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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

➍ シリア情勢

11(平成23)年3月から続くシリア国内の暴力的な衝突は、シリア政府軍、反体制派、イスラム過激派勢力及びクルド人勢力による4つ巴の衝突となっている。しかしながら、ロシアの支援を受ける政府軍が、反体制派の最大の拠点であったアレッポのほか、首都ダマスカス郊外、シリア・ヨルダン国境付近などを奪還し、全体的に政府軍が優位な状況となっている。

こうした中で現在も反体制派の拠点となっているイドリブをめぐっては、18(平成30)年9月、シリア政府軍を支援するロシアと、反体制派を支援するトルコとの間で、イドリブ周辺における非武装地帯の設置、同地帯からの重火器の撤去と過激派組織の退去などが合意された。しかし、過激派組織の退去は進まず、19(平成31)年4月以降、シリア政府軍とロシア軍は、イドリブへの空爆や地上作戦を拡大し、イドリブ周辺に設置されたトルコ軍の停戦監視所の一部を包囲した。また、20(令和2)年2月、シリア政府軍の進軍に対応してトルコ軍はイドリブに増援部隊を派遣したが、同部隊はシリア政府軍から砲撃を受け、これに対してトルコ軍が報復し、双方に死傷者が発生したと報じられた。以降、トルコ軍とシリア政府軍との間で交戦が拡大するとともに、トルコ軍の増援を受けた反体制派と過激派がシリア政府軍に対する抵抗を強め、特にイドリブを通る交通の要衝をめぐり一進一退の攻防となった。こうした中、同年3月、トルコは、シリアの後ろ盾となっているロシアと首脳会談を行い、イドリブにおける停戦で合意した。シリア大統領は同合意に満足の意を表明しているものの、トルコはシリアが同合意に違反すれば作戦を再開すると警告しており、戦闘の再燃が懸念される。

一方で、和平に向けた協議については、現在まであまり進展はみられていない。16(平成28)年1月以降、国連の仲介のもと、政府と反体制派との間で和平協議が実施されてきたが、双方による戦闘は収束せず、協議は難航した。このような状況を受けて、17(平成29)年1月以降、カザフスタンのアスタナ(現ヌルスルタン)において、ロシア、トルコ及びイランが主導する和平協議が続けられている。また、18(平成30)年1月にロシアのソチでシリア国民対話会議が開催され、新憲法の制定に向けた憲法委員会の設立が合意された後、同年12月にはロシア、イラン、トルコの間で、19(平成31)年の早い段階で初会合を実施することが合意された。その後、国連の仲介のもと、同年10月に初会合が開催されが、これまで政治プロセスの実質的な進展はみられていない。

また、シリア国内におけるクルド人をめぐる関係国・勢力間の対立が表面化している。19(令和元)年10月、米国は、トルコとの間で電話首脳会談を行った後、トルコが間もなくシリアの北部地域で作戦を開始する旨及び同作戦実施地域の付近から米軍部隊を撤収させる旨の声明を発表した。同声明が発表された後、トルコは、シリアとの国境地帯からテロの脅威を排除し、トルコ国内にいるシリア難民の帰還をもたらす「安全地帯」を設置するためとして、同国がテロ組織と認識しているクルド人勢力やISILに対する軍事作戦を開始し、シリア北東部地域の一部を掌握した。その後、トルコは、米国との間で軍事作戦の停止やクルド人勢力の「安全地帯」からの撤収などで合意した。また、トルコはロシアとも協議を行い、国境地帯からのクルド人勢力の撤収やシリア北東部におけるロシア軍警察とトルコ軍による合同パトロールの実施などで合意した。こうした動きをめぐって、ロシアはパトロール活動の一環として、シリア北東部のカミシリ市の空港にヘリコプター部隊を配備したと報道されるなど、ロシアの軍事的なプレゼンスの高まりが指摘されている。また、シリア政府は、クルド人勢力との間で北東部にシリア政府軍の部隊を派遣することで合意し、クルド人勢力の拠点のひとつであるマンビジへ進軍するなど、クルド人勢力とシリア政府がトルコの軍事作戦に対抗するために協調する動きもみられる。この合意には、ロシアの仲介があったとされ、ロシアの影響力の拡大がうかがわれる。さらに、トルコによる軍事作戦を受け、対ISIL戦の中核を担ってきたクルド人勢力による対テロ活動が中断したほか、クルド人勢力が管理する収容所からISIL戦闘員やその家族の一部が逃亡するなどの影響が出ているとの指摘もある。

加えて、イランのシリアにおけるプレゼンスをめぐり、イランとイスラエルの対立が顕在化している。19(平成31)年1月、イスラエルのネタニヤフ首相は、シリア・ダマスカス空港のイランの武器庫を攻撃したと公表し、シリア国内のイラン勢力に対しては断固とした措置をとる決意を表明した。イスラエルとイランの対立の激化がシリア国内及び地域の安定に影響を及ぼすことが懸念される。

このように依然として情勢が不安定な中、米国はISILを掃討するため、米軍部隊の一部を残すとしている。シリア情勢をめぐる各勢力間の関係は複雑なものとなっており、和平協議も停滞する中、シリアの安定に向けて国際社会によるさらなる取組が求められる。