海上自衛隊幹部学校

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 戦略研究グループ

 「22大綱を読む」

 幹部学校では、本年1月末から約1ヵ月にわたって、昨年12月に閣議決定された「新たな防衛計画の大綱(22大綱)」の理解を深めるため、その先鞭をつけた「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会報告書」作成の背景をよく知る3人の有識者に学生に対する特別講話を実施していただきました。

NPBコミッショナー(元駐米大使) 加藤 良三氏
「新たな国際情勢と日本」 (平成23年1月28日)
加藤氏
内閣官房副長官補付 内閣参事官 島田 和久氏
「新防衛大綱について」 (平成23年2月16日)
島田氏
前統合幕僚長 齋藤 隆氏
「22大綱を掘り下げる」 (平成23年2月17日)
齋藤氏

渡辺先生と学校長道下先生  また、3月1日、東京大学名誉教授・渡辺昭夫先生及び政策研究大学院大学准教授・道下徳成先生をお招きするとともに、海上幕僚監部から防衛部、人事教育部の参加を得て、22大綱に関する意見交換会を実施しました。これら一連の活動については、当校ホームページでもご紹介してきたところです。

 ここに掲載するトピックスの内容は、3回の特別講話及び意見交換会を通じて得たものを整理し、海上自衛隊として「動的防衛力」をどのように理解すべきかについてまとめものです。

(※ 幹部学校で実施した特別講話の内容については、「「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」特別講話録」として、兵術同好会の会誌『波濤』に詳しく記載されています。)


1 22大綱が想定する安全保障環境

 現代の安全保障環境のキーワードはいくつかありますが、一つ挙げるとすれば「グローバリゼーション」でしょう。ただし、現在のグローバリゼーションは、経済を中心とするものであって、政治のグローバリゼーションは必ずしも進んでいるわけではありません。むしろ主権国家の自己主張は増大しているのかもしれません。そして、そこには現在の国際システムを維持しようとする現状維持勢力とその現状を変えようとする現状変更勢力との平素からの競合が生じつつあります。この関係について、加藤元駐米大使は、イギリスの産業革命に発する工業化をいち早く実現した欧米、日本などの第1ウェーブと、BRICs等の新興工業化国など第2ウェーブとの競合とおっしゃっています。

 こうしたパワーバランスの変化の中で、海洋、宇宙空間、サイバー空間など、いわゆる現在の 国際公共財(グローバルコモンズ)の開放性が現状変更勢力によって劣化するというリスクも指摘されています。また、武力紛争に至らないけれども、資源、エネルギー、領土主権等を巡る争い、いわゆるグレーゾーンにおける紛争等が増加する可能性があるということです。

 したがって、22大綱が想定する時代においては、9.11同時多発テロ以降の国際テログループなどの非国家主体による脅威に加え、国家同士の関係にもより意を用いる必要があるのかもしれません。その上で、主として第1ウェーブの国々が中心となって設定してきた自由貿易、海洋の自由といった国際的なルールに対し、より広範な相手が倣ってもらえるように積極的に努力していくことが必要と言えるでしょう。

 そのためには、我々にとって平素から有利な環境を構築できるような戦略が必要です。第1ウェーブと第2ウェーブが互いのルール設定に折り合いを付ける過程で生じる摩擦に対応するには、時間の大部分を占める平時の活動にいかに取り組むかが重要であり、特にグレーゾーンにおける事態への対応が鍵となります。その際、世界的なパワーバランスの変化を踏まえれば、価値観を共有する友邦との連携・協力を図っていくことが重要となっていくものと考えられます。


2 「動的防衛力」について

 次に22大綱で新たに示された「動的防衛力」について整理したいと思います。

 「動的防衛力」を考える上でのキーワードは、「動的な抑止力」「迅速かつシームレスな対応」及び「安全保障環境改善のための能動的活動」の3つです。「動的防衛力」は、防衛力をどのように運用するかに着目したものであることを考慮すれば、この3つはある意味で防衛力を運用する指針といってよいかもしれません。

 「動的な抑止」については、大綱では平素からの情報収集・警戒監視等の活動を常時継続的かつ戦略的に実施することにより、我が国の意志と高い防衛能力を明示しておくと述べられています。

 16大綱では、抑止の効かないテロや弾道ミサイル攻撃を想定して「対処」が重視されていましたが、伝統的な国家を主体とした不安定要因への対応など、国際的に国家間の関係を重視する必要性の高まりから、今回の大綱では「抑止」の概念が再登場してきたものと考えられます。

 次の「迅速かつシームレスな対応」については、国内外における突発的な事態への適切な対応が示されるとともに、その際、我が国の防衛には、防衛省のみならず、関係省庁、地方公共団体あるいは非政府組織等の連携・協力等を視野に入れた間断ない対応が求められていると理解できます。

 そして「安全保障環境改善のための能動的活動」では、二国間・多国間の協力関係強化、国際平和協力活動の積極的実施、非伝統的安全保障分野での取組など、諸外国との協調的活動の多層的な推進が述べられており、敢えて言えば、外交政策の一翼を担う防衛力という意味づけが大きくなったと認識しています。

 このように動的防衛力は、「動的な抑止力」「迅速かつシームレスな対応」及び「安全保障環境改善のための能動的活動」という3つの部分をもって「動的」と称されています。従って動的防衛力を考える際、「機動性」は重要な要素ではありますが、単に「機動的」=「動的」というわけではないということです。

 なお、「動的な抑止力」の概念については、防衛研究所から発刊されている『東アジア戦略概観2011(3月30日発行)』では、次のような内容で説明されています。

 すなわち、抑止論は、特に冷戦期に武力攻撃や侵略といった軍事行動を思いとどまらせるという考えのもとに発展し、その態様によって「懲罰的抑止」と「拒否的抑止」に分類されてきましたが、抑止が機能しない状況として、

 (1) 相手に対応する時間を与えず現状の変更を図る既成事実化(fait accompli)
 (2) 抑止力が発動する最低限度の事態を探ろうとする探索活動(probing)

といったものがあると指摘されてきたとしています。

 その上で、動的な抑止力を構成する平素からの情報収集、警戒監視等の常続的かつ戦略的な実施は、本格的な軍事力に対する「懲罰」や「拒否」そのものに当たるものではないけれども、抑止の効かない状況において、現状変更の成功の可能性が低いことを相手に認識させることが期待できる点において、伝統的な拒否的抑止を補完するものと述べられています。

 他方、「動的防衛力」について、今回の大綱策定の過程を詳しく知るお一人の長島昭久前防衛政務官は、今年(2011年)の中央公論3月号のインタビュー記事の中で、「これまでの基本的に国と国との軍事衝突を想定して、日本全国に部隊を均等に配置し、『そこに置いておく』ことで抑止力を持たせるという考え方では、南西の海域や、EEZを巡る攻防といった平時でも有事でもないグレーな事態に対応するには限界があります。その概念に代わる新たなコンセプトが、動的防衛力であり、日常的な警戒監視や実動演習などによる牽制、実際に危機が発生した際の機動性、迅速性を重視した考えです。『置いておく』から『動かす』に変えることで、抑止力をよりダイナミックに発揮させることができるはずです。」 と説明されています。


3 動的防衛力の本質

 大綱策定の背景に「平時・有事二分論からの決別」という防衛力の在り方に対する考え方の変化があったと、齋藤前統幕長は特別講話の中で述べていらっしゃいます。

 自衛隊の本質は「有事において実力をもって戦うこと」です。海上自衛隊の存在意義(アイデンティティ)もここにあります。しかし、近年、海上防衛力の外交的役割あるいは警察的な役割の重要性が強調されてきているように、本来は、平素から外交政策の一翼を担う手段として使用されるものであるにもかかわらず、特に冷戦終結までは、自衛隊は平時においては災害派遣を、そして有事においてのみ使うことを念頭に置き訓練に励み、装備を整備してきました。

 しかし、今後の安全保障環境では、主要国家間の大規模戦争あるいは武力紛争が生起する蓋然性が低下する中、平時から有事に至るグレーゾーンにおける事態への対応が鍵となります。そこでは、防衛力(自衛隊)を平素から適時適切に運用し、事態のエスカレーションを防ぎつつ危機を上手く押さえ込み、有事の発生を抑止していくことが重要となる訳です。

 なお、22大綱において抑止が崩れた時に想定される“有事”は、新たに導入された概念である「複合事態(各種事態が複合して生起する事態)であり、いわゆる第2次世界大戦のような主要国家間の大規模戦争の様相、例えば、多数の航空機による大空襲、潜水艦による無差別通商破壊戦あるいは大規模な陸軍の上陸侵攻などを念頭に置いたものではないということです。

 さて、ここまでは齋藤前統幕長の特別講話の内容に沿って述べてきましたが、動的防衛力の本質を一言で表現するとすれば、どのようになるでしょうか。

 部隊運用を通じた事態のエスカレーションの防止、平素の警戒監視等による地域の安定化、艦艇による諸外国への親善訪問をはじめとする防衛交流や地域の不安定化を抑制する枠組みの構築、あるいは地域レベルでの対話促進といったものは、全てプレゼンの発揮であり、我が国が今後より平和な世界の実現を目指すことを考え合わせれば、動的防衛力の本質は、“より能動的なプレゼンスの発揮”と表現できるのではないでしょうか。

動的防衛力の本質は、“より能動的なプレゼンスの発揮”
 プレゼンスとは、字義的には「存在すること」「国外での軍事的、経済的影響力の存在」です。陸・空自衛隊と異なり、我が国の領域外、すなわち国外で行動することが常態である海上自衛隊や海軍にとっては、意識する、しないにかかわらず、行動そのものが従来から「プレゼンス」でした。しかし、今回の大綱において示されている平素の活動、事態への対応、そして国際協力の推進に一貫するものは、昔の砲艦外交から連想されるような威圧的なものでは決してなく、現在の国際システム(ルール)から恩恵を受け、その現状を守ろうとする側の一員として、いわゆる現状変更勢力側の相手にこちらの意図が明確に伝わるように、このプレゼンスを“単にそこにいる”から“より能動的なもの”へと変化させることと理解できます。

 そして、このプレゼンスの発揮を通じて危機を押さえ込み、我が国の権益の確保し、国益を増進のため、我が国に有利な環境の構築に積極的に取り組んでいくことこそ、22大綱が想定する時代において“我が国を守る”ことに繋がるのではないかと考えます。


4 22大綱における海上自衛隊の注目点

 新大綱において海上自衛隊として主として注目すべきは、「常続監視等による動的な抑止力の発揮」と「平素からの海洋秩序の維持」の2つです。

 まず、「常続監視等による動的な抑止力の発揮」についてですが、プレゼンスの質的変化として捉えられると思われます。

新大綱に対する海上自衛隊にとっての主な注目点:常続監視等による「動的な抑止力」の発揮、平素からの海洋秩序の維持
 グレーゾーンにおける突発的事態に迅速に対応でき、また事態のエスカレーションを防止するためには、平素から情報優越を保っておく必要があります。そのねらいとするところは、相手の行動について、「いつ、誰が、どこで、何を、どのように、どんな目的で」行っているのかを、常に知っておくことです。それができなければ、少ない兵力では効果的に相手の不法行動等に対応できません。その要は、海底から宇宙空間、サイバースペースに及ぶ高い常続監視能力の保有であり、その常続監視により得た情報優越をもとに、防衛的でありながらも「相手が動く前、あるいは、相手が出てきたときには、我は既にその場にいる。」という状況を作り出すことができるようになると思います。このような部隊運用(常続監視や訓練としての部隊展開等)をもってプレゼンスを発揮することにより、我の意思と高い防衛力を示し、相手の影響を打ち消し続けていくこと(offsetting:相殺すること)が可能となるはずです。 こうした部隊運用の方法が、まさに「動的な抑止力」の発揮なのだと考えます。

 次に「平素からの海洋秩序の維持」については、プレゼンスの時間的、地理的及び対応する事態の拡大を表していると考えられます。

 近年の海洋を巡る情勢において、海上交通の安全確保のためには、海上交通路が通る地域の安定が不可欠であり、そうした地域の海洋秩序の維持には沿岸国等の協力が必要です。こうした中、22大綱では「グローバルな安全保障環境の改善」の一つの方策として「海洋秩序の維持のための取組」を積極的に推進することとされています。

我が国の生命線を守るパートナーシップ
 海上自衛隊は、今日までに実施してきた補給支援活動、海賊対処活動、国際緊急援助活動の実任務、あるいは艦艇訪問、諸外国海軍等との共同訓練、各種シンポジウム等の学術分野での交流などにより、海上交通という、我が国の生命線を守るための各国とのパートナーシップを育んできたと言えます。

 22大綱では国際社会における多層的な安全保障協力として、我が国周辺諸国からヨーロッパに至るまでの様々な国との協力関係を維持・発展させることが明記されています。海上交通の安全確保と海洋秩序の維持のための取組は、まさにこれに通じるものであり、地域特性に応じたプレゼンスの発揮がさらに必要になっていくものと考えます。

 そして、海上自衛隊にとって海上交通路の安全確保と海洋秩序の維持のための取組を通じて価値観を共有する友邦との連携を強化していくことは、我が国に有利な環境を構築し、相手をして旨く既存の国際的ルールと折り合いをつけてもらうことへの貢献につながるものと考えます。

(幹部学校国際計画班長  大町 克士) 


-「基盤防衛力」から「動的防衛力」へ- より能動的なプレゼンスの発揮のために


 本トピックスに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。