海上自衛隊幹部学校

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 戦略研究会

 慶應義塾大学で幹部学校教官が講義

(トピックス033 2016/05/10)

   慶應義塾大学の依頼により、2016年度春学期に海上自衛隊幹部学校戦略研究室教官5名が湘南藤沢キャンパス総合政策学部・環境情報学部で「国家と防衛」という授業を展開している。現役海上自衛官が大学においてオムニバス・リレー方式で講義する、という機会は非常に珍しいものであり、ここで簡単に紹介してみたい。

◆ 科目概要

   本講義のシラバスは、科目の概要について以下のとおり示している。

   「日本と世界の国際政治は大きく変容している。特に日本をとりまく東アジアでは、日本海、東シナ海、南シナ海においてそれぞれ緊張が高まっており、防衛政策の見直しが急務となっている。(中略)本講義では、日本及び世界の国々で採用されている防衛政策を比較・分析を行うとともに、従来の陸・空・海に限られていた作戦領域が宇宙やサイバースペースに拡大している現状や、地球温暖化に伴って注目されるようになっている環境安全保障や氷が溶けることで戦略的価値が高まっている北極海の問題、あるいは多様な技術的発展が防衛政策に与えている影響について検討し、平和を維持していくための防衛政策のあり方を講義していくことにしたい。」

   実際の講義の内容については、慶應義塾大学側と何が望まれるのか、何ができるのかというラインで打ち合わせを重ねたうえで、大学側が了解した授業計画(次項で示す。)に沿って行われている。

◆ 授業計画

   授業は14回の講義と1回の試験で構成されており、その概要は以下のとおりである。授業は毎週水曜日の午後に湘南藤沢キャンパスで行われ、1回の授業は90分である。

   第1回 国家と戦争(担当:石原2佐)
   30年戦争後のウェストファリア体制により、主権国家体制が進行したとされている。時代と共に変化した戦争の形態、それに伴う国家の体制変革を述べ、近代国家の発展の陰にある、産業革命、市民革命と徴兵制、といった変化の相互関係を検討する。

   第2回 戦争の領域拡大、性質の変化(担当:石原2佐)
   近代文明の発達により、飛行機、潜水艦、無線を含む電波兵器等が開発され、戦争の領域が拡大してきた。近年では宇宙やサイバー領域への拡大が懸念されている。これらの領域の変化や戦争の性質の変化について検討する。

   第3回 海洋国家発展と戦争(担当:石原2佐)
   A.T.マハンによれば、世界大国発展の陰に、海洋を制する、という命題があるとされている。島国日本が海洋国家と発展するためのヒントとなる、世界的な海洋国家発展と海洋の関係を検討する。

   第4回 政軍関係論-(1)(ハンティントンとジャノヴィッツ)(担当:八木2佐)
   冷戦期間中の典型的な政軍関係理論を紹介し、近代政治の重要項目であるシビリアンコントロールについて、客体的・主体的シビリアンコントロールの適否を検討する。

   第5回 政軍関係論-(2)(ポストモダン・ミリタリー)(担当:八木2佐)
   冷戦後の90年代から21世紀にかけて、脅威の様相や軍隊を取り囲む社会の変化に注目した新たな政軍関係理論の可能性について、特に、モスコスの『ポストモダン・ミリタリー』を中心に検討する。自衛隊のポストモダン化を事例とする。

   第6回 信頼醸成措置(その起源と発展)(担当:八木2佐)
   冷戦後期の軍備管理から派生した「信頼醸成措置」について、その起源と発展を分析し、軍事力を「暴力装置」から「安定装置」に切り替える新たな価値創造の視点から検討する。

   第7回 サイバースペースの防衛(担当:平山1佐)
   サイバースペースは陸、海、空、宇宙に続く第5の作戦領域として、重要さを増しているが、サイバー攻撃もまた深刻な問題になっており、サイバー軍を設置する国も多くなっている。防衛問題としてのサイバーセキュリティの問題を検討する。

   第8回 米国の防衛政策(担当:平山1佐)
   米国の影響力縮小を指摘する声もあるが、防衛費で見れば米国は世界を圧倒する額を使っており、技術的な優位も当面は揺るがない。米国が米国自身の防衛、そして世界の防衛にどのようにかかわっているかを検討する。

   第9回 冷戦期の米ソ海洋軍事戦略と抑止理論(担当:後瀉2佐)
   核兵器は単なる強力な兵器ではなく、人類の存亡に直結する究極的な存在として認識されるに至り、従来の軍事戦略、さらには国際政治の理論的枠組みまでも一変させた。ここでは冷戦期に発展した抑止理論の概要を、米ソの海洋軍事戦略と併せ概観する。

   第10回 シーパワーの現代海洋軍事戦略(担当:後瀉2佐)
   冷戦終結直後における米軍の圧倒的優越から、安全保障環境はテロをはじめとする非国家主体との戦い、中東での安定化作戦そして中国の海洋進出とめまぐるしく変貌してきた。冷戦後から現在にいたる、いわゆる「シーパワー(海洋国家)」とされる日、米、英の海洋領域における軍事戦略の変遷について、兵力投射(power projection)の観点を出発点として検討する。

   第11回 ランドパワーの現代海洋軍事戦略/現代の戦略的課題(担当:後瀉2佐)
   第10回に引き続き、ここでは「ランドパワー」とされる露、中、印の海洋領域における軍事戦略について検討する。中国による南シナ海の現状変更、アクセス阻止・エリア拒否(Anti-Access/Area-Denial: A2/AD)戦略、そして露、印の海洋軍事戦略を概観した上で「軍事力使用のハードル」、「多極世界における核抑止」、「低烈度の紛争/対立の継続」といった現在の安全保障上のトレンドについても言及する。

   第12回 日本の防衛政策とその課題1(終戦から自主防衛力の整備に至る経緯) (担当:中村1佐)
   戦後、新憲法の制定により自衛権をも否定する立場から出発した日本の防衛政策は、その後の冷戦、講和などの情勢の変化を受けて、自主防衛力の整備に転換する。この間の政府の憲法解釈の変化を見ながら、当時の日本の防衛政策の変遷の始まりを検討する。

   第13回 日本の防衛政策とその課題2(冷戦後の防衛政策の変化)(担当:中村1佐)
   冷戦期、専ら日本有事を想定した防衛政策が、冷戦後、国外行動をもその範疇に加え、日米ガイドラインも初めて改定される。そして、そこでは常に憲法9条が問題とされた。この憲法9条という制約の中で変質していく防衛政策について検討する。

   第14回 日本の防衛政策とその課題3(新たな「平和安全法制」の意義と課題) (担当:中村1佐)
   戦後70年間、多様な安全保障環境の変化の中で、歴代政権は「集団的自衛権」の行使を否定してきた。それが、なぜ今限定的ではあるものの行使容認に転じたのか。自衛隊創設から現在に至るまでの日米ガイドラインの改定と防衛政策の変遷の経緯を踏まえて今回の法整備の背景と実像を検討する。

◆ コメント

   率直なところ、上記シラバスに沿った講義にどれほどのニーズがあるのか、そもそもどのような学生が何人集まるのか全く予測もつかなかったが、開講前日の段階では学部生から院生に至る幅広い層から実に700名以上の参加希望があった。このため、当初の50名程度しか入らない普通の教室から、600名収容の大講堂に場所が変更された。第1回講義における実際の参加者はおおよそ400名程度であったと見受けられたが、講義というよりも講演に近い光景に、我々自身が少々驚きを隠せなかった。

第1回講義を担当した石原2佐の名調子のおかげか、その後本講義の履修登録者数は約550名に達しており、多くの学生が関心を抱いてくれている。今後慶応湘南藤沢キャンパスの名物講義、あるいは海上自衛隊の「白熱教室」と呼んでもらえるよう、学生たちと真剣に向き合っていきたいと考えている。



(防衛戦略教育研究部 戦略研究室 後瀉 桂太郎)

 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。