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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➌ 北極海をめぐる動向

北緯66度33分以北の地域を北極圏といい、この地域に所在する、カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン及び米国の8カ国のことを北極圏国という。北極圏国は96(平成8)年、北極における持続可能な開発、環境保護といった共通の課題についての協力などを促進することを目的とする、北極評議会を設立している。

北極海では、近年、海氷の減少にともない、北極海航路の利活用や資源開発などに向けた動きが活発化している。安全保障の観点からは、北極海は従来、戦略核戦力の展開又は通過海域であったが、近年の海氷の減少により、艦艇の航行が可能な期間及び海域が拡大しており、将来的には、海上戦力の展開や、軍の海上輸送力などを用いた軍事力の機動展開に使用されることが考えられる。こうした中、軍事力の新たな配置などを進める動きもみられる。

ロシアは、15(平成27)年12月に改訂した「ロシア連邦国家安全保障戦略」において、資源開発や航路利用の権益を確保していく方針を引き続き明記している。

ロシアはヤマル半島で液化天然ガス開発に取り組んでおり、18(平成30)年には、ヤマル半島で生産された液化天然ガスが、初めて北極海航路を通って中国に運ばれた。軍事面では、4個軍管区に対応した統合戦略コマンドを設置し、軍管区司令官のもと、地上軍、海軍、空軍などの全ての兵力の統合した運用を行っているが、14(平成26)年に、北部統合戦略コマンドを設立した。同コマンドは、北洋艦隊を中心として、陸上部隊、航空部隊も合わせて編成された統合部隊で、バレンツ海から東シベリア海に至る海域・離島及び北極海沿岸を担当するとされる。また、北極圏では10か所の飛行場建設計画が進められている。活動面では、北洋艦隊が12(平成24)年以降毎年、ノヴォシビルスク諸島までの遠距離航海を実施しているほか、SSBNによる戦略核抑止パトロールや長距離爆撃機による哨戒飛行を実施するなど、活動を活発化させている。

米国は、19(令和元)年6月に国防省が公表した「北極戦略(Arctic Strategy)」において、中国及びロシアの北極圏進出に警戒感を表明7しつつ、北極を、米国の安全保障上の利益が保護され、米本土が防衛され、共通の課題に対処するために各国が協力する、安全かつ安定した地域にすることを目指すとしている8。米国は、訓練目的で17(平成29)年以降ノルウェーにローテーション展開させている米海兵隊約300名を約700名まで増員する予定とされているほか、18(平成30)年10月には、NATOの軍事演習「トライデント・ジャンクチャー2018」に先立ち、27年ぶりに空母を北極圏に進出させ、ノルウェー海で航空訓練などを実施した。開発面では、16(平成28)年12月にオバマ大統領(当時)は、海洋資源を保護するため北極圏の同国海域の大半などにおいて新たな石油・天然ガスの掘削を禁止する決定をし、資源開発には否定的な姿勢を示したが、トランプ大統領は17(平成29)年4月に、オバマ大統領(当時)の決定を覆す大統領令に署名した。

北極圏国以外では、日本、中国、韓国、英、独、仏などを含む13カ国が北極評議会のオブザーバー資格を有している。中国は、99(平成11)年以降、計10回にわたり極地科学調査船「雪龍」などを北極海に派遣するなど、北極海に対して積極的に関与する姿勢を示している9。18(平成30)年1月には「中国の北極政策」を発表し、自国を「地理的に最も北極に近い国の一つ」と位置づけたうえで、資源開発などに関する権利を主張するとともに、「氷上のシルクロード」を建設するとしている。また、15(平成27)年9月には、中国海軍艦艇5隻が北極海と太平洋の間に位置するベーリング海を航行し、アリューシャン列島で米国の領海を航行したとされている。北極海における中国海軍の動向が注目される。

7 ロシアについては、北極圏にかかる新たな部隊や基地の創設など軍事的なプレゼンスを高めつつあること、ロシアの規則に従わない船舶に対して武力を行使すると脅していると報じられていること、北極圏における水域や資源の争いに軍事力を用いる可能性があることなどを指摘している。中国については、砕氷船の活動や民生研究活動などが、北極圏への潜水艦の展開を含む軍事的なプレゼンスの強化につながる可能性があること、国際的なルールや規範を損ないかねない形で北極圏に関与しようとしており、全世界で行われている略奪的な経済的行為が北極圏でも繰り返されるおそれがあることなどを指摘している。また、ポンペオ国務長官は、19(令和元)年5月、訪問先のフィンランドで北極政策について演説を行い、全ての関係者が同一のルールに従うべきだと述べた上で、中国及びロシアの北極圏進出に対して警戒感を表明した。

8 19(令和元)年8月、トランプ大統領は、デンマークの自治領であるグリーンランドの購入に関して、「戦略的に興味深い」と言及した。それに対し、デンマークのフレデリクセン首相は、「馬鹿げている」と発言し、グリーンランド自治領政府も、「グリーンランドは売り物ではない」と声明を発表した。それに対し、トランプ大統領は、同首相がグリーンランド購入について話し合う気がないとして、自身のデンマーク訪問の延期を発表した。

9 12(平成24)年、「雪龍」は極地科学調査船として初めて北極海を横断する航海を行ったほか、13(平成25)年には貨物船「永盛」が中国商船として初めて同海を横断した。「雪龍」の17(平成29)年の北極海航行では、カナダの科学者が参加し、初めて、北極北西航路(カナダの北側)の試験航行に成功した。また、2隻目の極地科学調査船「雪龍2号」が18(平成30)年に進水している。