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 戦略研究会

 対中軍事危機管理(信頼醸成)メカニズムの現状 ―日米の視点から―(その1)

(トピックス039 2016/07/11)

   中国の軍艦や軍用機による自衛隊艦艇、航空機に対する異常接近などの危険行為は2013年~2014年のピーク時と比較するとここのところ確実に減少していたが、2016年6月中旬の中国情報収集艦による口永良部島領海通過を端緒としたかのごとく、中国に対するスクランブル(緊急発進)の急増が明らかになる1とともに、中国の挑発が海空で歩調を合わせていると報じられる2など、俄かに緊張が高まっている。米中間も、中国の南シナ海での人工島埋め立て、軍事基地化などを巡り緊張が高まっている。
   その一方で、中国は、わが国との間で長らく協議が中断していた海上連絡メカニズムを2015年1月に再開し、また米国とは軍事関係を改善、増進すべく二つのMoU(Memorandum of Understanding: 覚書)を策定するなど、信頼醸成のための努力を払ってきているのも事実である。しかしながら、日中の「海空連絡メカニズム」は2015年6月頃には間もなく合意と言われながらいまだに実現に至っておらず、2016年6月末現在、駐日中国大使館は、遅れの原因を日本側に押し付けるなど先行きが見通せない状況である。
   そこで、本トピックスでは、2回に分けて、中国が日本や米国と進めている危機管理メカニズム、言い換えれば信頼醸成メカニズムの経緯と現状を整理し、現在協議が再び難航している日中「海空連絡メカニズム」への含意を探ることとする3

1 日中海空連絡メカニズムの経緯と現状

(1) 日中間での事故防止協議発足の経緯

   2007年4月に中国の温家宝総理が来日し、安倍総理(第1次政権時)との首脳会談において「戦略的互恵関係」の構築のための具体的な協力を行うことが決定され、防衛交流の内容としては、両国の防衛当局間の連絡メカニズムを整備し、海上における不測の事態の発生を防止することが盛り込まれた4

   上記を受け、2008年4月、日中防衛当局間の連絡メカニズム設置のための第1回共同作業グループ(課長級)が北京にて開催され、以後の共同作業グループ協議は第2回目が2010年7月に東京で、第3回目が2012年6月に北京で実施され5 、相互理解及び相互信頼を増進し、防衛協力を強化するとともに、海空域における不測の事態が、軍事衝突あるいは政治問題に発展することを防止するのを目的として、①定期会合の開催、②ホットラインの設置、③艦艇・航空機間の直接通信、で構成することで合意した6

(2) 協議の長期中断

   しかし、2010年9月の尖閣諸島周辺の領海に侵入した中国漁船によるわが国海上保安庁巡視船に対する衝突事件や、2012年9月のわが国政府による尖閣諸島3島購入による所有権獲得後、日中関係が極度に悪化し、中国各地で大規模な反日デモが起こるとともに、防衛交流や上記連絡メカニズムの協議が停滞することとなった。その後、2013年1月には中国艦艇による海自護衛艦などに対する火器管制レーダー照射事案、同年11月の中国による独自の主張に基づく「東シナ海防空識別区」の設定、2014年5月及び6月の中国戦闘機による自衛隊機への異常な接近などが生起した7

   わが国は、不測事態の発生を回避・防止する海上連絡メカニズムなどの必要性が以前にもまして高まっている情勢を踏まえ、早期運用開始を目指し中国側に働きかけてきたところ、2014年9月の高級事務レベル協議で早期運用開始に向け協議を再開することを合意し、同年11月、3年ぶりに行われた日中首脳会談においても、メカニズムの早期運用開始に向けて事務レベル協議を継続していくことで一致した8

(3) 協議の再開

   前述の首脳会談での合意を受け、2015年1月に東京で再開された日中防衛当局間の第4回共同作業グループ協議では、メカニズムが海上だけでなく空域も対象としていることを明確にするため9、名称を「海空連絡メカニズム」とする方向で調整することに合意したほか、同メカニズムの関連内容及び技術的問題などを議論し、一定の共通認識に達した。加えて双方は、同協議を踏まえ所要の調整をした上で、同メカニズムの早期運用開始に努めることに合意した10

   2015年6月、北京で開催された第5回共同作業グループ協議の結果について、①現場の部隊間通信は事前に決めた周波数の無線を使い英語を用いる、②防衛当局幹部が意思疎通をするため、日本の海上幕僚長と航空幕僚長が中国の海空軍のトップと連絡をとれるホットラインを設置する、③日中の海洋安全保障政策を話し合う局長級か次長級の年次会合と、通信面の改善点などを協議する課長級の専門会合を設けること、が報じられた。併せて、メディアの大半はメカニズムの対象範囲として、日中双方の領海・領空には適用しないことと、双方の国防当局の次官級協議を経て早ければ7月にも運用開始となる見込みという楽観的な内容を報じた11が、対象範囲を巡って日中双方の主張の食い違い(尖閣諸島の領有権を強く主張する中国側が領空・領海侵犯の場合の対応も含めるよう主張したのに対し、日本側が「偶発的な衝突を避けるためのメカニズムの範囲を超える」と難色を示した)が存在することを報じるメディア(毎日新聞)も存在した12。すなわち、早期合意が楽観視できる根拠は、実際には必ずしも多いとは言えない状況であったといえよう。

(4) 協議の停滞

   早ければ2015年7月にも運用開始と報じられた「海空連絡メカニズム」であったが、その後の進展を伝える情報はきわめて少ない。わずかに、同月末の「平成27年版 防衛白書」の発刊に併せて実施された防衛大臣の記者会見において、中国に対する脅威認識を問われた際に、白書の記述に至った経緯とともに、「…海空連絡メカニズムの早期運用開始をはじめとして、…記述を致しております。」と大臣が回答した13事実から、発刊の時点で協議が終結していなかったことは明らかである。

   また、読売新聞は、尖閣国有化から3年を迎えた2015年9月11日に特集記事を組んだが、その中で安倍総理が今秋のうちに実現を模索する習近平国家主席との3回目の首脳会談において「先に合意した日中防衛当局間の緊急連絡体制「海上連絡メカニズム」の具現化も議題になる見通しだ14。」と記述しており、協議が完結していないことが分かる。

   前述の2つの記事は合意にまだ至っていないことを示唆するものであったが、10月の初めに交渉が暗礁に乗り上げているとする決定的な記事が読売新聞とChicago Tribune紙に掲載された。記事によると、政府関係者からの情報として、メカニズムの対象範囲に領海・領空を含めないとした日本側の提案に中国側が応じていないという。日本政府は「領海・領空を適用範囲としてしまうと、『中国軍艦や中国軍機が尖閣諸島周辺に侵入しても、日本に連絡しさえすればよい』という誤ったメッセージを与える」とみて協議は足踏み状態となり、次回の協議見込みも立っていないという15。冷戦時代の米ソINCSEA(Incidents at Sea Agreement:海上事故防止協定)、冷戦後の日ロINCSEAとも領海・領空を対象範囲に含んでおらず、わが国政府の主張は妥当なものであるといえよう。

   その後、2015年11月、韓国のソウルで行われた安倍総理と李克強総理との首脳会談や、同年12月、中国のアモイで行われた日中高級事務レベル海洋協議第4回会議で海空連絡メカニズムの早期運用開始のために協議を継続することで意見の一致を見た 16が、これは逆に具体的な進展が見られていないことの裏返しであろう。

   2016年6月末、駐日中国大使館は、定例記者会見で「海空連絡メカニズム」について、「南シナ海問題で(日本が)根拠のない攻撃を繰り広げていることが悪影響を与えている」として、運用開始の目途が立たないのは日本側に責任があるとの認識を示した17。これは、G7外相会合やG7伊勢志摩サミットで東シナ海及び南シナ海情勢が討議され、法による支配や力による現状変更反対などで合意し、また6月のアジア安全保障会議(シャングリラ会合)ではフランスの国防相が南シナ海での「航行の自由作戦」へEUからの艦艇派遣を提案するなど、中国に対する包囲網が狭まった中での中国の焦りを示唆する発言ではないかと推測される。

(幹部学校防衛戦略教育研究部 平賀健一) 

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(その2)
2 米中の海上における危機管理(信頼醸成)メカニズムの経緯と現状
   (1) 首脳間のホットライン(別名:核ホットライン)
   (2) 軍事海洋協議協定(Military Maritime Consultative Agreement: MMCA)の締結
   (3) 米中INCSEA導入を巡る議論
   (4) 軍事ホットライン(Defense Telephone Link: DTL)の導入
   (5) CUESの策定
   (6) 2つの米中軍事信頼醸成措置(Military Confidence Building Measures)
3 まとめ(日中海空連絡メカニズムへの含意)

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1「対中国軍機の緊急発進増加=統幕長が異例の言及」『時事通信社』2016年6月30日、18:03、政治。
2「中国挑発 海空で歩調 緊急発進増加 日米連携で抑止へ」『読売新聞』2016年7月1日。
3コラム068「海空連絡メカニズムとホットライン」参照
4外務省「温家宝・中華人民共和国国務院総理の来日:日中共同プレス発表」2007年4月11日。
www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0704_kh.html.
5防衛省「ホーム>防衛省の取組み>各国との安全保障対話>アジア>日中>海上連絡メカニズムについて」www.mod.go.jp/j/approach/exchange/nikoku/ajia/china/kaijou_mechanism.html.
6 防衛省「防衛白書 平成27年版」日経印刷、2015年8月、284頁。
7同上。
8同上。
9「「海上」から「海空」に変更 日中連絡メカニズム」『産経新聞』2015年1月14日。
10防衛省「防衛白書 平成27年版」284頁
11「日中防衛当局間 通信要領で合意 「海上連絡メカニズム」」『読売新聞』2015年6月20日。;「日中、通信方式で合意 海空衝突回避 防衛当局間協議」『毎日新聞』2015年6月20日。;「日中防衛連絡 来月にも 海・空、偶発的な衝突防ぐ」『日本経済新聞』2015年6月26日。;「日中衝突回避、来月にも合意=無線波など事前取り決め-防衛次官級が署名へ」『時事通信社』2015年6月26日。
12「日中海空連絡体制 来月上旬合意」『毎日新聞』2015年6月26日。
13 防衛省「中谷防衛大臣会見概要」2015年7月21日。www.mod.go.jp/j/press/kisha/2015/07/21.html.
14「尖閣 やまぬ領海侵入 中国圧力、日米同盟で対抗 国有化3年」『読売新聞』2015年9月11日。
15「日中「海上連絡」暗礁に 偶発の衝突防止 尖閣巡り中国反発」『読売新聞』2015年10月5日。;”Talks on Japan-China maritime liaison mechanism deadlock,” Chicago Tribune, October 5, 2015. www.chicagotribune.com/sns-wp-japan-china-1da1e190-6b63-11e5-9bfe-e59f5e244f92-20151005-story.html. Accessed June 21, 2016.
16外務省「日中首脳会談・外相会談」2015年11月1日、www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/cn/page4_001498.html。;外務省「日中高級事務レベル海洋協議第4回会議(結果)」2015年12月8日、www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_002758.html。
17「運用開始遅れ 日本側に責任 海空連絡メカニズム」『朝日新聞』2016年6月30日。


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。