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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➋ ISIL系国際テロ組織の動向

ISILは独自のイスラム法解釈に基づくカリフ1制国家の建設やスンニ派2教徒の保護などを組織目標としている。13(平成25)年以降、宗派間の対立や内戦により情勢が不安定であったイラク、シリアにおいて勢力を拡大し、14(平成26)年1月以降、シリア北部・東部、イラク北部などを制圧して、同年6月には、バグダーディーを指導者とする「イスラム国」の樹立を一方的に宣言した。

これを受け、米国が主導する有志連合軍は、同年8月以降イラクにおいて、また同年9月以降はシリアにおいても空爆を実施するとともに、現地勢力に対する教育・訓練や武器供与、特殊部隊による人質救出などにも従事している。こうした軍事作戦との連携により、イラク治安部隊やイラク及びシリア現地勢力が、米国などの支援を受けつつ、ISILの拠点の奪還を進めた。その結果、19(平成31)年3月、トランプ米大統領が声明で有志連合とともにシリア及びイラクにおけるISILの支配地域を100%解放したと宣言するに至った。また、シリアのアサド政権は、ロシアの支援を受け、主にシリア南部や東部におけるISILの拠点を制圧し、17(平成29)年12月、ロシアはISILからのシリア全土の解放を宣言した。さらに、19(令和元)年10月、米国は「イスラム国」の指導者バグダーディーをシリア北西部で殺害したと発表した。

このように対ISIL軍事作戦に進展がみられる一方、依然として約1万1,000人の戦闘員がイラク及びシリアに潜伏しているとの指摘もある3。この点、両国内の様々な地域で、ISILの戦闘員によるものとみられる治安部隊、有志連合軍、市民などを標的としたテロが発生しており、ISILは、依然活動を継続しているとみられる。特にシリアにおいては、シリア北東部で米軍の一部が撤収し、19(令和元)年10月にトルコ軍がクルド人勢力に対する軍事作戦を開始したことを利用して、ISILがシリアにおける能力及び資産の再構築と国外で攻撃を計画する能力の強化を図り、勢力を盛り返す可能性が指摘されている4

一方で、ISILが「イスラム国」の樹立を宣言して以降、イラク、シリア国外に「イスラム国」の領土として複数の「州」が設立され、こうした「州」が各地でテロを実施している。

参照図表I-3-8-1(アフリカ・中東地域の主なテロ組織)

図表I-3-8-1 アフリカ・中東地域の主なテロ組織

東南アジアにおいては、ISILを支持する組織が存在し、治安部隊や市民を標的としたテロ攻撃を実施している。また、南アジアにおいては、19(平成31)年4月、スリランカで邦人の犠牲者を出す大規模な同時爆破事件が発生した。スリランカ当局は、現地のイスラム過激派組織を実行犯として摘発する一方、同組織が海外のテロ組織の支援を受けた可能性に言及している。事件後、ISILが犯行声明を発出しており、米国は、今回のテロについて、ISILに感化された犯行の可能性があると指摘している。ISILは、ソーシャル・メディアなどを通じて暴力的過激思想を拡散させており、その脅威がこうした地域にも浸透していることが懸念される。

このほか、欧米諸国などでは、イラク、シリアに流入する外国人戦闘員が両国で戦闘訓練や実戦経験を積んだ後、本国に帰国してテロを実行する懸念が引き続き存在している。欧州では、15(平成27)年11月にパリで発生した同時多発テロや、16(平成28)年3月にベルギーで発生した連続爆破テロのように、シリアでの戦闘に参加したISILの戦闘員が関与したとみられるテロが発生している。こうした外国人戦闘員をめぐっては、19(令和元)年11月、トルコが拘束していた1,200人に上るISIL戦闘員を本国へ送還すると発表したことを受け、欧米諸国が一部受け入れを開始しているものの、今後も外国人戦闘員によるテロを防止するため、国際社会による様々な取組が求められる。

1 アラビア語で「後継者」を意味する。預言者ムハンマド没後、イスラム共同体を率いる者に対して用いられ、その後ウマイヤ朝などの世襲王朝君主がこの称号を用いた。

2 イスラム教の二大宗派のひとつ。シーア派との分裂は、イスラム教を興した預言者ムハンマド(632年没)の後継者(カリフ)をめぐる考え方の違いに由来する。現在、最大宗派であるスンニ派は、中東・北アフリカ地域のイスラム教国の大半で多数を占める。シーア派は、イランで国教に定められているほか、イラクでも多数を占める。

3 米国防省のHPに掲載された「U.S. Forces Reset in Syria, ISIS Struggles to Re-form」(19(令和元)年11月27日付)による。

4 19(令和元)年11月に米国防省監察総監室が議会に提出した報告書による。