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 戦略研究グループ

 南シナ海における中国のソフトな海洋外交

(トピックス015 2012/07/18)


 米海大のホームズ(James Holmes)准教授とヨシハラ(Toshi Yoshihara)教授は、2010年に共著で「Red Star over the Pacific」を発刊したほか、中国に関して数多くの論文を共同で執筆している。

 二人は、本年4月にナショナル・インタレスト誌に掲載した「南シナ海におけるソフトな外交」の中で、中国の海軍の拡張ばかりが注目を集めているが、その海洋政策の最前線で活動し、海軍以上に拡張されている「ファイブ・ドラゴンズ(5つの海洋法執行機関)」にも注目しなければならないと主張している。

 2009年から2010年にかけて、中国は強圧的な海洋政策をとったが、その結果、東南アジア諸国はお互いに結束するとともに米国に接近し、中国にとって不都合な国際環境が醸成されてしまった。中国はこの失敗に学び、海軍ではなく法執行機関の船舶を正面に立て、自らの強面のイメージを和らげるとともに、法執行から軍事力の行使に至る幅広いオプションをとる事を可能にした。同時に、法執行機関から海軍の幅広い手札を持つことで、事態のエスカレーションをコントロールすることも可能になり、領土紛争を多国間の議題ではなく、中国の得意な二国間交渉の場に持ち込むこともできるようになった。ホームズらはこれを「海洋外交における目覚しい偉業」と述べているが、この「ファイブ・ドラゴンズ」の活動は、南シナ海だけでなく東シナ海にも向けられており、我が国の尖閣諸島周辺でも中国の法執行船舶の活動が活発化している。したがって、本論は南シナ海のみならず、東シナ海にもインプリケーションを与えるものと考える。今回、ナショナル・インタレスト及び著者の御好意により、翻訳及び幹部学校ホームページにおける発表の許可をいただくことができた。ここに同誌編集部及び両教授に対する謝意とともに全文を仮訳して紹介する。

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南シナ海におけるソフトな(非強圧的な)外交
Small-Stick Diplomacy in the South China Sea1

The National Interest, April 23, 2012
James Holmes and Toshi Yoshihara


 フィリピンのルソン島の西方120海里余りのスカボロー礁で、今週、フィリピンと中国の船舶が演じたやりとりは、表面上は袋小路に入り込んだようだ。「表面上は」と言うのは、軽武装の、あるいは非武装の非戦闘艦船を、南シナ海における領有主張を掲げるために派遣することは中国にとって極めて良いアイデアだからだ。これこそがスカボロー礁で起こったことであり、そこに中国の軍艦は全く関与しなかった。反抗的な東南アジア諸国を抑止あるいは強要するための圧倒的な軍事力を背景に、中国政府は無言のうちに展開兵力を巧みに調整している。

 これは巧妙な外交だ。これは、海洋調査及び法執行機関あるいは、ある中国人作家が言うところの「海洋をかき乱すファイブ・ドラゴン」の非軍事船舶を含めた、必要最小限の武力を(中国が)行使することを意味する。シー・パワーとは、軍艦や、艦載航空機や、ジェーン海軍年鑑を飾るような目立つ装備品だけのものではない。陸上配備型のミサイル、航空機、センサーや指揮統制インフラも公海における出来事に影響を及ぼすことができる。沿岸警備隊や海洋法執行機関もそうである。私有の商船や漁船であっても、戦争資材を運搬し、外国船舶の活動を監視し、機雷を敷設するのであればシー・パワーの一翼を担うことになる。

 シー・パワーを(海軍から法執行機関等まで)幅があるものと見なすことで、中国の指導者は、目的達成のために「小さな棍棒」を振り回すことを含めて、幅広いオプションを持つことになる。それが可能となるのは、地域の島々に対して領有権を主張しているフィリピン政府や他の国々が、もし彼らが中国政府に反抗的な姿勢をとれば、中国政府が中国海軍の艦船、航空機、ミサイルといった形の「大きな棍棒」の準備をし、彼らを打ちのめすかもしれないことを十分に理解しているからである。将来において、フィリピンが自らの力でシー・パワーを身につけるか、強力な部外者の助けを借りることにより、中国の野心に対抗しない限り、スカボロー礁のような衝突はさらに発生するだろう。


利害コミュニティ

 フィリピンであれ、他の東南アジア諸国であれ、単独で中国の手管(甘言)に対抗しうるに十分な物理的なパワーを集積することは難しい。残るはバランシングである。しかし、バランシングのための政治組織として最も明白な候補であるASEANが、統一戦線を張ることは難しい。ASEANは悪名高いゆるやかな共同体である。例によって、加盟各国はスカボロー礁の膠着状態に関するコンセンサスを得るに至っていない。米国もどちらの側につくかはっきりさせようとしない。米国政府は、航海の自由は担保されるべきと主張するばかりで、紛争状態にある海洋に関する要求については不可知論を決め込んでいる。

 コアリション政治の気まぐれな変動が、スカボロー礁におけるフィリピン政府の運命及び将来の決着を決定付けるだろう。中国政府は、強圧的な戦術が弱体な隣国を不安にさせ、彼らの間と米国との間に共通の動機を作らせたという2010年の失敗以降、教訓を学ぶという素晴しい能力を示した。

 「中国は大国であり、他の国は小国であり、これは単なる事実である。」中国の外相はシンガポールの外相に対して、非外交的で衝撃的な発言をしたが、このようなあけすけな表現の背後にあるのは、語られることは無いが、誤解されることの無い「これに慣れろ」というメッセージである。これは、大国に隣接する小国の胸に刻み込むメッセージである。だから東南アジア諸国は相互に或いは米国、インド、日本といった域外国との間で外交的、軍事的協力を受け入れるのである。

 中国は、東南アジア諸国の(中国に対抗した)バランシングへの傾向を減らしたいと考えている。2010年以降、自らの過ちを自覚した中国政府は、その海洋への主張をより軽い調子で行うようになった。中国のソフトな外交を洞察するには、軍事理論家カール・フォン・クラウゼヴィッツを考慮すべきである。クラウゼヴィッツは敵部隊への攻撃の信奉者だが、その一方で、政治家は敵同士の同盟を結びつける「利益コミュニティ」を混乱させる機会を探すべきだと主張している。

 これは難しすぎるということはないと、彼は示唆している。結局、「ある国家は他の国家の理由を支持するかもしれないが、自分自身の理由ほどそれを深刻に捉えることはない。」同盟やコアリション諸国は、自らの生存が危うくならなければ、分遣隊を派出し、情勢が厳しくなればそこから逃げ出す道を探す。そして、実に中国の指導者は、東南アジアの政府と一対一の場で交渉することを主張している。これにより、ASEAN諸国が彼らの外交的及び軍事的資源を集中させることを防いでいるのである。


5匹の飢えた龍

 統合され決然とした中国と比較したときに、ASEANの漂流は、中国の海洋力の劇的な向上と同時に生起している。海外の観察者の注意は、理解できることではあるが、中国のシー・パワーの軍事的側面、すなわち高性能駆逐艦、ステルス戦闘機及び中国最初の航空母艦といった目を引く点に注意が向きがちである。しかし、海軍以外の海洋機関も中国の海洋能力のうち、重要で、多くは見落とされている側面を構成している。

 中国政府は明らかにファイブ・ドラゴンズを海軍よりも早いペースで拡張している。海洋法執行機関は、新たな人員をリクルートする一方で、海軍が退役させた艦艇を受け取っている。さらに、中国の造船所は最新式の巡視船を建造している。その多くは、中国の海の端までパトロールする能力があり、中国が管轄海域内で目に見えるプレゼンスを維持するとともに、管轄権を行使することを可能にする。実際、中国の最新式の法執行船舶である「海監84」は、今週の(スカボロー礁の)紛争で主役を演じた。海軍ではなく、中国の排他的経済水域を守ることを委託された機関である国家海洋局海監総隊(China Marine Surveillance)が、「海監84」をその現場に送り込んだ。

 中国政府の非軍事的なシー・パワーの建設は、国家の海洋環境を管理するためのバランスの取れたアプローチの証明である。領域を巡る衝突で非海軍船舶を運用することは、アジア水域を通して、中国の海洋をめぐる主張を確保するための洗練された組織的な戦略を明らかにしている。中国の視点から見てこの戦略が最も優れている点は、ASEANのすでに崩れかけている構造の亀裂を巧妙に広げる点である。クラウゼヴィッツも同意するであろう。

 第1に、沿岸警備隊のようなアセットで、中国の外交的なメッセージを補強する。フィリピンの船舶を追い払うために軍艦を送り込むことは、他の国家によって主張されている領土を巡って中国が争っているということを認めることになるだろう。法執行機関の船舶を送ることは、これとは逆に、中国が自国の領水を管轄しているのだということをあたかも事実であるかのように伝えることになる。外交官が東南アジアの政府に、中国の主権が侵され国内法が破られたと非難する一方、中国の船長は外国の船舶に対して対応する。更に、非海軍船舶を運用することで、中国政府が「砲艦外交」をしているという非難から部分的に逃れることができる。中国の談話:「これは外交では全く無い。これは正常な法執行活動である!」

 第2に、中国とASEANの間のパワーのアンバランスが、対立をよりソフトなものにしている。中国政府は軽武装の船舶を、ライバルの(実力はようやく沿岸警備隊といったところの)海軍に対して展開することができる。中国海軍が関与すると、多くの場合、過剰な対応となる。槍の穂先のような中国のフリゲートや駆逐艦が、遥かに劣るフィリピン海軍艦船と対峙している報道写真を想像してみてほしい。地域の目からは、中国が弱い者いじめのように写るだろう。

 例えば、スカボロー礁沖で最初に対応したフィリピン船舶は、旗艦グレゴリオ・デル・ピラールであった。フィリピン海軍の誇るグレゴリオ・デル・ピラールは、米沿岸警備隊が1960年代に建造した中古品(の巡視船)である。フリゲートと誇大に艦種変更されたが、誇れるのは最小限の戦闘能力だけだ。戦闘を仮定した場合、どちらが勝つかに疑問の余地は少ない。しかし、ゴジラはバンビをこてんぱんにできるが、ゴジラの対外的イメージは傷つく。海洋法執行機関に依ることで、中国の国益を損ねること無しに、外交的な失敗のおそれを最小限にすることができる。

 第3に、非軍事的手段を行使することで、紛争を地域的なものとし、エスカレーションを避ける。例えば中国海軍といった無骨な軍事手段を用いることは、小さな事案を国際化し、中国が最も恐れる展開を引き起こすかもしれない。海軍の怒れる砲手が発射した弾丸は、地域全体からの抗議を引き起こすとこともに、国家主義者の熱情に火をつけるだろう。これに対して、謙虚な手法は、交渉を中国が有利なように操作しながら、争いを二国間に留める。

 第4に、非軍事船舶は、中国政府が低レベルだが間断の無い圧力を南シナ海の島嶼及び海洋の領有を主張するライバルに対して発揮することを可能にする。継続的なパトロールは、沿岸国の海洋哨戒能力の弱点を探り、彼らの政治的意思を試すことを可能にする。紛争を低レベルに保ち、更に言えば、中国に戦略環境に応じて紛争のレベルを調整するための外交的イニシアチブを与える。

 そして、全てが失敗に終わっても、中国政府は文民機関の支援として、海軍を運用することができる。中国は、他の弱小なライバルと異なり、スカボロー礁やスプラトリー諸島等で威嚇を強化するようなエスカレーション・ラダーを上るというオプションを有している。実際、海軍による強制の脅しだけで、相手を危機に追い込むだろう。ファイブ・ドラゴンズの平時のパトロールは、彼ら自身は無害だが大艦隊の火力でバックアップされている。このため、彼らのパトロールは、意味深長な重みを有しており、フィリピン政府はこれを理解している。


現在の兆候

 非軍事的なシー・パワーの戦略的利点から、海洋法執行は、今後も中国において成長産業であることが約束されている。中国政府は、対抗するコアリションが強固なものになる前にこれを弱体化させつつ、控えめな手段を通じてその目的を達成する望みを持つことができる。それは、海洋外交における目覚しい偉業であり、成功するかもしれない。米国と東南アジアの同盟国は、新聞の見出しを飾る「大きな棍棒」の艦船に注意を払うのと同様に、「中国の小さな棍棒」である平凡な民間船舶にも更に注意を払わなければならない。

 スカボロー礁は来るべきものの先触れである。砲やミサイルが林立していないからといって、これら船舶の政治的な価値を見過ごしてはならない。


(幹部学校研究部 平山 茂敏 仮訳) 


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1 http://nationalinterest.org/commentary/small-stick-diplomacy-the-south-china-sea-6831
 


 本トピックスに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。