその起源とする国連の設立経緯を考えれば、日本語の「国連」よりも中国語の「連合国」の方がより本質を表しているとも言える。



中華人民共和国から見た朝鮮戦争
   国際社会において中国の国連への支持・貢献が強調される一方で、中国国内における国連に対する見方には上記と異にする部分がある。それは国連創設からわずか5年後に勃発した朝鮮戦争に関するものである。中国における朝鮮戦争に対する評価と、国連をはじめとする今日の国際社会の朝鮮戦争に対する評価とは真逆であり、国際連合の歴史に対する認識の相違である。


   筆者は中国在勤中に幾度か人民解放軍部隊を視察する機会を与えられた。訪問した部隊のほとんどには、人民解放軍及び当該部隊の先人たちの偉大な戦績など彼らの歴史を記した記念館が設けられており、将兵への教育の場であると同時に部隊来訪者の視察コースとされている。朝鮮戦争は国共内戦とならび多くの人民解放軍部隊が誇る輝かしい歴史の一つである。


   2007年(平成19年)、中国国防大学でクラスメイトとなった外国軍将校(筆者を含む)と人民解放軍将校は、朝鮮戦争に対する評価や国連による集団安全保障等様々なテーマについて率直な議論を楽しんだ5

   中国における朝鮮戦争の正式名称は「抗美援朝戦争」である。中国共産党の次世代養成機関である中国共産主義青年団(共青団)とシンクタンクである中国社会科学院が共同で国内教育・宣伝用に発信しているウェブサイト6を確認してみると、中国における朝鮮戦争の位置づけが見えてくる。国防大学で議論した人民解放軍将校たちの朝鮮戦争に対する理解もこの歴史観の線上にある。ちなみに「抗美」の美はアメリカ(美国)であり、「援朝」の「朝」は(北)朝鮮である。



共青団、中国社会科学院共催HP「抗美援朝紀念館」

   当該サイトには、「抗美援朝戦争は中華人民共和国政府が朝鮮民主主義人民共和国政府の要請を受けて、米国をはじめとする国連軍の朝鮮民主主義人民共和国への侵犯を粉砕することによって中国の安全を守るため、1950年6月から1953年7月までの間、志願軍を派遣して朝鮮で実施した正義の戦争」であり、「3年と32日間の戦争が終わり、中朝連合軍は米軍39万人を含む100万人余の敵を殲滅し、12200余機の敵航空機、敵艦艇257隻を撃滅し無数の敵の戦闘物資を破壊し、中国による米国に対抗し朝鮮を助ける運動は勝利のうちに終了した」7と記述されている。ここで言う「敵」とはいわゆる「国連軍」のことである。



国際連合から見た朝鮮戦争
   現在の国際社会で広く認識されている朝鮮戦争は、中国共産党が中国国内で宣伝しているものとは全く異なる。


   1950年(昭和25年)6月25日に、北朝鮮が38度線を越えて韓国に侵攻したことから始まったこの戦争は、1953年(昭和28年)7月27日に休戦協定8が結ばれるまでの約3年にわたり朝鮮半島全土で激しい戦闘が行われた。


   当時の国連は、国連憲章に定められた安保理における決議により、北朝鮮による韓国への侵略を非難し(第82号)、国際社会が韓国を支援し(第83号)、韓国を防衛するために部隊を派遣し(第84号)、統一司令部を設けて(第85号)、国連旗の下に国連軍9として戦うことを認めた。
   また、1951年(昭和26年)2月1日の国連総会は、中華人民共和国を侵略者とする決議(第498号(v))10を採択した。


   結ばれた休戦協定の正式名称は“Agreement between the Commander-in-Chief, United Nations Command, on the one hand, and the Supreme Commander of the Korean People's Army and the Commander of the Chinese People's volunteers, on the other hand, concerning a military armistice in Korea(国連軍司令官を一方とし、朝鮮人民軍最高司令官及び中国人民志願軍司令官をもう一方とする朝鮮における軍事休戦協定)”である。


   後世の人がこの協定の名称を見れば、朝鮮戦争とは国連が北朝鮮・中国同盟軍と戦った歴史であり、中華人民共和国が国連による国際秩序形成後に国連に敵対した数少ない国の一つであったと認識することは不思議なことではない。

今日の国際社会と中国
   もちろん、今日の中華人民共和国は常任理事国として国連における大きな責任を有している。また今年5月に中国政府が発表した「中国の軍事戦略」11 においても「国際責任と義務を履行し、国連の平和維持活動に参与し、安保理の授権を履行し、紛争の平和的解決に尽力する」と明記されている。かつて国連旗に弓を引いた侵略国であったことを理由に今日の貢献を否定する権利は誰にもない。また、本稿は中国国内の歴史に対する評価や国内における教育の是非について議論する場でもない。

   しかし、中国国防大学における人民解放軍将校たちと議論を交わして以降、筆者は度々人民解放軍将兵と朝鮮戦争等に関する議論を試みてきたが、いずれにおいても創設以来一貫して支持しているとする国連と、その国連を敵として撃破したとする彼らの主張にパラレル・ワールドを見るような違和感を覚えざるを得なかった。



現在進行中の朝鮮戦争
   朝鮮戦争では我が国国内に国連軍司令部が置かれ、我が国は国連軍への基地等の役務提供、朝鮮半島周辺における掃海活動12 、海上輸送13などの後方支援を実施した。そこでは尊い命も失われている。しかし今日では多くの日本人にとって朝鮮戦争は我が国が独立を回復する前に生起し、終了した。今では歴史に属する事実であると理解されている。


   しかし、国際法上では朝鮮戦争は未だに終結してはおらず単なる休戦の状態にあるとされている。そしてこの休戦状態は、国連軍と北朝鮮軍及び中国軍との間で結ばれた休戦協定によって維持されている。この状態を維持して戦争の再発に備えるために今もなお朝鮮半島には安保理決議を根拠とする国連軍が存在している。そうした意味で朝鮮戦争は歴史であると同時に現在進行形でもあり、休戦協定は東アジアの安全保障情勢を形成する重要な国際約束の一つである。



独立回復以来国連中心主義を貫く日本
   我が国の国連中心主義は戦後一貫した方針であり、国内向けにも国外向けにもこの方針にズレはない。サンフランシスコ講和会議において、「(国連)憲章そのものの言葉の中に新日本の理想と決意の結晶が発見される」14と吉田総理が述べ、昭和32年(1957年)2月に岸内閣が「国防の基本方針」の中で「国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する」と明示した国連中心主義は、平成25年(2013年)12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」においても「国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、国際社会の平和と安定のため、積極的な役割を果たしていく」として継承されている。


   方針は具体的行動を伴っている。昭和31年(1956年)12月に国連に加盟した日本は翌32年(1957年)には安保理非常任理事国に選任された。また当時、レバノンにおける国連監視団の拡充強化に対する日本の努力が高く評価される15等、加盟早々から国連を中心とする安全保障メカニズムへの我が国の貢献は、平成4年(1992年)に始まり今なお続くPKOへの参加16につながっている。


   朝鮮戦争及び国連軍に対する我が国の立場も一貫しており変化はない。独立回復前より国連軍に対する協力を実施していた我が国は、独立回復後あらためて国連軍地位協定17を締結した。この国際約束に基づいて現在に至るまで我が国には7つの国連軍基地がおかれ、24時間365日、国連旗が翻り、米国のみならず豪州、カナダ、フランス、ニュージーランド、タイ、トルコ、フィリピン及び英国から司令部要員が派遣されている18。一方、我が国はこの協定に基づいて国連軍に対する基地及び役務等様々な便宜を提供している。換言すれば、我が国は独立回復前から一貫して国連軍に対する貢献をしているとも言える。



まとめに代えて
   筆者は北京在勤中に中国人や武官団のメンバーと朝鮮戦争と国連軍との関係についても議論する機会があった。日本に国連軍の存在を示す国連旗が翻っていることを知る中国人は人民解放軍将校を含めてほとんどいなかった。国連軍派遣国を除く多くの国の武官も日本が半世紀以上にわたり国際約束を忠実に履行し国連軍基地を受け入れていることを知らなかった。


   まもなく朝鮮戦争開戦から65回目の6月25日を迎える。
   独立回復前・加盟以前から一途に国連中心主義を貫く日本の努力について、もう少し丁寧に国内外に説明する時期に来ているのではないだろうか。


(幹部学校 山本 勝也) 

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1中国外交部HP「王毅:中国是当代国际秩序的参与者、维护者和改革者(中国は現代国際秩序の参画者であり、平和維持者であり改革者である)」
   http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t1240005.shtml、2015年6月2日アクセス。
2 中国外交部HP「王毅:《联合国宪章》仍具有重要的现实意义(国連憲章は重要な現実的意義を具備している)」http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/zyxw_602251/t1239910.shtml、2015年6月2日アクセス。
3中国军网「中国蓝盔维护世界(中国のブルーヘルメットが世界を守る)」
http://tv.81.cn/2015/zhgjdcjlhgwhxd25zhnzht.htm、2015年6月2日アクセス。
4サンフランシスコ講和条約などでは、連合国をAllied Nationsと呼称している。
5コラム007「人民解放軍国防大学への留学」参照。
6中国共産党青年団、中国社会科学院主宰HP「抗美援朝紀念館」http://kmyc.china5000.cn/、2015年6月1日アクセス。
7抗美援朝戦争の概要http://kmyc.china5000.cn/jj/t20051021_37402.htm、2015年6月1日アクセス。
8朝鮮戦争休戦協定(NARA:米国国立公文書記録管理局主宰のサイト)
http://www.ourdocuments.gov/doc.php?flash=true&doc=85&page=transcript、2015年6月2日アクセス。
9 国連軍(在韓米軍)HP 「United Nations Command」
http://www.usfk.mil/usfk/content.united.nations.command.68、2015年6月2日アクセス。
10国連総会決議第498号「(一部略)中華人民共和国中央人民政府は、朝鮮においてすでに侵略を行いつつあるものに直接の援助及び助力を与えていることにより、また同地にある国連軍に対する敵対行動に従事していることにより、自ら朝鮮において侵略行動に従事している」http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/RES/498(V)、2015年6月1日アクセス。
11中国国防部HP「中国的军事战略(中国の軍事戦略)
http://www.mod.gov.cn/auth/2015-05/26/content_4586723.htm、2015年5月26日アクセス。
12朝鮮戦争における日本の掃海活動については、大久保武雄著『海鳴りの日々』(海洋問題研究会、1978 年)に詳しい。
13朝鮮戦争における日本の海上輸送支援については、石丸安蔵「朝鮮戦争と日本の関わり-忘れ去られた海上輸送」(『戦史研究年報』第11号、2008年3月)に詳しい。
14 東京大学田中明彦研究室「サンフランシスコ平和会議における吉田茂総理大臣の受諾演説」http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19510907.S1J.html, 2015年6月4日アクセス。
15五百旗頭真編『戦後日本外交史(第3版補訂版)』2014年、有斐閣、86-87頁。一方、国連は国連監視団への自衛官の派遣を要請したが、当時の日本政府はこの要請を断ったという歴史もある。
16我が国のPKOへのこれまでの参加の概要は内閣府HP
(http://www.pko.go.jp/pko_j/result/years.html)で確認することができる。
17東京大学田中明彦研究室「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19540219.T1J.html、2015年6月1日アクセス。
我が国と国連軍との関係については、冨澤暉「日韓関係と国連軍地位協定-朝鮮半島における国連軍(多国籍軍)の存在意義とわが国の対応」(『安全保障を考える』第720号、安全保障懇話会、2015年5月1日)に詳しい。
18国連軍(在韓米軍)HP「United Nations Command-Rear Fact Sheet」によれば、座間、横田、横須賀、佐世保、嘉手納、ホワイトビーチ及び普天間がそれぞれ国連軍基地として指定されている。
http://www.usfk.mil/usfk/Uploads/210/UNC-R_Trifold_Final_18_Sep_2014.pdf、2015年6月2日アクセス。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。