海上自衛隊幹部学校

交通案内 | リンク | サイトマップ | English

HOME / 戦略研究グループ / トピックス・コラム / 018

 戦略研究グループ

 ジョセフ・ナイの見た尖閣問題

(トピックス018 2013/03/08)



 昨年10月、ヒラリー・クリントン米国務長官(当時)が、超党派の代表団4名を東京と北京に派遣した。その目的は、尖閣問題に関する米国の立場を日中両政府に説明するとともに、本問題に関する日中両国のスタンスを確認することにあったが、この代表団の一員として選ばれたのが、著名な国際政治学者であり、カーター政権では国務次官補、クリントン政権では国防次官補を務めたジョセフ・ナイであった。

 ナイはその経験を基に、The American Interest(2013年春号)誌上にOur Pacific Predicament(我らが平和の海の窮状)と題した一文を寄稿したが、これは米国の政・学界の重鎮であるナイが、尖閣問題について自らの見解を述べると共に、問題解決に向けての提言を示したものである。「米国から見た尖閣」を理解するための一助として、その内容について紹介したい。


1 尖閣問題の歴史的経緯について

 ナイは、日中両国の主張は19世紀後半に遡るが、日中国交正常化交渉において、尖閣は「現状維持」という合意がなされた、しかし、日本政府による国有化を中国側が「現状の破壊」と見なしたことで、中国の船舶が法的立場を主張するために尖閣の領水に侵入するようになったと述べている。ナイは、日本政府の国有化が、石原東京都知事による購入に伴うエスカレーションを予防するためのものであったこと、中国当局が野田首相の現状維持にむけた努力の一環としての国有化という明らかな意図を無視したことを指摘しているが、一方で、中国側が1992年に領海法を制定して尖閣、南沙、西沙諸島を領海と明記し、その支配に向けて積極的に活動してきたことには触れてはいない。訪中したナイらに、中国高官が「日本は右翼軍国主義の時代に入りつつあり、島嶼の購入はカイロ及びポツダム宣言を含めた第二次世界大戦の決着を覆すプロセスを開始するための、日本による意図的な努力であると信じている」と主張したとも述べているが、ナイはこの中国側見解については同意も否定もしていない。


2 東アジアの安全保障環境

(1)日 本

 過去30年、中国が平均7~10%の成長率を達成し、国防支出もこれに応じて急成長した一方で、かつて世界を席巻した日本の経済力は凋落傾向にある。このため、東アジアにおけるパワーバランスが変化しつつあるとナイは指摘している。また、日本は、明治維新及び第二次世界大戦後の復興と、目覚しい自己改革を2度達成した輝かしい歴史を有すると述べているが、一方で第3の改革を日本が成し遂げられるか否かについては悲観的である。

 「日本は再び自らを改革することができるのだろうか?2000年に開催された『21世紀における日本のゴール』に関する総理大臣の諮問委員会は、新たな改革を呼びかけた。2011年の地震と津波は、改革を加速するだろうと考える者もいた。しかし、ほとんど何も起こっていない。経済成長の低下、政治プロセスの弱さ、高齢化、移民受け入れへの抵抗などを考慮すると、変革は容易なことではない。」

 日本が、米国から中国という「勝ち馬」に乗り換える可能性についてもナイは否定的であり、日本は米国の同盟国として留まり、中国からの独立性を維持すると見ている。

 ナイは安倍新政権を評して、右寄りの方向変換であるが、この方向変換を軍国主義と言うのは正しくないと指摘している。一方で、現在の日本が、20年に及ぶ低い経済成長の影響で、内向的で受動的になっていることを問題視している。

(2)中 国

 鄧小平は改革開放路線に舵を切ると共に、「韜光養晦」(姿勢を低く保ち、強くなるまで待つ)の教えを残したが、2008年のリーマンショック以降、中国の人々は米国が凋落しているという誤った結論に飛びつき、自らのパワーを過信して、鄧小平の忠告を無視した。その結果、高圧的な外交を展開したものの、台湾への武器輸出は阻止できず、ほとんど全ての隣国からの警戒を買い、国際的に批判を浴びたとナイは指摘している。中国の新しい第5世代のリーダーの1人は米代表団に、中国は発展のために今後30年から50年は平和的環境を必要とし、米国はその間、最も強力な国家として残るだろうと述べた。ナイは、中国は再び鄧小平の残した「スマートパワー戦略」に戻ろうとしていると理解している。

 しかし、中間層にいる人々、及びネット上のネチズンの間では、ナショナリズムの強い潮流があるとナイは指摘している。Liu Yuan将軍は中国は制約を振りほどくべきだと主張しており、Luo Yuan将軍は「中国の領土」を占領するための海洋ゲリラ戦を戦うために、数百隻の漁船を発進させるべきと主張している。ナイは日中の国家主義者が相互に挑発し合って更なる戦争行為に発展する危険があると懸念を表明している。

 中国の海洋戦略について、ナイは米国における二つの視点を紹介している。第1の視点は、明快かつ攻撃的な海洋戦略であり、国防費の増額、ミサイルの開発、A2/ADのための潜水艦の開発を根拠としている。第2の視点は、中国の海洋戦略は混乱し、自己矛盾し、官僚間の利害対立で麻痺していると見ている。中国は自らのイメージ向上のために数十億元を費やしているが、特に2008年以降の高圧的な海洋政策で、殆ど全ての国との関係を悪化させてしまった。2010年の尖閣における漁船衝突事件でも、中国は経済的報復をエスカレートさせた結果、中国に好意的だった民主党政権の雰囲気をひっくり返してしまった。

 ナイは、中国側にどうしてそのような非生産的な戦略を採用するのかと興味深い質問をしているが、公式回答は「中国は国民党時代の地図に記載され、南シナ海に深いポケットを有する9点鎖線或いはU字ラインを含めて、歴史的な領域主張を受け継いでいる」というものである。ナイはさらに踏み込んで、U字形の9点鎖線の正確な位置、島嶼・海洋の範囲等についてなぜ明らかにしないのかと尋ねているが、中国側の回答が、そのようなことは本国において難しい国家主義的な問題を引き起こすと共に、政治的・官僚主義的に困難な妥協を必要とすると述べている点は興味深い。

 中国は領土問題について、多国間よりも2か国間交渉が望ましいと信じており、アセアンにおける行動規定の採択を巡るコミュニケを妨害するために議長国であるカンボジアに圧力をかけたのはその一環であるとナイは指摘するとともに、そのような戦略は誤りであると見なしている。ナイによれば、中国は大国であること自体で十分な交渉力を有しており、多国間協定は受け入れたほうが対外イメージは向上するのである。

 中国「封じ込め」論について、ナイは極めて否定的である。その理由として、冷戦期の米ソの間には事実上通商関係が無く、人的交流も制限されていたのに対し、今日の米中はグローバル経済で結ばれ、人的交流も行われており、例えば米国の大学には15万7千人の中国人留学生がいることを挙げている。ナイはクリントン政権下の国防次官補として1994年のEast Asia Strategic Reviewを監督したが、2つの理由から中国封じ込めをはねつけたと述べている。まず、中国を敵として扱えば、米国は将来の敵としての中国を約束されたことになる。第2に、中国を友人として迎え入れれば、より良い未来の可能性のドアを開けておくことになる。それから20年を経て、「取り込むがヘッジする(integrate but hedge)」政策はオバマ政権まで脈々と受け継がれており、依然として正しい政策であるとナイは自負している。


3 尖閣問題における米国の立ち位置

 昨年10月の日中訪問において、ナイ達、米代表団が強調したのは次の3点である。

 第1は抑止のメッセージであり、尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象であるということである。

 第2は日中間のパートナー同士の水平のコミュニケーションと、国内におけるトップから現場に至る垂直のコミュニケーションの改善の双方に、さらに注意を払う必要があるということである。

 第3は大衆迎合的な愛国主義は、共通の利益を破壊する可能性があるという警告である。

 私の見るところ、米国から日中双方へのメッセージは明確である:武力による現状変更は認めない、意図しないエスカレーションを防止せよ、国内世論に迎合して尖閣問題を処理するな。これは日本にとって好ましいメッセージであろう。しかし、これを以って米国が日本の側にいると理解するのはナイーブに過ぎよう。領土係争に関する米国の基本的なスタンスは、米国は第3国の領土問題においていかなる立場にも与せず、平和的交渉による解決を後押しするというものであり、南シナ海における領土主張においてもこの原則が堅持されている。

 特に尖閣問題は、当事者の日中が米国にとって重要なパートナーであることからも米国が一方の側に立つことは難しい。ナイも、一方の当事者である日本は米国の同盟国であるが、中国とも米国は複雑で多層的な関係で結ばれており、その他の全てのアジア・太平洋諸国が、米国の挙動を注視していることを挙げている。

 ナイは、米国は現状維持勢力であり、日米同盟だけでなく、日米中のトライアングルの良好な関係が、米国の国益にとって重要であると述べている。グローバルな課題に対応するためには、米国は日本とも中国とも協力する必要がある。一方で、日中関係が紛争に突入した場合、米国は厳しい選択を迫られることから、政府内で予め対応について準備しておくべきだとナイは警告している。


4 ナイの提言

 ナイは、尖閣問題に期待できるのはせいぜい棚上げであるとした上で、以下の3点を提案している。

(1) 中国は日本の水域に公船を送り込むのを中止し、日中で対話を行う。
(2) 東シナ海のガス田の共同開発のための2008年の枠組み合意を復活させる。
(3) 日本政府は尖閣諸島を、居住及び軍事活動を禁じた国際海洋保護エリアとして宣言する。

 ナイは、これを均衡の取れた、優れて合理的なアイデアであると絶賛している。しかし、中国にはナイも指摘するようにポピュリズム、ナショナリズムの強い潮流がある。中国はこれを受け入れるだろうか?受け入れられるだろうか?日本の政府はどのような道を模索するのだろうか?私個人は、ナイは楽観的に過ぎると思う。しかし、これらの疑問には歴史が回答するだろう。そして、その歴史が明らかになるのは、それほど遠くない未来ではないだろうか。


(幹部学校研究部 平山 茂敏) 


 本トピックスに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。