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 戦略研究会

 米国国防省 アジア太平洋海洋安全保障戦略を発表

(トッピクス030 2015/08/27)

 

   2015年8月21日に発表されたアジア太平洋海洋安全保障戦略(Asia-Pacific Maritime Security Strategy)は、アジア太平洋地域における海洋安全保障に関する米国国防省の戦略をまとめたものである。台頭する中国の影響を念頭に、3つの目的(three objectives)、アジア太平洋を取り巻く戦略的背景(strategic context)を踏まえた4つの努力(four lines of effort)を簡潔に表明したのが同戦略の特徴である。
   以下、3つの目的、戦略的背景、4つの努力を抜粋・要約して紹介する。

1 3つの目的
   インド洋から南シナ海、東シナ海を通り、太平洋に至るアジア太平洋地域において、米国は変わることのない経済的及び安全保障上の国益を有しており、特に、海洋の平和と安全保障の維持は重要である。
   そのため、米国国防省は、アジア太平洋地域において、①海洋の自由の保護、②紛争と強制の抑止、③国際法と規範遵守の促進という3つの海洋に係る目的を有する。

2 戦略的背景
   数十年に渡り、アジア太平洋地域は大規模紛争から免れ、各国は海洋の恩恵を受けてきたが、現在、地域の安定への挑戦が生起しつつある。急激な経済的、軍事的近代化が領域係争を潜在的に悪化させる要因となりつつある。米国は競合している領域に関する主権争いについてどちらの立場にも立たないが、全ての係争は、国際法、特に国連海洋法条約に則って、紛争や強制を用いず平和的に解決されるべきである。
(1)領域に関する係争
      南シナ海、東シナ海、インド洋での領域係争が、アジア太平洋地域の海洋というドメインにおけ
   る主たる課題である。
   《注目点①》
   東シナ海に関し、尖閣諸島を中国名と併記せず「Senkaku Islands」と、図及び本文中に記述して
   いる。オバマ大統領の発言を引用し、尖閣諸島を含む日本の全ての領域は、安全保障条約第5
   条の適用範囲であると明記し「我々は、日本の施政権を脅かそうとするいかなる行動にも反対し
   続ける(We will continue to oppose any unilateral action that seeks to undermine Japan’s
   administration.)」としている。

(2)軍と海洋法執行機関の近代化
      2015年時点での東アジア及び東南アジア各国の海軍艦艇数及び海洋法執行機関の船艇数を
   紹介し、中国の数的優位について言及した。
   《注目点②》 海軍艦艇    :中国303隻、日本67隻
                       法執行機関:中国205隻、日本78隻
(3)海洋における挑戦
      他国を威圧するための海洋法執行機関等の非軍事アセット使用の拡大や、不安全な海空での
   航行は地域の安定を損なう潜在的リスクである。また、南シナ海での島嶼の埋め立て(land
   reclamation)も問題の一つである。中国の埋め立て活動は、大きさ、スピード、その係争を悪化さ
   せる特異性から、他国の埋め立ての試みと大きく異なり、中国は地域における物理的現状を変更
   しようとしている。

3 海洋安全保障戦略
   戦略的背景において述べられた課題に対応し、3つの目的を達成するため、国防省は4つの努力に力を傾注する。
   即ち、①海洋領域における米国の軍事的能力の強化②同盟国及びパートナー国家の能力構築支援③リスク低減と透明性確立のための軍事外交の活用④開かれた、かつ、効果的な地域安全保障機構の発展の支援である。
   《注目点③》
     ①に関し、「アジア太平洋地域における前方プレゼンスを向上させるため、最高の能力とアセッ
     ト、人員を同地域に配備する。」とした。
     ②に関し、東アジアにおける日本、インド洋におけるインドの重要性を強調した。
     ③に関し「リスク低減」として中国との二国間の軍事関係の進展に言及した。
     ④ASEANの持つ共同体としての枠組みとWPNS(Western Pacific Naval Symposium)とIONS
     (Indian Ocean Naval Symposium)を重要な機会としている。

4 解 説
   2015年8月に発表された同戦略は、中国の海洋における領土的野心への対抗措置としての位置づけが明確である。アジア太平洋地域における戦略的背景の第一の課題を領域係争と位置付け、中国の現状変更の試みに対する強い警戒感を表している。中国の力による現状変更の試みに、自国の努力、同盟国等との協力、ASEAN等共同体やWPNS、IONS等安全保障対話のチャンネルも用いた国際秩序の維持発展など重層的な取り組みにより対抗していこうとする狙いがあると考えられる。

  この戦略の日本にとっての意義のひとつは、米国国防省が、同文書においても尖閣諸島に関する米国の立場を再確認したことにある。また、いわゆるイスラム国との戦いや、ロシアの不穏な動きがある中で、なおアジアに「最高の能力、アセット、人員を配置する」と明記したことは、米国防省の施策において、アジア太平洋地域の優先度が高いことを改めて示す証左である。
   一方で、国防省の同戦略について、米国の中国に対する姿勢が不十分だとする声もある。米海大のエリクソン(Andrew S. Erickson)は、米国は、明確に中国の九段線に関する主張が国際法に反していると主張すべきであり、リスク低減について述べているのは、中国に対する『関心』を表し、弱腰な印象を与えるとしている1。さらに、周囲の国家に悪影響を与える中国の行動に対し、コストを強いる「摩擦」を作り出すべきだとも述べている2

   いずれにせよ、領域紛争を第1の課題とし、4つの努力を打ち出した今回の国防省の戦略は、米国が現状維持勢力としてアジア太平洋の海洋秩序を維持しようとする上での「焦点」と「努力の方向性」を内外に明示した戦略的コミュニケーションであるとともに、海洋に関する国防省の取り組みのグランドデザインであるといえよう。

(幹部学校 川浪 祐) 

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1Andrew S. Erickson, “New U.S. Security Strategy Doesn’t Go Far Enough on South China Sea,” Wall Street Journal, August 24, 2015.
2Ibid.


 本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。