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 戦略研究会

   米国防省、「北極戦略」を公表

(トピックス069 2019/06/14)

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 図1:国防省北極戦略表紙
 
 (出所:米国防省ホームページ)

   米国防省は6月6日、新北極戦略(Department of Defense Arctic Strategy)を公表した1。この報告書は2018年7月に成立した国防授権法において、6月までに報告することを義務付けられたものであり、2016年版の改定にあたる。 同法“SEC. 1071. Report on an Updated Arctic Strategy.”では、国防長官に対し2019年6月1日までに、北極域における敵対的行為、意図を含んだ脅威及び安全保障上の挑戦、各軍種への役割・任務等を盛り込むことが求められていた2
   公表された報告書は秘密指定が無い部分のみであり、秘密区分のある別紙は非公開である3
   本報告書で最も注目すべきは、報道で指摘されているように、脅威の対象としてロシア、中国が大きく取り上げられている事と気候変動(Climate Change)への言及がなされていない事である4
   報告書中「ロシア(Russia)」という単語は25回、「中国(China、Chinese)」という単語は19回登場する一方、「気候変動(Climate Change)」という用語は一度も使用されていない。2016年版では、それぞれ、ロシア24回、中国1回、気候変動4回であった。もともと、ロシアは元来北極圏に存在する大国であり、広大なEEZを含む権益を有する上、近年の温暖化で北極海航路(the Northern Sea Route : NSR)の活用が進んでいる。そのため、北極に関する戦略文書では触れざるを得ず、単語出現頻度に大差は無いものと考えられる。
   「気候変動」に関しては、直接用語を使用することは避けているが、内容的には海氷面積や雪原の縮小、気温の上昇傾向等が環境分析で論述されている5。やはり北極問題を議論するには温暖化による影響は論述せざるを得ないが、政権のスタンスにも考慮した結果であろう6

   2019年版では本文冒頭から「本報告書は戦略的競争時代における北極域の戦略を明示するものである。2017年公表の国家安全保障戦略(National Security Strategy : NSS)、2018年公表の国家防衛戦略(National Defense Strategy : NDS)で焦点とされた、米国の長期的な安全保障及び繁栄のための中国・ロシアとの競争」と中露に対する警戒心を露わにしている。
   一方、2016年版では、「北極域における安全保障確保のため、国防省は同盟国、友好国との協調を継続し続ける」と述べ、本文でも国家間協力が前面に出されていたのと対照的である7
   中露への警戒を露わにしているが、特に中国の北極進出に対しては、厳しい態度が見える。安全保障環境分析の中で、例えば砕氷船を使用しての科学調査等、シビリアンによる研究活動に対しても「将来の潜水艦の展開可能性を含んだ軍事的プレゼンスの強化に資するもの」と警鐘を鳴らしている8。また、2018年に公表された「北極政策白書」(China's Arctic Policy)において一帯一路政策と結び付けられた点や、経済進出、科学調査を通じた北欧諸国との連携等を指摘した上で、経済力を梃に、北極のガヴァナンス関与強化に努めていると述べている。この項目の文末は「中国は自身を「近北極圏国」と名乗っているが、米国はそのようなステータスは認めない」と明確に反論している9

   本文でも述べられたとおり、トランプ政権としてはNSS、NDS公表以降、明示的に中国への警戒を示しており、本年5月2日公表の「中国の軍事・安全保障に関する年次報告書」では、“Special Topic: China in The Arctic”という項目を設定し、中国の北極進出問題も特別な問題として分析していた10

   暑くなる北極ではあるが、中露と米国の間は寒冷化の傾向にあると言えよう。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 戦略研究室 石原敬浩)

(本トピック・コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省、海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

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1 Andrew Freedman,“New U.S. Arctic strategy omits climate change, takes aim at China, Russia,” Axios, June 7, 2019, www.axios.com/us-arctic-strategy-climate-change-russia-china-905b0a49-9669-412a-ab9e-836a43459e35.html.
2 John S. McCain National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019.
3 U.S. Department of Defense, Report to Congress Department of Defense Arctic Strategy, Office of the Under Secretary of Defense for Policy, June 2019, p.1.
4 Freedman, “New U.S. Arctic strategy omits climate change, takes aim at China, Russia,”.;Malte Humpert, “A new U.S. Defense Department Arctic Strategy sees growing uncertainty and tension in the region, The new document emphasizes competition from Russia and China — and doesn't mention climate change.” Arctic Today, June 7, 2019.
5 DOD, Report to Congress Department of Defense Arctic Strategy, p.3.
6 Ibid.
7 U.S. Department of Defense, Report to Congress on Strategy to Protect United States National Security Interests in the Arctic Region, OUSD (Policy), December 2016, p.2.
8 DOD, “Report to Congress Department of Defense Arctic Strategy,” p.4.
9 Ibid., pp.4-5. 原文は“Despite China’s claim of being a“Near Arctic State,” the United States does not recognize any such status.”
10 US DOD, Office of the Secretary of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2019, 2019 May 02, p.114.