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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3章 宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域をめぐる動向・国際社会の課題

第1節 軍事科学技術をめぐる動向

➊ 軍事科学技術の動向

1 全般

近年の科学技術の発展は、様々な分野に波及し、経済、社会、ライフスタイルなど、多くの分野において革命とも呼ぶべき大きな変化が引き起こされている。民生分野の技術は急激に発展しており、今後のさらなる技術革新によって、将来の戦闘様相は大きく変化するとみられる。特に主要国は、人工知能技術、高出力エネルギー技術、量子技術などの先端技術の積極的な活用に注力している。

2 軍事分野における先端技術の活用動向
(1)人工知能技術

いわゆる人工知能(AI)技術は、近年、急速な進展が見られる技術分野の一つであり、軍事分野においては、指揮・意思決定の補助、情報処理能力の向上に加えて、自律型無人機への搭載やサイバー領域での活用など、影響の大きさが指摘されている。

米国、中国及びロシアは人工知能に関する戦略を策定し、産学官の連携のもと研究開発を進めている。米国防省は、18(平成30)年6月に統合AIセンター(JAIC:Joint Artificial Intelligence Center)を設立し、19(平成31)年2月に公表した「国防省人工知能(AI)戦略」において、法的・倫理的な観点からも適切な形で人工知能を活用する方針を示している。中国政府は、17(平成29)年に「次世代AI発展計画」を発表し、30(令和12)年までに世界の主要なAIイノベーションセンターとなることを目標としている。ロシアは、17(平成29)年にプーチン大統領が「AIを主導する者が世界を制する」との認識を示し、19(令和元)年10月に公表した「2030年までのAI発展戦略」では、AI技術開発の加速、科学研究の支援、人材育成システムの改善などを目標に掲げている。

人工知能を活用した技術としては、多様なセンサーなどから得られたデータを人に分かりやすく表示する情勢判断支援技術や、取り得る選択肢を示し指揮官などを支援する意思決定支援技術などが検討されている。米国では、開発中の先進戦闘管理システム(ABMS:Advanced Battle Management System)の実証実験が19(令和元)年12月に実施された。本システムは、多様なシステムをネットワークに連結し、収集した情報をAIが分析、戦闘部隊などにネットワーク経由で迅速に共有できるようになるとされる。中国では、指揮官を支援する人工知能による意思決定支援システム導入への関心が見られ、例えば原子力潜水艦の指揮官の意思決定支援システムの開発計画があると指摘されている。

また、米国、中国及びロシアは、人工知能を搭載した自律型無人機を開発している。自律型無人機は、一般的に3D(Dangerous, Dirty, Dull)の任務への活用が想定される無人機技術と、敵の行動や戦況の変化を認識できる人工知能技術を組み合わせることで、情報収集・警戒監視・偵察(ISR)任務などが長時間・人命のリスクなしに広範囲で可能となる。米国防省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)は、空中射出・回収・再利用が可能なISR用の小型無人機のスウォーム飛行、潜水艦発見用の無人艦など、人工知能を搭載した無人機を開発している。例えば、DARPAが進めるグレムリン計画の一環として、19(令和元)年11月には無人航空機X-61Aの最初の飛行試験が行われ、空中及び地上の指揮統制システムなどの検証を目的に、空中射出や1時間半以上の飛行が行われた。

19(令和元)年11月の飛行試験の様子【DARPA】

19(令和元)年11月の飛行試験の様子
【DARPA】

解説スウォーム飛行とは

ネットワーク化により、多数の無人航空機を自律的に連携させ、群れを成して飛行させる技術。警戒監視・偵察の能力の向上や、攻撃能力の付加による飽和攻撃が可能になるとされる。

中国電子科技集団公司は、18(平成30)年5月、人工知能を搭載した200機からなるスウォーム飛行を成功させる技術力の高さを見せた。このような、スウォーム飛行を伴う軍事行動が実現すれば、従来の防空システムでは対処が困難になることが想定される。また、同年11月の中国国際航空宇宙ショーで模型が展示された「彩虹7」は、高度な自律飛行が可能な戦闘型無人機とされている。

ロシアは、核弾頭を搭載可能な原子力推進の水中無人機「ポセイドン」を開発中であり、試験が成功裏に行われているとしている。

また、自律型無人機は、いわゆる自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapons Systems)に発展していく可能性も指摘されている。LAWSについては、特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW:Convention on Certain Conventional Weapons)の枠組みにおいて、その特徴、人間の関与のあり方、国際法の観点などから議論されている。

なお、無人航空機がパイロットのような高い自律性を有するのは40(令和22)年以降になるとの見方がある。

(2)極超音速兵器

米国、中国及びロシアは、弾道ミサイルから発射され、大気圏突入後に極超音速(マッハ5以上)で滑空飛翔・機動し、目標へ到達するとされる極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)や、極超音速飛翔を可能とするスクラムジェットエンジンなどの技術を使用した極超音速巡航ミサイル(HCM:Hypersonic Cruise Missile)といった極超音速兵器の開発を行っている。極超音速兵器については、弾道ミサイルとは異なる低い軌道を、マッハ5を超える極超音速で長時間飛翔すること、高い機動性を有することなどから、探知や迎撃がより困難になると指摘されている。

米国は、「ミサイル防衛見直し(MDR)」(19(平成31)年1月)において、ロシア及び中国が先進の極超音速兵器を開発中であり、既存のミサイル防衛システムへ挑むものとの認識を示している。また、20(令和2)年3月、極超音速兵器に関する飛行試験を実施し、成功した旨発表した。

中国は、19(令和元)年10月、中国建国70周年閲兵式においてHGVを搭載可能な弾道ミサイルとされる「DF-17」を初めて登場させており、20(令和2)年にも極超音速兵器を配備する可能性が指摘されている。ロシアは、19(令和元)年、HGV「アヴァンガルド」の配備を発表したほか、HCM「ツィルコン」の開発を継続している。

中国建国70周年閲兵式に登場した「DF-17」準中距離弾道ミサイル【EPA=時事】

中国建国70周年閲兵式に登場した「DF-17」準中距離弾道ミサイル
【EPA=時事】

(3)高出力エネルギー技術

電磁レールガンや高出力レーザー兵器、高出力マイクロ波などの高出力エネルギー兵器は、多様な経空脅威に対処するための手段として開発が進められている。

米国や中国は、電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を撃ち出す電磁レールガンを開発しており、米軍は、従来兵器である5インチ(127mm)砲と比べ射程を約10倍の約370kmとするレールガンの開発を目標としている。電磁レールガンの砲弾は、ミサイルとは異なり推進装置を有しないことから、小型・低コストかつ省スペースで備蓄可能なため、電磁レールガンによるミサイル迎撃が実現すれば、多数のミサイルによる攻撃にも効率的に対処可能とされる。米国は、25(令和7)年までに艦艇に搭載する計画としており、対地・対艦攻撃のほか対空兵器として電磁レールガンを使用する計画としている。中国は海上での試験を実施し、25(令和7)年までに実戦配備する見通しとの指摘がある。

20(令和2)年に実施された試験の様子【米海軍】

20(令和2)年に実施された試験の様子
【米海軍】

Phaser【Raytheon Technologies Corporation】

Phaser
【Raytheon Technologies Corporation】

また、米国、中国及びロシアは、レーザーのエネルギーにより対象を破壊する高出力レーザー兵器を開発している。レーザー兵器は、多数の小型無人機や小型船舶による攻撃に対する低コストで有効な迎撃手段として活用されるほか、技術の成熟度によっては従来兵器と比べて即応性に優れ、弾薬の制約から解放される可能性があることなどから、ミサイルを迎撃可能な程度まで高出力化が実現できれば、多数のミサイルによる攻撃にも効率的に対処可能な装備となり得る。米国は、19(令和元)年にレーザー式対無人機システムを空軍が取得したほか、14(平成26)年からペルシャ湾で小型UAVに対処可能な出力30kW級の艦載固体レーザー兵器「LaWS」の試験に成功しており、20(令和2)年5月に太平洋上で実施された試験では、米海軍が開発した艦載高出力レーザー実証機で飛行する無人機の無力化に成功している。同年米国は、砲弾などへの対処が可能とされる出力100kW前後の固体レーザー兵器「HELIOS」をイージス艦に試験搭載する計画である。

中国は小型UAVに対処可能な出力数30-100kW級のレーザー兵器「Silent Hunter」を国際防衛装備展示会(IDEX2017)で公開したほか、対衛星兵器としてさらに高出力のレーザー兵器も開発中との指摘がある。

ロシアは、出力数10kW級のレーザー兵器「ペレスヴェト」を既に配備しており、対衛星兵器として出力数MW級の化学レーザー兵器も開発中との指摘がある。

高出力マイクロ波技術は、UAV、ミサイルなどの経空脅威に対し、搭載する情報収集・指揮通信機器などの電子機器に破損や誤作動を生起させる技術である。米国は、この技術を用いた兵器である「Phaser」を、19(令和元)年に取得しており、米陸軍の演習において一度に2~3機、合計33機の小型無人航空機に対処した実績があるとされる。

(4)量子技術

「量子技術」は、日常的に感じる身の回りの物理法則とは異なる「量子力学」を応用することにより、社会に変革をもたらす重要な技術と位置づけられている。例えば、量子暗号通信は、量子の特性を利用した暗号化技術である量子暗号技術を利用した通信方式であり、第三者が解読できない暗号通信とされる。また、量子レーダーは、量子の特性を利用して、ステルス機のステルス性を無効化できる可能性が指摘されている。量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータでは膨大な時間がかかる問題を、短時間かつ超低消費電力で計算することが可能となるとされ、暗号解読などの分野への応用の可能性が指摘されている。

中国は、北京・上海間約3,000kmにわたる世界最大規模の量子通信ネットワークインフラを構築したほか、16(平成28)年8月、世界初となる量子暗号通信を実験する衛星「墨子」を打上げ、18(平成30)年1月には、「墨子」を使った量子暗号通信により、中国とオーストリア間の長距離通信に成功したとしている。また、量子コンピュータを重大科学技術プロジェクトとして位置づけ、量子情報科学国家実験室の整備などのために約70億元を投資している。

(5)その他の民生分野からの活用が見込まれる技術

民生分野における技術革新は目覚ましく、各国は、民生分野の先端技術を積極的に活用すべく注力している。

例えば、民間の移動通信インフラとして、19(平成31)年4月以降各国で相次いで商用サービスが開始されつつある第5世代移動通信システム(5G)が注目を集めている。5Gの技術では、前世代(4G)と比較して高周波数帯域における指向性アンテナによる通信技術、クラウド空間におけるデータ処理の品質に応じた分離や分散化、AIによるデータ処理制御など、高度な情報通信技術を組み合わせることにより、複雑なデータ処理を感じさせない高品質(高速化、低遅延化、大容量化、多数同時接続/高信頼など)なサービスの提供が実現される。このような特徴を有する5Gについて米国の国防イノベーション諮問委員会は、リアルタイムの情報共有、軍種・地理的乖離・領域をまたいだ通信の向上を実現し、複数システムをより広範なネットワークに接続可能とする能力を増進させることになると評価している1

また、3Dプリンターに代表される積層製造技術は、低コストで通常では作成できないような複雑な形状でも製造が可能なことから、在庫に頼らない部品調達など兵站に革命が起きる可能性があり、各国で軍事技術への応用の可能性が指摘されている。例えば、米陸軍は、19(令和元)年12月に同軍HPの科学技術上の進歩に関するトップ10リストの中に3Dプリンター関連技術を挙げており、予備物品の輸送が不要になることから、「物流に本当の革命を起こすことになる」としている。また、欧州では、19(平成31)年2月に、フィンランド、フランス、ドイツ、オランダ、ポーランド、スウェーデン及びノルウェーの7か国が共同で4カ年プロジェクトを立ち上げ、3Dプリンター技術の適用可能性について検討を行っている。このほか、豪海軍では、3Dプリンターによる巡視船の部品製造を検討しており、インドでは、20(令和2)年1月、国営企業と民間企業が、インド軍の3Dプリンタープロジェクトに協力することで合意している。

1 19(平成31)年4月、米国防イノベーション諮問委員会(DIB:Defense Innovation Board)による。