海上自衛隊幹部学校

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 戦略研究会

 防衛駐在官の見た中国(その13)
-海上民兵と中国の漁民-


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(コラム056 2014/12/08)

 

   このコラムは、筆者が在中国日本国大使館防衛駐在官として在勤中1に得た雑感をご紹介するものです。読者の皆様が、我が国の防衛・安全保障を考える上で、幾ばくかの参考となれば幸いです。

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はじめに

   最近、小笠原、伊豆諸島周辺にサンゴを求めて大量に押し寄せてくる中国漁船に関する話題を見聞きしていると、日本人の多くが中国の海上民兵について誤解しているのではないかと思えてくる。そこで今回はあらためて中国の海上民兵について筆者の見立てを述べてみたい。

   海上民兵という単語が独り歩きし、あたかも彼らが、中東情勢の文脈で出てくるような、宗教団体や政治団体等の「民兵」と同様に非政府組織の武装グループとみている人がいる。或いは一般の将兵を超える特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画「ランボー」に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が「漁民を装って」潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリーを思い描いている人もいるようだ。

   しかし実際の海上民兵はそのようなものではない。端的に言えば、海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたちである。「海上民兵が漁民を装う」というのは大きな誤解であり、漁船に乗った「海上民兵は漁民そのもの」である。さらに付け加えると、海上民兵はれっきとした中華人民共和国の正規軍人であり素性の怪しい戦闘集団というのも大きな間違いである。

海上民兵は中国の正規軍

   海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称である。中国における民兵の位置づけは、中国の官製ネット等を通じて概要を把握することができる。
   中国の国防や兵役に関する法律では、「中国の武装力量は、中国人民解放軍現役部隊及び予備役部隊 2、人民武装警察部隊、民兵組織からなる」3とされている。「武装力量」の英訳はarmed forcesであり、国際法におけるarmed force(s)の日本語訳は「軍隊」である 4。民兵は人民解放軍や武装警察と同様に「中国軍」の一部として、中国における軍事の最高意思決定機関である中央軍事委員会のコントロールの下に活動する。換言すれば民兵としての行為(公務)は中国という国家の行為と同視しうる。

   民兵が人民解放軍と大きく異なる点は、組織の構成員が現役将兵であるか否かである。兵役法には、「民兵は生産活動から離れることのできない民衆の武装組織であり、人民解放軍の助手的後備兵力である」5 と記述されている。端的に言うと普段は他に職業を有し、必要に応じて軍人として活動するいわゆる「パートタイム将兵」である。24時間、365日軍人として訓練し任務に従事している人民解放軍現役部隊の将兵とはこの点が異なっている。

   民兵組織は、村や町といった自治体、民族、又は企業を単位として設けられている。またその構成員たる民兵は、主として人民解放軍現役部隊に所属していない28歳から35歳の男性市民(一部必要に応じて女性市民を含む)であり、彼らの任務は、「①社会主義近代化建設に積極的に参加し、先頭に立って生産と任務を完遂する。②戦備勤務6を担任し、辺境を防衛し、社会治安を維持する。③随時に軍に参加し戦争に参加し、侵略に抵抗し、祖国を防衛する」7こととされている。

   海上民兵と呼ばれる民兵組織の多くは、漁民や離島住民のほか、海運業者、港湾等海事関係者により組織されており、一般的に、平素の職業に応じた任務が付与されているようである。たとえば沿岸・近海部で活動する商船や貨物船は前線に展開する海軍艦艇等への補給物資の輸送支援、地方政府海事局等は沿岸部における法執行活動支援、離島の住民等には島嶼部における警戒・監視支援といった類である。民兵のこのような活動は、国防部のHP8や「解放軍報」9 、CCTV-710を通じてかなり頻繁に報じられている。

   漁民の場合、自らの漁船を使って沿岸部に停泊中の海軍艦艇や陸軍部隊輸送船団へ食糧、弾薬、燃料等を輸送するといったことが多いようである。時には武器の操作やいわゆる戦闘訓練等も行われている。
   在勤中に筆者は中国版海兵隊と言われる海軍陸戦隊や特殊部隊を含む現役部隊を訪問する機会11があった。一方、民兵の多くは人民解放軍現役部隊を退役して帰郷した予備役将兵である。民兵も中国軍の一部である以上、その実力を過小評価するべきではないものの、最強・最精鋭を自負している海軍陸戦隊や特殊部隊将兵はもちろん、日々訓練に明け暮れている現役部隊将兵と比べれば、その戦闘能力12を現役部隊以上と見るのは合理的とは言えない。

   民兵が民兵として、つまり軍隊として行動する場合、国際法に則り、定められた軍服(階級章などに「民兵(MingBing)」を示す「MB」が付加されているほか人民解放軍現役部隊に類似)等所要の標章を着用 13して活動する。
   戦闘員である民兵が「自己と文民たる住民とを区別する義務を負う」14 ことは中国を含む国際社会の約束である。
   仮に、人民解放軍現役部隊の将兵や民兵が、戦闘員としての身分を明らかにせず、「一般の(民兵として活動していない、非戦闘員である)漁民」に紛れ込んだり、一般の漁民を盾にして活動することがあるとすれば、中国は国際社会から強い批判を浴びることになるだろう。

中国政府の手に負えない中国漁民?

   海上民兵の実態を理解した上で見落としてはならないことがある。確かに漁船に乗って活動する海上民兵は、中国の一般的な漁民そのものである。ただし、ここで誤解してはならないのが、漁民といっても彼らは我々の身近な漁師さんたち日本の漁業従事者のイメージとは程遠いということである。人間はややもすると自分達の常識や尺度・価値観に基づいて異なる社会を捉えがちである。しかしそれは大きな誤解を招く元である。

   筆者は在勤中、海南省、福建省、遼寧省、山東省はじめ中国の沿岸部を訪ねた際、漁船や漁民と間近に接する機会があった。目にするモノのみが真実というわけではないが、どの地方の漁民もそれほど大きな差異はなく、また彼ら自身も一般的、平均的な地方の中国人と何ら違いはなかった。ここで譬える平均的な地方の中国人とは、平均的な日本人とは異なる社会常識や価値観を持つ人々のことである。

   中国国内、特に都市化の進んでいない地域では、中国自身が「最大の発展途上国」と認めるように、衣食住が足りて法と秩序に安穏とした生活には程遠い地域が多い。そのため生活や権利が脅かされたと感じた場合、彼らのパワー(人数や装備)が地方政府や警察等のパワーを上回ったと見るや、彼らは躊躇することなく、公権力に抵抗し、それらを圧倒することが時折起きる。その際、彼らが手にする武器も我々が想像するものとはやや異なっている。「水滸伝」や「三国志演義」に出てくるような刃物を振り回したり、手の届く距離の相手の顔面に向けレンガを投げつけるような激しく派手な喧嘩が、北京を含む大都市ですら、ごく自然に周囲を気にすることなく起きている。筆者も幾度か目にしたことがある。

   中国漁民の多くにとって、海洋は何者からも邪魔されない生活の全てである。海上に引かれた観念上、概念上の線や区画など彼らの目には映らない。ましてや他国の領海や排他的経済水域、漁業規制などは他人事である。官憲による厳格な取締り、或いは自分たちと異なる集団によって物理的に操業ができない限り、自由に操業する権利があるものと信じている。国内の取り決めや国際約束を順守し法と秩序に基づく生活が長期的な繁栄につながると考える人々とは異なる考えの持ち主である。中国政府等の漁民に対する認識も筆者のそれと大きく離れていないようである。

   平成24年(2012年)12月12日に韓国の排他的経済水域において韓国海洋警察による法執行活動に対し、違法操業中の中国漁民が抵抗して韓国海洋警察官を刺殺する事件が起きた。当時、中国国内では「環球時報」15が社説で次のように報じた。

   「中国は世界最大の漁民グループを有し、海岸線も長く、人口も世界一である。しかし、中国近海の漁業資源は枯渇し、近年の操業エリアは公海へと拡大している。漁民は漁具を購入するための元手を回収しなければならない。漁民に漁業規律を厳格に守らせることは中国近海といえども難しく、中国政府が宣伝教育により彼らに黄海上の中韓漁業協定を厳格に順守させることは容易なことではない。漁民はコストを回収し利益を上げるために様々なことを考えており、考慮の中には漁民自身による身の安全も含まれている。
   (中略)中国人は一般的に韓国人よりも貧しく、中国人の教育レベルは韓国人ほど高くない。中国の漁民に外交官のような品の良さを求めることは現実的ではない」 16

   この社説の趣旨は、「中国の漁民は中国政府や党ですら手に負えないのだから、韓国政府は彼らの違法操業くらい大目に見るべき」ということなのであろうか。

   このような中国漁民の現状を踏まえると、中央軍事委員会のコントロールの下に国家の意思に基づき活動する海上民兵よりも、私利私欲で動いている自由気儘な中国漁民こそ、国際公共財(グローバルコモンズ)である海洋にとって最も懸念すべき存在であるとも言える。

まとめ

   中国の漁民を法と秩序に従わせてコントロールするためには、彼らが抵抗できないような強力な強制力やペナルティ、もしくは彼らが負うリスクやコストを補償する措置が必要17である。

   中国における民兵制度は自由気儘、傍若無人な中国漁民をコントロールできる数少ない強制手段であるのかもしれない。民兵に課せられた任務の第一は、「社会主義近代化建設」と「生産」であるとされている。法と秩序、持続可能な発展のための環境保全や開発、海を愛する船乗りとしての共通のシーマンシップ等の重要性を、海上民兵たる漁民等に対して総参謀部や中国海軍がしっかりと教育・訓練することができるのであれば、それは彼らに秩序ある漁業活動を求めるための近道であり、民兵の任務を完遂するための最適手段と言えるのではないだろうか。

   我が国をはじめとする周辺諸国は、中国の海上民兵を得体の知れない怪しい存在として懸念の眼差しで見てきた。中国が手に負えないなどと匙を投げずに、彼らをしっかりコントロールすることによって周辺諸国の海上民兵に対する視線も変化するかもしれない。荒くれ者ではあっても、根っ子は我々同様に海を舞台に海で生活する、海を愛する民であることに期待したい。

(自衛艦隊司令部 山本 勝也)

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1 2008年(平成20年)5月から2011年(平成23年)7月まで勤務。
2 人民解放軍予備役部隊や武装警察部隊については、別の機会に紹介したい。
3 中華人民共和国国防法第22条、
  中国国防部HP(www.mod.gov.cn/polivy/2009-07/14/content_3100997.html)参照。
4 「国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第1追加議定書)」第87条第1項
5 中華人民共和国兵役法第36条、
  中国国防部HP(www.mod.gov.cn/policy/2009-07/14/content_3101008.html)参照。
6 戦備勤務:日本語の後方支援、ロジスティックと意味合いに近い。
7 中華人民共和国兵役法第36条
8 中国国防部HPには、民兵のページ(http://news.mod.gov.cn/militia/index/htm)がある。そのほか、
  国家国防動員委員会のHP「中国国防動員網(http://www.gfdy.gov.cn/)」も民兵等の動向を紹介し
  ている。
9 解放軍報:中央軍事委員会の機関紙的日刊紙。総政治部の下部組織である「解放軍報社」が発行
  している。記者の多くは現役軍人である。最近粛清された徐才厚(XU CaiHou)前中央軍事委員会
  副主席も総政治部主任助理当時に社長を兼務していたことがある。
  インターネット版(http://www.chinamil.com.cn)。
10 CCTV-7(中国中央電視台第7チャンネル):中国中央テレビの軍事・農業チャンネル。総政治部の
  指導下にある解放軍電視宣伝中心(解放軍テレビ宣伝センター)において軍事関連番組を制作・
  放送している。記者やアナウンサーの多くは現役軍人である。
11 海軍陸戦隊や特殊部隊については別の機会に紹介したい。
12 もし、現役部隊である特殊部隊や海軍陸戦隊に勝る特殊な戦闘能力を有する海上民兵が存在す
  るとすれば、現役部隊の彼らのプライドがそれを許さないだろう。
13 現役将兵と異なる標章を付けることは、民兵が現役部隊と異なる組織(前線の戦闘ではなく後方の
  支援を主とする)であることを対外的に示す証の一つと言えよう。
  「三沙海上民兵部隊が創設」(中国網日本語版、
  http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2013-07/23/content_29505046.htm)に軍服を着用した民
  兵が確認できる。平成26年12月1日アクセス。
14 「国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第1追加議定書)」第44条第3項
15 環球時報は、中国共産党機関紙「人民日報」の下部組織である「環球時報社」が発行する日刊紙。
16 環球時報2012年12月14日社説
  (http://opinion.huanqiu.com/1152/2011-12/2262389.html)平成26年11月19日アクセス。
17 換言すれば、彼らが統制されたような行動をしている場合は、逆らうことのできないある種の強制
  力が働いているか、又は彼らの自由な操業を断念するに足りる何らかの見返りが保証されてとみ
  ることが妥当である。


 本コラムに示された見解は、研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。